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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ⑫

曲線の魔術師はキャデラックにひらめき?

今回の行き先
米子市公会堂

“世界のTANGE(丹下健三)”“世界のANDO(安藤忠雄)”というように、日本には世界で活躍する建築家がたくさんいる。そんな中にあって村野藤吾(むらのとうご、1891~1984年)は、“世界の”という冠のつかない日本ベースの建築家だ。しかし、その卓越したデザインセンスは、日本の建築史上指折りであると誰もが認める。今回はその村野藤吾が、脂の乗った60代後半に設計した「米子市公会堂」を訪ねた。

三次元のラインが美しい“曲線の魔術師”

米子市公会堂は鳥取県米子市の中心部、角盤町に1958年に完成した。ぶっちゃけになるが、筆者は村野藤吾の大ファンである。そして、村野建築は絵を描くのが楽しい。村野のデザインは自由曲線が多く、定規をあまり使わなくても、“うまく見える絵”が描けるのだ。

ほら、この外観、実に絵になる。市民の間では、「村野藤吾氏がグランドピアノをモチーフにデザインした」という逸話がまことしやかに伝わっている。

米子市公会堂をこの連載で取り上げるのは、2013年~2014年にかけて行われた耐震補強工事で、日建設計が改修設計の中心になったからだ。ガイド役の西澤崇雄さん(日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ)は、「改修前後でデザインが全くと言っていいほど変わっていないんです」と申し訳なさそうに言う。いえいえ、曲線の魔術師・村野藤吾のオリジナルデザインをこんなに残してくれて本当にありがとうございます。

市民アンケートで「存続すべき」が多数

村野のデザインの話はいくらでも書けてしまうので、その前に耐震補強工事の話をしておこう。実はこの建物、一時は「解体」の可能性もあったのだ。

 老朽化した公会堂をどうするかという検討が始まったのは2009年。地元の桑本総合設計が耐震診断を実施すると、Is値(構造耐震指標)が0.15という極端に低い結果が出た。

 専門的な話になるが、Is値は0.6以上だと「大規模な地震に対して倒壊や崩壊の危険性が低い」とされ、0.3以上0.6未満だと「倒壊や崩壊の危険性がある」、0.3未満は「倒壊や崩壊の危険性が高い」となる。「0.15」という数字は、あまり見ない低さだ。

 稼働率の高いホールだったが、米子市はこの診断を受けて翌2010年9月までで施設の使用を中止。同時に市は、市民3000人に公会堂に対する意見を聞くアンケート(郵送)を実施した。約半数から回答があり、「存続すべき」が45.4%で、「廃止」の38.2%をわずかに上回った。当時の市長は、耐震補強を実施して使い続けることを表明した。

 この種のアンケートで「存続すべき」が「廃止」を上回るのは珍しい。1958年の建設時、米子市民の「1円募金運動」による多大な寄付が寄せられたという経緯もあり、市民の愛着度が非常に高い施設なのだ。

弱点の屋根をまるごとつくり変える

改修設計を担当したのは日建設計と桑本総合設計の共同企業体。桑本総合設計は前述の耐震診断を行った会社だ。

耐震補強では、地震力に耐える壁(耐力壁)を新たに加えたり、柱を太くしたりするのが一般的だが、ここでは「屋根を架け替える」手法をメインにした。

当初の構造形式をよく調べてみると、一見、構造上の弱点にも見える入り口上部の張り出しは、強固につくられていることが分かった。弱点の1つは波打つような断面形状のコンクリートの屋根で、その重さに加え、屋根の接合部の強度が十分でなかった。

改修工事ではホールの屋根を全面的に撤去。大梁も新たな鉄骨に取り替え、デッキプレートを使って当初の波のような形状を再現した。そうして軽量化と構造強化を図り、Is値を0.70まで高めた。

遮音対策も施した。近くに消防署があるため、ホール使用中にサイレンが聞こえることがあったからだ。ホールの内装改修を行い、扉などの交換によってホールの静粛性を5~10dB(デシベル)高めた。

徹底的にデザインを「変えない」方針

改修設計の中心になったのは、日建設計の中でも特に「ホール」の経験が豊富な江副敏史氏(フェロー役員デザインフェロー)。江副氏が担当なのに、改修前後で印象が全く変わっていないのは、よほどの村野愛。
 
江副氏にそれを聞いてみると、「最初はガラスボックスを突っ込んでみようかと考えたりもしたが、とてもそんなことができる予算ではなかった。ならば、徹底的に村野藤吾のデザインを変えないことを目指すことにした」との答え。中途半端に自分の爪痕を残そうとしないのは、勇気のいる判断だ。

