頓着がゼロ

斉藤ナオは悩んでいる。ベランダのハーブについた虫を退治すべきか否か。親知らずは痛むが抜くべきか。今付き合っている男と別れるべきか否か。そしてそれら全部を相談したハルコにキスをされてから連絡を取れていないことにも。悩んでいる。どうにも手に負えない問題が手の届く範囲にありすぎる感じがする。多難。
ナオは元来、自己主張のできない性格で、というより主張する自己のない人間であったし、今もってそうなので母親には諦められている。付き合う友達や恋人によって服装も髪型も喋り口調や食べるものの傾向も変わるので半分気味が悪いのかもしれない。しかしたったひとつ一貫して、能動的だったことは一度だってない。それだけがナオの固有の性格と言える。
「なんか……お腹すいたなあ……。」
彼氏とは半同棲状態であり、ナオの狭い部屋には彼氏の物が散乱している。それらを呆然と眺めるのは唯一何も乗っかったり掛かったりしていないソファの上。膝を抱いて三角座り。ロングスカートでつま先までを覆う。

-部屋には時計がないのでテレビをつけなければ本当に静か-

ぴんぽーん
無遠慮な音程でインターホンが鳴り響く、ナオはびくともしない。受動的であることを極めすぎて、世界のどんな不意打ちにもびっくりしないという結構すごい特技を得ているからだ。
ぴんぽーん「ナオあけてー!」どんどん
この男は、と思う。
この男はどうして、鍵を持っているくせにそして予定のない訪問には応じるなと口酸っぱく言うくせに、私に鍵を開けさせるのだろう。もちろんそれは疑問で終わる。
がちゃり「開けるの遅い!」
ふうん、と思ってすばやく脇へ退ける。
「ナオ!会いたかった?」
しかし彼氏はスーパーの袋を左手に提げたまま、玄関で靴を履いたままで小首を傾げるのでナオが変な感じに壁にへばりついて横を向かなくてはならなくなってしまった。黙る。
ナオはこの問いに対する答えは持っていない。彼氏は怒った顔をする。
「……来た甲斐がないから帰ろかな!」
困ったな。こうして彼氏は、どの彼氏もなのだが、私に感情のベクトルを向けてもらいたがる。会いたいだとか好きだとか、側にいてとかその他とか……。嘘をつくのは今までにやったことがあるけれども、すごく疲れるので嫌なのだった。
「なあナオ。俺、お前と付き合ってる意味ある?」
ナオには本当にわからない。すべてにおいて、意味があるかどうかなんて考えたこともない。
だから「わからん。」というとぶたれた。ひょっとして痛覚がないとか思われているのかもしれない……。
「別れよ!荷物はまた取りに来るから!」
後にはスーパーの袋だけが残った。

つづく...

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