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タコ壺【小説・ホラー】※冒頭抜粋

※この作品は一部のみの公開のため、タイトルと内容の差に違和感があるかもしれませんが、あしからず。
 この記事のみで完結させてもいいように思えますが、どうしても続きを書きたいため、一部公開とさせていただきます。あえてこの記事のみでタイトルをつけるとしたら『視線』。
後々、本文を改変して再投稿を予定していますので、ご期待いただけたら幸甚です。


 坪倉智之(ツボクラ トモユキ)は時計の針を見つめていた。
 視界の下では人影がぼやけて見えていた。その人物と、その人物が述べる難解な公式の理屈に関心はなかった。文字の羅列はただ頭の中を通過して、脳裏に流れる流行りの音楽と混ざって消えていく。
 たかが勉学の成績が良かっただけじゃないか。教育者など社会に出る術も知らずに、16年と2年か3年を勉学に費やしただけのガリ勉野郎だ。
 坪倉は大学生活の二年を終えようとしている中、ただ平凡に毎日を送っている事実から目を背けていた。結果、教授を否定することしかできないでいる。

 視線は左下に移る。赤茶のセミロングの髪の毛が蛍光灯に反射して白く光っている。マドンナとまではいかないが、校内では割と人気な女の子だ。快活で真面目なその子は今日もせっせと板書を写している。
 右下ではまともに会話もしたことのない男子生徒が大きめの黒いリュックを隣に置いて、これまた体に悪そうな姿勢で板書を写す。

 目線を真下におろす。堂前海斗からの連絡だ。あいつもこの講義を受けているらしい。なぜ後期の終盤になって今知ったようなのかというと、あいつは講義に出てくることが珍しいからだ。同じ講義を受けていても、なぜか出席カードだけはあいつの出席を確認し、それ以降は姿を消している。今日は学期末試験の範囲やらレポートの内容やらの情報を盗み聞くために、仕方なく出席しているのだろう。

 案の定、メッセージの内容は「終わったら今日より前のレジュメを見せてくれ。」であった。智之は海斗が息を潜めているであろう後ろの席の方に軽く視線をやる。海斗の姿は見えない。海斗はこちらを見ている訳でもなく、どうせ友達とくっちゃべっているだろうことに今更気付く。突然後ろを向いたせいか、自分に何の用だとでも言うように、複数人がこちらを見る。気まずくなり、咄嗟に視線を戻す。今日は出席者が異常に多い。海斗と同じ事を企む人間がこれほどいるのかと思うと、何とくだらない。

 今日だけ特別な注目を浴びている教授は、意気揚々と弁論をばらまいた後、文字列を大きく消していった。皆がそちらを向いた。次に書かれるものはきっとこの講義で最も大事な部分だ。坪倉も同じように、それだけには興味があった。そして、試験の範囲とレポートのテーマが時間をかけて現れた。

「今日は出席者が異常に多い気もするがね、まあレポートに関してはこれまで出席してきた生徒の方が圧倒的に有利に働くでしょうね。ちなみにコピペのチェックはさせてもらうので、くれぐれも誰かに付け込んで楽に単位を得ようとか、安易な考えはおよしになってくださいね。写された人にも迷惑を被ることになりますからね。まずそのような方はいないと思いますが。」

 教室全体から負のオーラを感じる。チャイムが鳴ると、いくらか張り詰めた空気は弾けた。

 彼はここでようやく坪倉から視線を外した。

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