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【家庭用決定版】鶏もも肉の焼き方-火入れ技術の定量化

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

久しぶりの更新は鶏もも肉を火入れ手法についてです。骨付きの鶏もも肉ではなく、より身近な骨なしのもも肉を扱います。ステーキの火入れ手法に続く、定量火入れシリーズの第二弾です。

さて、みんな大好きなステーキに比べると、価格も安くて地味な印象を抱かれがちな鶏もも肉の料理ですが、鶏もも肉自体はとてもポテンシャルの高い食材です。鶏もも肉はとても表情豊かです。まずはその点をサクッと確認してみましょう。

鶏もも肉は1つの部位として扱われていますが、その実態はいくつもの肉質から成る複雑な複合部位です。「筋組織的には牛の後ろ足の縮小版のようなもの」と言えば、その複合具合がイメージしやすいでしょうか。スネ周りの縦筋の走った弾力の強い筋肉、ももの膝側とお尻側、その周辺の小さな筋肉群…と、てんこ盛りです。その赤身達に適切に火入れを施せば、場所ごとに異なる個性を持った様々な食感と澄んだ旨味が現れ、一口ごとに新鮮な楽しみを与えてくれます。

さらに、鶏もも肉には皮という面白い部位があります。意識的に調理しなければただのブヨブヨした脂っぽい物体ですが、やり方仕方次第では、パキパキにもパリパリにもサクサクにも、色々な食感に化けてくれます。これが鶏の赤身の多相的な食感と組み合わされば、見事な食感のコントラストとなって、ますます私たちの口を楽しませてくれます。このユニークなコントラストこそが鶏もも肉の最大の推しポイントです。

……と、ここまで鶏もも肉を褒めちぎりましたが、実際にこの食感のコントラストと旨味を両立させて仕上げるのは容易なことではありません。あとで詳しく分析しますが、大雑把に言えば、皮と身の理想的な調理方法が大きく異なるため、素朴な方法では皮と身の両方を良い状態に着地させる難易度が高いからです。これが身がパサパサだったり、皮が脂でベッタリと重い鶏もも肉料理が生まれてしまう理由です。

そこで、本稿の出番です。本稿は、上で述べた食感のコントラストと旨味を両立させる、誰でもすぐ真似できる再現性の高い手法について解説します。調理工程における重要ポイントを数字や分かりやすい判断基準に落とし込まれているので、マニュアル作業色の強く、属人性を極力排除しています。

しかし、作業内容だけを伝えても、その作業を正当化する理屈に対する理解が伴わなければ、応用が効きません。ブラックボックス的に1つのやり方を丸暗記していては、料理の数だけ丸暗記が必要になってしまいます。それは本稿が目指すところではないので、理屈パートもみっちり書いています。使える手順だけでなく、手順を設計する際の考え方も伝えたいと思います。その代償として、本丸のレシピパートに入るまでの分析パートがやたら長い(3000字くらいある)ので、レシピパートから読んで、疑問を覚えたら少し前のパートを読むようにしてもいいかもしれません。

なお、第一弾に当たるステーキの火入れ記事と本稿は、技術的に全く別物です。一方が他方の前編に当たるというような論理的先後関係はなく、どちらも互いに独立しています。たまたま私が書く気になった順番がこうだったというだけです。強いて比較をすれば、ステーキの記事では手法の説明に重きが置かれていましたが、本稿では手法を設計方法についての説明が相対的に多くなっている点を挙げておきたいと思います。

※以降、文字数を節約するためにですます調をやめます。

仕上がりイメージ

どんな状態を目指すかを定義しないことには手順を設計することはできない。仕上がりのイメージを共有しておこう。皮と赤身のそれぞれの仕上がりに分けて考える。鶏もも肉は、骨付きでない開きのものとする。

