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「幸せの対価。」/ショートストーリー

病院のベットの傍らで、剛田はため息をついた。
心の中では舌打ちをしていたのだが。
「どうですか?体の方は。」
頭の包帯を巻いている槇村美沙に話しかけた。
美沙はまだ頭が痛いのか、弱々しい微笑みを浮かべた。
「ええ。いつもすみません。剛田さんにはお手数おかけしてばかりで。」

槇村美沙と言うこの女性は、自分がこの地域の警察に移動してから何回も病院に担ぎ込まれていた。
美沙が怪我をするようなことに何故かいつも巻き込まれるのである。
それは剛田が移動する前からであり、不審に思って以前の担当者に事件性を確認したほどだ。
先月退職した人の好さそうなその刑事は、首を振った。
「異常といって構わない回数なんだが、それぞれに関連性もない。最初は新手の詐欺じゃないかと疑ったが、どんなに調べても偶然としか言えない状況でね。まあ。槇村さんに何も過失が見当たらないのだから。運がないとしか言えない。そういう人間もいるのだと仕方なく納得したよ。」

剛田は彼と違って、納得が出来なかった。
上司と事件の供述調書の信ぴょう性について揉めて上司を殴ってしまった剛田は正義感が人一倍強い。
結局、剛田が懸念していた通り、真犯人が浮上して逮捕に至った。
剛田が見つけた証拠が決めてとなったおかげで冤罪は防げたのたが、暴力を振るったのはどうしようもなかった。
処分にはならなかったが、たぶん口止めと言うことも含めて、この地方都市に左遷させられた。
派手な事件はほとんど皆無のここへ。

だからこそ、槇村美沙の異常なまでに事故に遭ったり、事件に巻き込まれることに剛田は何故か苦々しい思いが胸に広がって、過去の事故事件について一から見直していた。
そして。
槇村美沙にとっては日常茶飯事となっている事故で頭を縫うという重症を負った。
相手は高齢者のドライバーでよくあるアクセルとブレーキを踏み間違えたという事故だったのだがドライバーがこの地方で名家の資産家だった。
剛田にとっては一生お目にかかれない慰謝料で、事故はうやむやになるようだった。

「槇村さん。あなた、どんな手をつかって事故にあったんですか?」
そんな質問は剛田にだってバカな質問だとはわかっていたが、言わずにはいられなかった。
槇村美沙は、事件や事故にあうたびに多額のお金がはいるのだ。
美沙はそのお金で人よりも贅沢な暮らしをしていた。

「どんな手って。」
美沙はまた弱々しい笑顔を見せた。
そうなのだ。
今回だって、美沙には少しも落ち度がなかった。
落ち度がないばかりか、もうひとり巻き添えになりそうな学生を突き飛ばして、自分が重症を負った。
その学生からの見舞いの花束が病室に飾られていた。
剛田はもちろん、学生に話しを聞いている。
学生は涙ながらに美沙に助けられたと語った。
とっさに突き飛ばしてくれなかったら、私のほうが間違いなく重症か死んでいた可能性もあったんですと。
その学生にも口止めと思われる慰謝料と、なんと美沙からもお見舞金が渡されたらしい。
その学生は、内緒にしてほしいと言って教えてくれた。
そのお金で倒産寸前の実家が助かる。
私も大学を中退しなくてすむんですと。

剛田はその話をきいて感動どころか、鳥肌がたって仕方なかった。
絶対に普通じゃない。絶対にだ。
だから、バカみたいな質問を美沙にしたのだ。


「剛田さん。この事故のせいで、誰か不幸になりましたか?」
剛田は何も言えなかった。
「あのご高齢のかたはもう運転はしないと誓ってくれました。家族の人には返納するように言われていたのにできずに、これでやっと返納するきになった。もうひとりの学生の方だって、軽症ですんでそれどころか色々と助かった。わたしはお金は手に入りますが、一番痛い目にあいました。それで剛田さんは、どうしたいんです?」
剛田は自分がどうしたいのだろうと考えた。
「俺は答えが欲しいんだ。」
そう素直に答えた。
美沙は不思議な眼差しで剛田を見た。

「わたしのうちはとても貧乏で。勉強だって好きだったけれど高校にも大学にも行けそうになくて。そのうち、とんでもないところで働くしかないのかなって。夢や希望もなかった。そんなときにね。ホームレス風の男の人が公園でがたがた震えていたの。小学6年生のわたしは夕食代わりの給食のコッペパンをあげたんです。なんだか、わたしより可哀そうに思えて。」
「そのひとが食べ終えたら教えてくれたんです。」
なにをだと剛田は思った。
「贄になりなさい。幸せの対価として贄に。そうすれば、わたしだけでなくてまわりも幸せになるって。」
「だから、贄になったのか?どうやって?」
「それははお話しできません。ここまでです。信じなくても。これが剛田さんが欲しい答えです。」
「幸せの対価に身体が傷つくのか?」
「簡単に言えばそうです。」
「槇村さん。あんた。本当に幸せか?後悔していないのか?」
もう、美沙は何もしゃべらないという表情をしていた。


病院をでてから胸が痛かった。
「幸せに対価は必要ない。それに。」
それに。
贄っていうのは最後には命全てが対価になるんじゃないのか。


誕生日にはふさわしくないショートストーリー(笑)


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