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小手先のデザイン

穴が空いたり、小さなシミができてしまった衣類の補修に、ダーニングという技術がある。ダーニングマッシュルームとよばれるキノコ状のツールを使って、毛糸や刺繍糸で穴を補修するものだ。

ようするに "かけはぎ" なのだけど、ダーニングには " 装飾ダーニング " と呼ばれる、あえて目立つ色の糸を使って繕うことで、補修跡をワンポイント刺繍のようなアクセントに生まれ変わらせるものがある。
裁縫が得意でなくても簡単にでき、下手で目が揃ってなくてもそこが味になる、魔法のような補修技術だ。※ 1

ダーニングを知るまでは衣類に穴が空いたら、まつり縫いするか、フェルトでアップリケを作って縫い付けていた。ちょっとズボンなんかは縫いづらくて面倒だし、補修後があまり魅力的でなく、すぐに捨てていた。靴下なんかは片方捨てることを想定に入れて、3 足 1,000 円で同じものを 3 つ買っていたぐらいだ。どれかに穴が空いても、他のものとペアにできるので。

ダーニングをはじめてからは、補修がしたくてたまらなくなり、洗濯のたびに穴があいていないか、小さなシミができていないか確認するようになった。
補修後の衣類にも愛着が生まれ、新しい服も「ダーニングしたら、もっと素敵になりそう、穴があくまで着よう」とすら思う。


ちょっとした工夫で、生活を楽しくする。私はそういうデザインに惹かれる。

たとえば、待ち時間が長くて苦情が出たエスカレーターの前に鏡を置く話。
鏡があることで、そこで身だしなみを整えるから、待ち時間が気にならなくなる。待ち時間は変わらないのに。

たとえば、Web サービスでどうしても発生するローディングの間に、そのサービスを便利に使える Tips や、格言なんかを表示する。
文字を読んで理解しようとするので、ローディングが短く感じるし、Tips による効率化で日々の作業時間が短縮できるかもしれない。
ローディングが奪った時間を、ローディング中に表示する Tips で取り返しているみたいに。

ヒューストン空港の手荷物引渡所もそう。荷物の待ち時間が長いというクレームを、手荷物引き取り所までの距離をのばすことで解消した。


そういった小さな工夫がたまらく好きだ。これは困った私の思考のクセでもある。

これらのデザインは、一見スマートに見えても、根本的な問題を解決してはいない。自戒を込めて敢えて言うなら、" 小手先のデザイン " だ。

エレベーターがくるまで、無駄な時間を浪費するのが唯一の問題なら、鏡をおけば解決するだろう。でも、エレベーターを使うのは一人ではない。本当に 1 分 1 秒を争っているユーザーがいたら、鏡を設置しても問題は解決しない。

ローディングだって出来ることならなしで使えるのがいいし、手荷物引渡所が遠くなることで困る人がいることは想像に難くない。


本当は、もっと問題の本質へのアプローチが必要だ。
けれど、それでも、どうしても、変えられないものがある。

デザインは世界を変える、と言うけれど、実際はそんなに変えたりしないと私は思う。全く変えないとは言わないけど、少し変えられることもあるかもしれないけど、信じられているほどでもないと思う。

仕事でも、私的にも、実際は変えられないことが多くて、小さな変化を地道に積み重ねて良くしていくしかなかったりする。変えられない現実に、足元を固められて、身動きが取れないことがある。

分かってはいるけれど、こういった戦術レベルの奇策に頼らなければ、物事を前に進められないことが多い。いや、戦術に頼るという戦略が前提になってすらいる場合もある。

そういった場所から、距離をとるという方法もあるのだろう。
けれど、私の思考のクセが、" 小手先のデザイン " を考えるのが、楽しいとすら思ってしまっていて、始末がつかない。そんな風にいてはダメなのに。


" 小手先のデザイン " は、問題の本質を捉えていないだけでなく、問題の本質を変えず、課題を先延ばしにして、悪しき習慣を継続させてさえいる。

私は昔、酷いブラック企業で毎日日付が変わるまで仕事をしていたが、その状況を一切変えようとしなかった。会社を辞めることもせず、理不尽を楽しんだ。

みんなでパジャマを持ってきて日付が変わったら、パジャマを着て仕事をしよう、
とか、状況自体を変えずに、それを楽しむことばかり考えていた。

楽しかったし、楽しめない人は辞めていった。楽しいから別に平気だと思っていた。でも、その会社は倒産してしまった。2 ヶ月分の給料が未払いのまま、苦楽を共にした仲間はバラバラになった。

もっと、もっと私が楽しむ事意外を考えていたら、もっと本質を見つめていたら、違う未来もあったのかもしれない。


何でも楽しんでしまうという思考は、一見良いように思えるけれども、本質的な問題を見過ごし、小手先の改善でむしろ状況を悪化させてしまう。

実際は、現状に不満を持つ人の方が世界を良くしている。

自分が奇策を練りはじめたときは気をつけよう。
魅力的に見えても、それが " 小手先のデザイン " を楽しんでしまっていないか。そうせざるを得ない状況だったとしても、その先に大きな絵を描くことを忘れないようにしよう。変えられるはずのものを、変えられないものと誤認しないように。

...と思いながら、私はやっぱりダーニングをしてしまうのだった。


※ 1
『 愛らしいお直し ダーニングで大好きな服がよみがえる 』野口 光
http://darning.net





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