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水野シズク、入社一年目のフレッシュプロマネの挑戦 第五話

ランチタイム

安藤さんのおすすめで、シズクは今日「ハンバーグ大地」というお店に来ていた。ここは安藤さんが「日本一美味しい」と太鼓判を押すハンバーグの名店で、デミグラスソース、きのこのホワイトソースなど、様々な種類のソースが自慢のハンバーグを堪能できる場所だった。しかし、シズクが心から絶賛するのは「和風タワーハンバーグ定食」で、その名の通り、大根おろしと素揚げ野菜のタワーに少し酸味のある醬油味のソースが、彼女の心を掴んで離さなかった。

安藤さんはシズクにとってただの食事の友達以上の存在であった。彼女は入社4年目の経験豊かな先輩で、既に3つのプロジェクトを経験しており、田中のグループ以外の人間関係のネットワークも豊富だった。食事の間、安藤さんは各グループのリーダーの性格や管理スタイル、メンバー間の人間関係について、さりげなくシズクに教えてくれた。

シズクは、ハンバーグを前にしながらも、安藤さんの話に耳を傾けた。彼女の話は、シズクが日々の業務で直面する課題に対する洞察や、将来のプロジェクトでの動き方のヒントを提供してくれた。安藤さんの情報は、シズクにとってプロジェクトの壁を乗り越えるための貴重な知識源であり、新人としての道を歩む上での羅針盤のようなものだった。

ランチが終わる頃には、シズクは新たな知識を得て、次のステップに向けてのエネルギーを充電していた。彼女は、安藤さんとの交流がただのランチタイム以上のものだということを再認識したのだった。

結合テスト

コムテル社の営業担当玉川の尽力により、プロジェクトは何とかプログラミングと単体テストの遅延を取り戻し、結合テストの工程に移行していた。結合テストでは、コムテル社が手掛けた契約画面と、エナビズ社によるビジネスロジック、さらに外部システムとの連携機能が検証されることになっていた。

しかし、予期せぬ課題がエナビズ社を直撃した。ここまではスムーズに開発を進めていたエナビズ社だが、決済管理システムとの通信での遅延が発生し、契約画面でのカード情報確認に許容以上の時間がかかっていた。顧客の要件は明確で、処理時間は最大で2秒以内とされていたが、実際にはある条件で5秒以上の時間がかかってしまっているのだ。

田中はこの問題を解決するために、緊急対策チームを結成することを決定した。シズクもその一員として加わり、エナビズ社と連携して原因を特定し、解決策を模索する任務を担った。

対策チームはまず、決済システムとのインターフェースの分析から始めた。ネットワーク遅延、システムリソースの問題、あるいはAPIの呼び出し方法に課題があるのか、シズクたちは様々な可能性を検討した。エナビズ社の技術者と頭を寄せ合い、通信プロトコルの最適化や、要求されるデータの量を減らすなどのアプローチが提案された。

シズクたちのチームは、通信の遅延問題がプログラムのロジックか通信プロトコルに起因するとの仮説で調査を開始した。しかし、システムの複雑さと、潜在的な原因の多さは調査を困難にした。深夜まで続くセッション、複数のログファイルを検討し、システムの各レイヤーを一つずつ検証しても、はっきりとした答えは見つからなかった。

エンジニアたちはコードを何度も見直し、通信プロトコルの設定を調節してみたが、遅延は依然として解消されなかった。シズクたちはネットワークの専門家と頭を悩ませながら、通信プロトコルの挙動をシミュレーションした。しかし、それらの努力にもかかわらず、問題の根本原因は見えてこなかった。

チームの疲労がピークに達する中、運命的な瞬間が訪れた。ミドルウェアのベンダーが運営する海外のフォーラムを徹底的に調べていた三井が似たような問題に直面している他のユーザーの投稿を見つけたのだ。そこには、特定の条件下でのパフォーマンスの問題に関する記述があり、そこで初めて、仮想サーバ上のミドルウェアのバージョンが古いことが問題の原因である可能性が示唆されていた。

この問題に対応した最新のベータバージョンをインストールした後、奇跡のように応答速度が改善された。シズクは、この過程で得た教訓を忘れることはなかった。それは、問題解決のためには、明白な原因を追求するだけでなく、外部のリソースやコミュニティにも目を向けることの重要性を意味していた。

田中は、顔に疲れの色を隠せないものの、明るい笑顔をチームに向けて見せた。「素晴らしい仕事だ。みんなのおかげでこの難局を乗り越えることができた。」と彼は感謝を述べた。

シズクもこの経験から多くを学んだ。技術的な解決だけではなく、情報共有の重要性、チームワーク、そして持ち前の粘り強さがプロジェクトを成功に導く鍵であることを改めて認識したのだ。ステージで起こりうる突発的な問題に迅速に対応する能力を身につけることができた。

