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デザインとアートの違い考

散髪屋で美容師に職業をきかれると、いつも戸惑う。何と答えればいいのだろうか。「デザイナー」と言うと、服飾とかポスターとかのデザインをしていると思われそうだ。でも UI デザイナーと言っても、よく分からないだろう。

デザイナーという言葉のもつ、芸術っぽさは何だろうな。私は普通の髪型にしてもらいたいので、芸術っぽいイメージを美容師にもってもらいたくない。

...とか何とか逡巡して、結局適当に OL です、なんて言う。別に本当の職業を答える必要はないのだ。


特に日本では、デザインとかデザイナーという言葉はいつも芸術とか絵画と結びついてイメージされがちだ。かく言う私も、昔はそう思っていた。

学生の頃、必要があって図書館でデザインの本を探したら、思ったとおり 70 芸術.美術 の棚にそれを見つけた経験がある。当時私は文学部 ※1 で、図書館司書の資格のための授業も受けていたので、図書の分類にはちょっと詳しかったのだった。

日本の図書館で使われている日本十進分類法では、デザインは 72 絵画 配下の 727 グラフィックデザイン.図案 と、75 工芸 配下の 757 デザイン.装飾美術 の 2 ヶ所に配置されている。70 芸術.美術 なので、図書館の棚ではデザインもアートも並んで置かれている。※2

それはデザインが、芸術...つまりでアートあり、絵画や装飾や工芸、何らかの付加価値であると認識され続けていた歴史を体現している。
上手く分類されずにいた過去が、現在のデザインの一般的なイメージを、狭いものにさせてしまっているのだ。

そういう状況を危惧してか、デザインとアートの違いについては、多くのデザイナーが様々な視点で言及している。

デザインは問題解決、アートは問題提起 ※3
デザインは問題解決、アートは自己表現
<『 デザインとアートの違い 』 Brandon K. Hill など >
デザインは客観、アートは主観
デザイン依頼主がいるが、アートは自由な自己表現

このあたりは、誰がいい出したのかは定かではないものもあるが、どれも非常によく聞く対比だ。

デザインとは「よりよく生きるための方法」であり、アートとは「なぜ生きるか」ということ自体から考えること。
<『 考えの整頓 』佐藤雅彦 >

こちらは、問題解決・問題提起と少し似ているが「よりよく生きるための方法」という表現が、単に問題解決を指しておらず、問題提起をはらんでいる。

優先するものの違いという視点。< 目的 > が < オレ > と一致するケースもあり、デザインとアートが融合する可能性を内包してる所が、単に問題解決か表現か、という思想よりも面白い。

デザインは未来重視・アートは未来依存
< 『 デザインとアートの方法論について 』藤崎圭一郎 >

こんな表現もある。デザインとアートにある、問題解決と問題提起という対比に疑問を差し挟む、スペキュラティヴ・デザインの方法論だ。

どれも別に間違いではないだろう。視点や例え方が異なるだけで、本質的には変わらない。明確な答えがないというよりは、意味が時とともに変遷していく所以なのかもしれない。


デザインとアートは、そもそも意味の階層が異なっている。その前提を無視してはいけないと私は思う。階層の異なるものを比べてしまっているから分かりにくくなる。
たとえば「 言語と文学の違いは何か 」なんて考えるだろうか。そんなことを訊く人はあまりいないと思う。こちらは意味の階層の違いが、多くの人にとって明白だから。

昔からよく、アートとデザインの違いは何か、といった議論が繰り返されてきましたが、それはデザインを、分類された一つの分野と捉えてしまったことによる議論であって、アートとデザインは、そもそも比べるものではなく、アートが人に届くためにはデザインが必須ですから、ゆえにアートとデザインが融合したかに感じられる作品があるのは当然のことです。< 『 塑する思考 』佐藤卓 >

これは『 デザインの分類 』という章に出てくる一文だが、この章には先述した日本十進分類法におけるデザインについても触れられており ※4 、意味の階層の違いと、デザインとアートが混ざってしまう原因について端的、かつ明快に語っている。デザインは分類された一つの分野ではないのだ。


もし、日本十進分類法に新たにデザインをあえて分類するとしたら、どうするのが良いだろか、と私は時々考える。

デザインは範囲が広いから、芸術の配下にある今の位置は限定的すぎる。
日本十進分類法には 0 総記 という、その他みたいな項目があるが、これは新聞とか図鑑などが相当する分類なのでふさわしくない。

十一進分類法にして、11 デザイン を追加するか、それとも 50 技術・工学 の配下に 50? デザイン を新たに設置するか...でも50は9まで埋まっているし、何よりデザインは技術や工業だけのものではない。

やはり、教育に関するデザインなら教育に、という具合に、目的にあわせて項目を割り振ってしまうのが良いだろうか。いや、根本的に割り付け式分類自体に無理があるのだろうか。

近いうちに図書館の本がすべて電子化されたら、そんな分類も意味をなさなくなるだろうか。電子化された閉架の図書館。関連性によって網目のように構築された分類。それってインターネットだよな、と私は思う。


※1
面倒なので、文学部といつも言うことにしているが、本当は学芸学部 国文学科 近現代文学専攻だ。

※2
ちなみに、D・ノーマン著の『 誰のためのデザイン 』は デザイン という言葉がタイトルに入っているが、501 工業基礎学 に分類されていることが多かったりする。国際十進分類法など海外の図書分類ではデザインという分類があるというよりは、何を目的としたデザインなのかで各項目を割り振っている印象だが、実際に海外の図書館で確認したことがないので分からない。知りたい。

※3
私個人としては、デザインは問題を提起をも成すものだと認識している。

※4
デザインに関する本を読んでいた時に、慣れ親しんだ日本十進分類法が出てきたときは興奮した。そしてこれを note に書くことを決意した。そしたらなぜか、デザインとアートについての話が Twitter に流れきた。何だかすごく集まってくる時があるなあと思う。単に自分の気になることをことさら拾いがちなのかもしれないけど。



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