「変えない」ということで、地味に大変だったのが外装タイル。タイルは全部をはがして貼り替える方が簡単だ。ここでは、歴史的な価値を考慮して、劣化した部分だけを張り替えた。その際、新旧タイルが違和感なく調和するように色味の調整を慎重に行った。残したタイルは落下防止のため、1枚ずつピンを打ち込んでいる。全体の約半分、8万枚を張り替えたが、遠目には新旧の差が全く分からない。

内部で大変だったことの1つが天井。前述のように屋根と天井はいったん丸ごと撤去したが、天井の波のような独特の形状は3次元スキャナーで計測して厳密に再現した。

村野ファンがグッと来るのは、扉の引き手だ。遮音性能を高めるため、扉は交換したが、特徴的なデザインの引き手は再利用した。この引き手、ずっと眺めていられる!

新たに知った2つの村野エピソード

今回、館の方に案内してもらって、新たに知った村野エピソードが2つある。私にとってはエピソードというより“伝説”と言いたいくらいテンションの上がる話だ。

1つは、ホワイエや外部のバルコニーに付けられているこの落下防止手すり。なんて、細やかで流麗なデザイン。さすが村野!と思っていた。

それ自体は間違っていないのだが、実はこの手すりの上の部分、安全性を高めるために1980年の改修で加えられたものだという。村野が存命の時代の改修だ。主観になるが、明らかにかっこよくなっている。「安全性を高める」改修というと、無骨で「残念!」というものになりがちだが、それをプラスに変えてしまうのはさすが村野。

もう1つは、外観の「グランドピアノ説」に代わる新説。

市民の間では、「デザインのモチーフはグランドピアノ」が定番になっているが、これは村野がどこかに書き残した話ではないという。実は、私は、「村野がグランドピアノなどというありがちなものをヒントにするだろうか」と、長年、疑問に思っていた。例えば村野の逸話の中には、「六本木のクラブのバニーガールのお尻についたボンボンを見てフワフワの照明をデザインした」という話がある。デザインの発想というのは、そんなふうに普段あまり見ないものを目にしたときに天から下りてくるものなのである。

ピアノに代わる「キャデラックの後ろ」説

今回の取材で岡雄一館長が「こんな話もある」と教えてくれた。

「当時、施工に関わった方が村野さんに聞いたところ、村野さんが『キャデラックの後ろの部分をヒントにした』と答えたという話もあります」(岡館長)

キャデラックの後ろの部分! 素晴らしい。それでこそ村野藤吾。ご存じない方のために、これがキャデラックの後ろの部分。村野が設計時に見たであろう1956年型だ。

私がこの話に感動したのは、単に形がそれっぽいというだけではない。両者には“後ろも顔である”という共通性があるからだ。

何を言いたいかというと、ホールというものは、建築計画上の特性として、利用者が客席の背側から入るのが普通だ。舞台上には吊りものの巨大な装置(フライタワー)が必要なので、舞台側を正面にするデザインは難しい。1階から入るホールでは、階段状の客席の下が顔になる。
そんな裏みたいなところに施設の顔をつくって、市民を優雅に出迎える。キャデラックのデザイン思想に似ているではないか。キャデラックの1956年型、今にも後ろに向かって走り出しそうだ。キャデラックは1959年型になるとさらに後ろが尖ったデザインに進化するのだが、出迎える感じは1956年型がちょうどよい。

今となってはグランドピアノなのかキャデラックなのか、白黒をつけることはできない。しかし、そんな話で盛り上がれるのも、市民投票でこの建築が残り、改修に関わった人たちが村野デザインを変えずに残してくれたおかげだ。雲の上の村野は、「どっちも違うよ、本当は……」とニヤニヤしているかもしれないけれど。


■建築概要
米子市公会堂
所在地:鳥取県米子市角盤町2-61
竣工:1958年4月
設計:村野・森建築事務所
施工者:鴻池組
構造:鉄筋コンクリート造・一部鉄骨造
階数:地下1階・地上4階
延べ面積:4,872.10㎡(工事前後で変わらず)
 
■改修工事の概要
施工期間:2013年1月~2014年2月
発注者:米子市
設計:日建設計・桑本総合設計JV(基本設計、耐震補強およびホール改修実施設計)、桑本総合設計・桑本建築設計JV(その他大規模改修実施設計)、亀山設計(設備実施設計)、日建設計(全体監修)
施工者:鴻池組・美保テクノス・平田組JV(建築)
運営者:米子市文化財団米子市公会堂


取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「誰も知らない日建設計」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など


西澤 崇雄
日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。

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