データ移行

総合テストのフェーズに移行したプロジェクトチームは、ひとまず結合テストの終了に安堵の息をついていた。しかし、安息の時間は長くは続かなかった。旧自由通信社から新システムへのデータ移行準備が着々と進行する中、シズクは新たな指摘を受け止めることになった。

旧自由通信社では、解約済みの顧客データを政府機関や警察の要請に応じて提供できるよう、維持していた。このことは、マイネットワーク社のデータ移行プロジェクトに新たな課題をもたらした。マイネットワーク社の個人情報保護ポリシーは、データの保管期間を設定し、期限が切れたデータを破棄することを要求していた。これは、旧システムからデータをそのまま全て移行する予定としていたプロジェクトの方針と矛盾していたのだ。

田中はこの指摘に対し迅速に動かなければならなかった。シズクに指示を出した。「この問題を法務部に持って行って、どう対応すればポリシーに違反せずに済むか、案を作ってマイネットワーク社の法務部門の合意をとってほしい。そして、移行プログラムを担当しているエネビズ社とも話し合って、データ移行のプロセスをどう調整するか、プランを立ててくれ。」

シズクは、この責任ある任務に心を引き締めつつ、法務部との会議をセットアップした。彼女は、個人情報保護ポリシーの遵守が、技術的な課題と同様に、プロジェクトの成功に不可欠であることを理解していた。

シズクは、法務部との議論を重ね、対応策を練り上げた。解決策を見出すため、彼女はまず、旧自由通信社が警察からの依頼でデータ検索を行った履歴を精査した。その結果、最も古い記録が依頼日から10年前のデータであることが判明し、今後の同様の要求に対応するためには、データを15年間保管しておけば十分であるとの結論に至った。

さらに、統計情報作成のためには、個人を特定できない形でデータを加工し、個人情報の管理範囲から外すことで、長期間保存しても問題ないとの判断が下された。

シズクは法務部門から得た指導と承認をもとに、資料を丁寧に作成し、マイネットワーク社のシステム統括部にエスカレーションすることにした。彼女の作成した資料には、データ移行の新たな方針、個人情報の保管期間の設定、そして統計データとしての保存方法に関する詳細が含まれていた。これらはすべて、法務的な問題を避け、プロジェクトを円滑に進めるための重要な要素だった。

資料の内容をシステム統括部に提示したシズクは、その反応を静かに待った。提案が適切であるとの確信はあったが、公式な承認を得るまでは緊張の糸が解けなかった。翌日、マイネットワーク社の法務部門から通知が届いた。内容は、彼女の提案に対する完全な合意の表明だった。この通知は、シズクの努力が認められ、彼女が提示した方向性が正しいことを証明するものであった。

この承認を受け取ったシズクは、深い安堵感を味わいつつも、この経験から多くを学んだことに感謝した。個人情報の扱いというデリケートな問題に対処する過程で、法務知識の重要性、正確な情報の伝達の必要性、そして何よりチームとしての協力の価値を深く理解したのだ。

マイネットワーク社との合意内容に基づき、シズクはデータ移行作業の方針を立てた。過去15年分の顧客データを新システムに保存し、それ以前のデータからは名前、住所、電話番号などの個人情報を削除し、匿名化した統計データとして保存するというものだった。これには、移行プログラムの改修と、さらなるテストが必要となったが、スケジュール内で作業を完了させることができる見込みであった。

プロジェクトリーダーの田中は、シズクの迅速な分析と対策策定に感心しつつ、改修作業に向けた追加のリソース確保を行った。シズクはプログラミングチームと連携を取りながら、改修作業を着実に進めた。その結果、移行スケジュールを守りながら、個人情報のポリシーに準拠したデータ移行が可能となった。

総合テスト

総合テストは、シズクとチームにとって新たな試練の始まりを意味していた。彼らは契約のライフサイクル全般を一気通貫でテストするという複雑な任務に取り組んでいた。新規契約から始まり、契約変更、停止とその解除、複数回線の契約、譲渡、そして最終的な解約に至るまでの各プロセスを、さまざまなパターンと順序で試験していた。

しかしながら、総合テストの初期段階で意外な問題が発生した。単体テストで発見されるべきだった多くの問題が検出されたのだ。例えば、ユーザーが入力した文字のチェックが仕様通りに行われていなかったり、選択したプラン情報が正確に画面に表示されなかったりするケースがあった。これらは画面設計上の問題であり、単体テストで未解決のまま残されていた。

もう一つの問題は、契約履歴情報が正しく保存されないということだった。契約履歴情報は新規契約後に顧客情報を変更した、プランを変更したなど各種契約処理を行う際に残すログのようなものである。特に、複数回線契約のケースで、最初の回線の履歴は問題なく記録されるものの、追加契約された回線の情報が保存されていないという状況が発覚した。この問題は、ビジネスロジックのレビューと単体テストの段階での漏れが原因であり、さらには詳細設計とプログラミングを担当していた開発者が心を病んでしまい、プロジェクトを途中で離れたことも原因の一つだった。

