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処方箋としてのデザイン批評

デザイナーは 30 代後半になると、プレイヤーとして採用されることが減ってくる。ずっとプレイヤーでいたくても、まわりはそれを許してくれない。私の同僚に、自分で手を動かしている 50 代の現役デザイナーなどいない。

センスが枯渇するから? 感覚が古くなるから?

どうだろうか、ディック・ブルーナの引退は 84 歳。それに比べたら、40、50歳なんてまだヒヨッコ。新しい感覚についていけなかったとしても、デザイナーは常に若い人達に向けてデザインするわけではないし、むしろ会社としては多様な年齢のデザイナーがいたほうが良いように思う。

けれど事実、年をとるとデザインのクオリティが下がるのだ。
何人も何人も、そんな人を見てきた。
成長すると失われる特殊な能力みたいに、輝きが失われていき、経験が活かせるマネジメントにまわるデザイナーを見てきた。

別にそれは悪いことではない。
悪いことではないのだけれど、なぜなのだろうとずっと考えていた。

インプットが減るから? アウトプットが減るから? 老いるから?

年をとるとスポーツ選手も引退するし、本人の変化が原因なのだと最初は思っていた。

でも自分が年をとって気がついた。変わるのは、まわりなのだ。

年をとるとデザインのクオリティが下がるのは何故か。
それは、年上の経験のあるデザイナーに対して、率直なデザイン批評がされないことが原因なのではないかと、私は思っている。

若い時は、いい意味でも悪い意味でも、誰しも沢山の批評にさらされる。理不尽なことや、およそ批評とはいえない人格否定まで。批評と批判の区別もついていない事も多々ある。とはいえ回数が多ければ、それなりにデザインのクオリティを上げることに貢献する。※1

しかし、ベテランデザイナーのデザインについて、新人が意見するシーンがあるだろうか。全くないとは言えないが、それは本当に率直な意見が交わされていると言い切れるだろうか。今まで、ベテランデザイナーの作るものに対して、おかしいな、と感じたけれど、その言葉を飲み込んだことはないだろうか。私は、ある。

そもそも経験の浅いデザイナーは、デザインに対する違和感を、うまく言葉にできなかったりする。ロジカルに説明できないことはダメなこととされるので、違和感があっても口は閉ざされたままだ。それが自分の未熟さゆえだと思い、言葉にしないのだ。

本来、デザイン批評というものは、デザイナーのスキルや経験によって上から下へされるものではない。だから、ベテランも新人も、中堅も、対等に批評が行われるべきだ。そもそも、批評するのがデザイナーである必要すらない。けれど、実際はクオリティチェックなどという名目で、ベテランデザイナーから新人デザイナーに対して行われることがほとんどだ。


己の珠にあらざることを恐れるがゆえに、あえて刻苦して磨こうともせず、また、己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに、碌々として瓦に伍することもできなかった。ー『 山月記 』中島 敦

『 山月記 』の李徴は、自分の虎になった顛末についてこんな風に話したが、輝きが失われるベテランデザイナーは、たとえ本人が望んでいなくても、そんな立場に追い込まれていってしまうのだ。

私は今月末、38歳になる。もう、虎まっしぐらである。 
ゆっくりしてなのいられないのだ。私のデザインはもっと批評されなければなれないし、私はもっとデザインを批評しなければならない。

しかし困ったことに、私達デザイナーはデザイン批評が苦手だと思う。
イメージが先に思い浮かんでしまうがゆえに、デザインついて話すとき、どうしても自分の浮かんだイメージと対峙させしまい、好みのイメージについて話してしまったり、具体的な指示を出してしまったりする。これは気をつけていてもついやってしまうので、相当練習を積む必要があるだろうと思う。※2

その上、自分ひとりではできない。
まずはデザイナーから、まずは自分からまわりに働きかけて、全員がデザイン批評についての共通認識をもてるようにしなくてはいけない。デザイン批評をするための組織文化を作る必要があるのだ。

一朝一夕では難しいかもしれない。でも、諦めるわけにはいかない。
実際少しやってみたら、可能性を感じた。もっとデザインプロセスを公開して、批評されたいと思った。

批評し、されることで、もっと互いのできることが増えていく。これが本当のアウトプットであり、インプットなのだと。

デザインはもうデザイナーだけのものではない。だから、そこに年齢によるハンディなどない。デザイン批評、それこそがデザイナーがプレイヤーを続けていくための処方箋。

私はデザイン批評を続けていこうと思う。デザイン批評の文化を作っていきたいと思う。私は虎になって挙句、微妙な詩を吟じて同情されるなんて真っ平ゴメンなのである。


※ 1
人格否定ーつまり批評ではなく批判にさらされて、若いうちにデザイナーへの道を進むのをやめてしまう人も少なからずいる。デザイン批評がなされない、ということは、年老いたデザイナーだけへの脅威ではないのだ。

※2
デザイン批評については以下に詳しい。
共通認識をもつために、チームのみんなで読書会をしたり、デザイン批評のワークショップをしたりするとより良いと思う。

デザイン批評を始めたい人のためのヒント集
http://www.yasuhisa.com/could/article/starting-design-critique/

『 みんなではじめるデザイン批評 』
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( 全然関係ないけど 28 日は私の誕生日だ!)
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