太陽とモーゼ

おれが歩くと砂に足跡がついてしまって萎える。別に何かを残すために頑張って生きているわけではないのだ。
生きることとはそれだけで苦難だ、ひょいと生まれる。死ぬまで生きる。なんと言われたって生まれた事実は揺るぎなさすぎるし、死ぬまでは生きなくてはいけない、目の届く範囲でいるか否かに引っ張られず、産んでくれた人を悲しませないために。
おれはなんとかミミの裸足の足跡を踏まないように歩く。おれも裸足なのでミミの歩いたあとを歩く方が安全に何も踏まずに歩けるのだがミミは、ミミは何かを残す人間だから、おれがそれを汚してしまうのは、嫌だ。嫌だからおれはミミの足跡(時々深く小さくなるのはつま先立ちになったりしているからだろう、歩くという行為を純粋に楽しめるミミ。)を眺めながら避ける。
「なあ、見て。」
先へずんずん進むものだから待ってほしくて夕陽を指差す。もちろん振り返って立ち止まって一瞬、おれを炙るその瞳を求めている。ミミはおれを見てからおれの指先を見て、それから夕陽を見る。歩くことに集中していてきっと気づかなかったのだろうおれも、ミミの足跡に集中していて今さっき気づいたばかりの大きくて赤い赤い夕陽。海に光の道ができているので、おれはとてもミミとあれを渡りたいと思った。
「太陽が海づたいにビームを、私たちに攻撃している。」
眩しいのだろうおれも眩しい、ミミは目の前に手をかざして指の隙間から夕陽を見る。おれは走ってあっという間に追いつく。背の小さい女の子のとなりに並ぶ。
「おれには光の道に見える。」
けれどもみなまで言うものか。俺にとってミミはそれほど大切なのだ。大切すぎるとも言える。
「おお、見えるぞよ。私たちさながらモーゼ。」
「太陽光線で海を割るのだ。」海に向かって腕を広げて胸を開く。するとミミがいかにも恭しく跪く。
「お告げをどうぞ。」
おれが預言者か。神から受け取り賜うた言葉なんてでも糞食らえだな。おれは現実に生きている。神は現実に生きていない。この苦難がわかってなるものか。
「個人レベルで、幸せになりなさい。」
ミミのつむじをひらひらと撫でる。うふふふふっと地面から近いところで湧き上がる笑い声。
「個人レベルで?」
「個人レベルでだ。タメ口はやめなさい。」
「了解!」
足裏にバネが仕込んであるかないかぐらいの勢いで立ち上がり敬礼するミミの額にキスをする。くすぐったい!と、でも彼女は口にしないがおれにはわかる、その笑い方でじゅうぶん。
「膝に砂、ついてるよ。」
ご満悦の笑顔をたたえるおれの方はもう振り返らずにミミは駆け出すのでこれは聞こえない。きっとどちらでもいいのだ、どこに砂がついていようとおれが話そうとミミに聞こえていようと、なにが、どうでも。
左を向くと夕陽はもうずいぶんなりを潜めていた。

おわり


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