完全に焼き切られていて弾力のある部位が無くなっている状態。皮面の凹凸に関わらず全面的にこんがり薄茶の仕上り。結果的にパリパリの軽い食感で薄茶色。口に含んだ際に香ばしい(≠焦げ臭い)香りが鼻に抜ける。

赤身

弾力に富みつつも、歯切れが良い状態。加熱の過程で赤身に混ざる脂が適度に落とされており、噛んだ際に舌が多量の脂で邪魔されることなく、鶏の澄んだ旨味がダイレクトに感じられる。離水が進んだ部位は見受けられず、ナイフを入れた切断面は、白く瑞々しく、縮んだ繊維で断面が毛羽立つこともない。

こんな感じの良い所取りを目指す。

なお、ここでは意図的に味付けには触れていない。特に塩をいつ振るか問題については、本稿で紹介する火入れの手順にほとんど影響しないので触れない。それぞれの宗派や品ごとに求める仕上がりに合わせてお好きにどうぞ。

問題の整理

仕上がりイメージの大まかな実現方法と課題を考える。

条件の絞り込み

皮について。集中的に皮から水分を抜く加熱工程は必須。皮面がある程度は平面的であることを考えると、ご家庭で順当なのはソテー。水分を効率よく抜くために油がパチパチ(バチバチ?)鳴るような温度帯で加熱することになるだろう。表面だけパリ感を出すだけなら話は単純だが、焼き切るとなると火力次第で加熱にかかる時間は変わる。この点は現時点では適正値がわからないので保留。焼き切れたかどうかの判断は、目視確認できない対象に対する判断なので、それを補助する基準も必要になる。この点が特に重要そうだ。

赤身について。食べ手の好みにもよるが、目標の食感を得るには、概ね仕上がり65度付近に着地させることを目指すと良さそうに思える。また、食感に影響するような離水を抑えたいことからも大きな加熱ムラが発生するリスクも取りたくない。この時点で、ソテーなどの平面的な加熱方法は選択肢から外れる。骨なし鶏もも肉は、場所による厚みの差と凹凸が激しく、肉が入り組んだ構造だからだ。また、加熱過程で余計な脂を落としたいのなら乾熱的な調理が向くだろう。となると、立体的加熱×乾熱としてローストを選ぶのが自然。この場合でも、やはり、何らかの形で火入れの完了を判断する基準が欲しい。

以上から、皮の加熱と赤身の加熱は、別のタイミング・方法で行うことになるが、一方が他方に与える影響を適切に制御または利用する必要がある。すぐに浮かぶのは懸念点の方で、皮の加熱条件が赤身にとっては過剰である可能性。

主課題(仮)

上の考察から、以下のようなものを整備したい。

  • 皮のソテー時の完了判断の基準設定

  • 赤身のロースト条件と、その完了判断の基準設定

  • この2つ同時に採用しても破綻しない道筋

最初の2つだけならこの記事の出番はない。というのは、皮と赤身それぞれを部分最適化するだけでいいなら全く難しくないからだ。たとえば、もし仮に、赤身の状態に関わらず、皮が焼き切られた上でパリパリになってさえいればOKと評価できるなら、赤身が過加熱状態になろうと気にせずに、皮面を徹底的に焼けばいい。逆に、皮の状態に関わらず赤身が上手に仕上がってさえいればOKと評価できるなら、皮は無視して赤身にだけ照準を合わせてすればローストすればよい。皮も赤身も加熱の完了判断をするための基準も難しくない(詳細は後でフォローする)。

問題は、異なるヒートパスを通るべき異なる部位の仕上がりをどうやって両立させるかだ。「皮パリにしたらその時の熱で赤身が死にました。」という見え透いた落とし穴は回避したい。

加熱順序の場合分け

皮の加熱と身の加熱は、それぞれ別のタイミングで行うことが確定している。では、どちらが先であるべきか。そのときどんな工夫があり得て、その際の課題は何か。思考実験的に候補となるケースを列挙して評価してみよう。この考察を通して、どのケースをたたき台として採用するかを決める。

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