世界の大衆食堂


HELLO  WORLD!


むかし、東京某所のよく行くビルの地下にいつの間にか「世界の大衆料理」と
通りの看板に銘打った食堂が存在を始めていて、私は腹減ったなんか食おうと思ってた矢先、丁度その看板を発見したので、予備知識なしの飛び込みで店に入りました。

店は地下一階の明らかに何か他の目的で作られた広いワンフロアのホールを無理やり食堂にしつらえた感ぢで、キッチンすら1区画を区切って設定しており、客席からほとんど何もかも丸見えという極めてフラットな作りでした。

客は居らず薄暗い店内はがらんとして静か。暗いのは壁天井の汚さを見せないためかと思われます。
私は習慣的に店内全体を見渡せる一番奥まった席につきました。

まんまるの大きな目玉の黒人のウエイターが彼方から注文をとりにやって来て、意外と流暢な日本語を披露しました。

メニューの品目は豊富で、確かに五大陸の一般民衆の食い物が並んでいるようでした。
どんな料理なのか分からないものが多く、選んでも仕方ないなと思い、とりあえずなんとなく既成イメージのある(ファミレスのだけど)メキシカンピラフを注文したところ、目玉の黒人はそんなのあったっけ?
メキシコどこ?みたいな怪訝な顔で首を伸ばして私の持つメニューを覗き込み、それをメモし、さらに飲み物はどうかと尋いてきます。

ここでキッチンの方を見やったところ、
コックさんも黒人で、これは恐らくアフリカ系のヒトであろうと推測されたので、メニューからアフリカンコーヒーを注文しました。ウエイターはメモして踵を返しましたが、2歩進んだところで反転して戻り、言いました。
「このコーヒーは、すごく濃い。
何か他のにした方が良い。」

「そら来た世界の大衆食堂」と思いながら私は濃くても大丈夫と応じ、
ウエイターは「いや、たぶん絶対飲めない。アメリカンが良い。」と食い下がります。

実際当時私は来客が全員気持ち悪くなるほど濃いコーヒーを出していたので、濃いのが好きだ、コーヒーはアフリカン以外に考えられないといった確信に満ちた姿勢を示したため、ウエイターはしぶしぶ注文を受け去っていきました。

さて店内を観察し終え、カバンからノートを出した時、なにやら遠くのキッチンで先のウエイターとコックがもめている音声が聞こえてきます。

それとなく見ると、コーヒーカップを左手に持った目玉のウエイターが、こんなの日本人は飲めない。薄めろと主張し、両手を腰に当てたコックが、これがアフリカンだ断る、と突っぱねている様子でした。
原因の割に2人ともかなりエキサイトしてるのは、恐らく日頃から意見が合わない2人なんでしょう。

結局コックは折れず、腹をたてて衝立の奥へ引っ込んでしまいました。
カップを持ったなりひとり立ち尽くしていた目玉のウエイターは、やがて導かれるようにスススと湯沸かしポットへと
向かい、そこでこちら(客席の方)を顧みる素振りをみせたので、私は視線をノートに落とし一心に読んでいる振りをしましたがノートは白紙でした。

こちらが全く注意を払っていないと分かると(実際はガン見なんですが)ウエイターはコーヒーをくいっくいっと2口飲み、ポットからお湯をじょぼぼと足しました。
クチつけて飲むんぢゃねえよと思いながらしかし私はなんだか半笑いで観察を続けました。
するとウエイターはまた更にくいっくいっと2口飲んで首を傾げて一瞬静止し、お湯をさらにじょぼぼぼっと足しました。

彼は右手だから私は左手で飲めば間接キッスは回避出来るなと私は理性的に考えました。

ここで再び彼がこちらの様子を窺う気配を見せたので、私は視線を落とし真剣な面持ちでペンを繰りましたが、ペン先をクルクル回してるだけで何も書いてませんでした。

客は全くキッチンに関心をもたないと判断したウエイターは(実は全集中なんですが)、より大胆に私のアフリカンコーヒーをぐびっぐびびびっと飲み、ポットの湯をいかり肩でじょぼっ、じょぼぼぼっと足しました。

どんだけ飲むんだコイツと思いながら
私は笑いをこらえるのが困難になってきたため、オデコに手を当て必死に文面を考えるヒト風のポーズに切り替えました。

ウエイターは最後にぐびっと私のコーヒーを飲むとひとり深く頷き(ここでとうとう私は吹きましたが、距離が離れているので気取られませんでした)、お湯をじょぼっと足してようやく皿に乗せました。 
そして持ってくるのかと思いきや、またカップをとりぐびっぐびっと飲みました。この最後のぐびぐびは、味の確認というよりは景気付けというか自分が飲みたいから飲んだという感ぢでした。

こうしてアフリカンコーヒーは、やっと私の許に運ばれて来たのですが、それがまだコーヒーの色をしていた事にわたしはむしろ驚いたのでした。
理性的にカップを左手でとる私のところに、いまそれを運んできたウエイターがまた反転して戻ってきて、濃かったら薄めるから言ってくれと言い、私は大丈夫何も問題ないと答えました。
そう、問題ない。だってここは、世界の大衆食堂なのだから。


WELCOME!

コーヒーは意外にも普通に喫茶店のブレンド位の味と濃さで、むしろ美味しい部類だったかもしれません。
ウエイター、舌だけはまともだったんだ
と思いましたが、この期に及んでまともさなど求めてはいないので、逆に少し物足りないというか残念に感じました。

その後やってきたメキシカンピラフはいかにも精彩を欠いた料理で、
質実剛健のあのコックにアフリカ料理の腕を振るわせなかった事が悔やまれます。
左手で目玉ブレンドのコーヒーを飲みながら私は心に決めました。

次に来た時はメニューのなかで一番ワケの分からない名前の料理を注文してコックの実力というよりは民族の誇りの真髄に触れ、さらにそこで目玉のウエイターが何をしやらかすのかを目撃するまでこのエピソードは閉じないと。
飲み物ですか?勿論アフリカンコーヒー以外考えられません。

2週間後、同じビルに用事が出来たので、私は満を持しカメラまで携えて「世界の大衆食堂」(今更なんですが店の名は失念したのです)に行きましたが、店は看板のみ残し跡形もなく無くなっていました。

帰り際その看板をまた眺めながら私はコントのオチだけ聞き漏らした様な空虚を
やり過ごしてなお、「だよね。」と独りごちる事を抑えられなかったのでした。

余談ですが、その看板はどうしたわけか撤去されずにその後半年近く通りに存在し続けました。
私の方からは以上です。
グルメ関連の記事かと思って読み出してしまった方、大変申し訳ありませんでした。                     
                           おわり













     


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