シズクは、心を病んでチームを去ったメンバーのことを思い、深く心を痛めていた。彼はプロジェクトの重要な段階で責任を担っていたが、プレッシャーが彼の健康に影響を及ぼし、最終的には仕事を続けることができなくなってしまったのだ。シズクは、チームの健康と生産性が密接に関連していることを理解し、チームメンバーの精神的な負担を軽減するための対策も要素であると感じていた。

シズクは総合テストの進捗を厳密に監視していた。そのためのツールとして、EXCELを使用し、テストケースの予定日と実績日を集計し、視覚的に把握できるようにグラフ化していた。このグラフでは、赤い折れ線で予定の累積数を示し、青い折れ線で実績の累積数をプロットしていた。全テストの完了予定は12月とされているが、現在のところ予定の赤い折れ線よりも実績の青い折れ線が5日分右側にずれており、プロジェクトが遅延していることを示していた。

総合テストを進める中で、シズクとテストチームは適切なバグ追跡と障害管理のシステムを整備していた。テスト中に発見された各バグは、障害管理票に記録された。これには、バグの具体的な内容、発生原因、提案される対応策、対応者の名前、そして修正の期限が含まれていた。この厳密な記録と追跡プロセスにより、チームは各バグに迅速かつ効果的に対応できる体制を確立していた。そして、バグの発生数、残存数をグラフで可視化することで、プロジェクトチーム全体がバグ対応の進捗を共有し、必要に応じて迅速に介入して対応を調整できる環境を提供していた。

プロジェクトの進捗を見つめる田中は、総合テストの遅延が明白であり、そのままでは予定通りの完了が難しいことを認識していた。この問題を解決するため、彼はコムテル社とエナビズ社、それぞれと緊急の開発推進会議を設定した。会議の目的は、テスト工程の加速と、それに伴う追加対応の要請だった。

会議では、田中が両社の営業担当者に対して、プロジェクトの緊急性を強調し、土曜日も総合テストを実施してもらうよう要請した。この提案は、プロジェクトの遅延を取り戻すために必要な措置だったが、同時に、彼はチームメンバーの健康面への配慮も忘れなかった。田中は、少しでも体調が悪い時には無理をしないよう、明確に指示した。彼はチームの健康と安全が、長期的なプロジェクト成功のために最も重要であると常に考えていた。

シズクはプロジェクトの遅延を取り戻すための方法として、テストチームの人員を増やすことを考えていた。彼女は田中にこのアイデアを提案し、迅速なテスト数の増加を期待していたが、田中の反応は慎重だった。

田中は、新たなメンバーをこの時期に加えることの潜在的なリスクについて説明した。新しいメンバーにプロジェクトの背景やテストの詳細を教育する必要があり、それには時間がかかる。さらに、未経験のメンバーがミスをする可能性が高く、それによって発生する手戻り作業がプロジェクトの遅延をさらに悪化させるリスクがあると指摘した。彼は、既存のチームメンバーの能力を最大限に活用し、彼らの健康を配慮した上で稼働を増やす方が、プロジェクト全体のリスクを管理する上で賢明であると結論づけた。

シズクは田中の説明を理解し、彼の経験と洞察から学ぶことが多いと感じた。彼女は田中のアプローチを支持することに決め、プロジェクト管理の観点からも学びを深める機会とした。彼女自身も、リソースの効率的な管理とチームメンバーの健康を同時に考慮する方法を模索することに注力し始めた。

朝会の際、シズクはプロジェクトチームのメンバー一人ひとりの体調を確認するようになった。これは、過去の経験から学んだ教訓を生かし、チームの健康と持続性を確保するための措置だった。特に重要視されたのは、プロジェクトの厳しいスケジュールの中でも土曜日に追加で出勤する必要がある際の体調管理だった。

シズクは、土曜日の出勤については、メンバーの家庭の事情や個人的な予定にも配慮することを心がけた。彼女はコアタイムを設け、この時間帯で作業を行えるのであれば出勤も退勤もメンバーの裁量に委ねることにした。これにより、メンバーは自分のライフスタイルに合わせて柔軟に勤務計画を立てることができ、プロジェクトへの貢献と個人生活のバランスを取りやすくなった。

この新しいアプローチは、チームメンバーから高く評価された。彼らは自分たちの健康と家庭生活を尊重されることに感謝し、プロジェクトへのモチベーションがさらに高まった。また、メンバーは自分たちの時間を効率的に使い、必要な時には集中して作業に取り組むことができた。

シズクはこの取り組みを通じて、効果的なリーダーシップは単に業務の進行を管理することだけでなく、チームメンバーの個々のニーズに対応することも含まれるという重要な洞察を得た。彼女のこの姿勢は、チーム全体の結束を強化し、プロジェクトの成功に向けた共通の目標に向かってチームが一丸となる文化を育てる助けとなった。

つづく

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