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ただ、上を見る。

3、4ヶ月ほど前から夜眠れない日がポツポツと
増えてきた。

今までの自分にとってはあり得ないことだ。
遠足の前日、就職試験の前日、友達や家族と喧嘩した日の夜等、どんな日でもモヤモヤやワクワクを抱えながらベットに入ると大抵、いつの間にやら眠って朝を迎えることができていた。

眠れない日の夜は、時空が歪んだのかと思うくらい時間が経つのが遅くて早い。
早く寝なくちゃと思えば思うほど、夜は早くすぎ
窓の外は白んでくる。
こりゃ、無理だ。眠れん。と諦めの境地に至ると、時間の流れが途端に滞る。
どんどん目が冴え、今まであった「ああすればよかった。こう言えばよかった」が頭に溢れもうどうにも止まらない。

眠れなくなった原因ははっきりしている。

社会人から学生となり、専門学校に3年間通った。
その後国家試験を受験し晴れて念願の職業へ就くことができた。
今までの社会人経験から「長く働ける職場」である事を第一優先に考え、企業選択をした。
そして晴れて、第一希望の企業に内定をもらうことができた。
そこは、実習時お世話になった憧れの先輩がいる企業だ。十数年ぶりの受験勉強に根を上げそうになった時、何度も思い出したのは先輩の働く姿だった。
一人の女性として、その道の先輩として憧れの存在だった。自分が働く際、一から仕事を学ぶならこの人の元で働きたいと心から思った。
入職日当日、先輩の姿を自然と探す自分がいた。
しかし、4月前半は研修のため中々会う機会には巡り合わなかった。
気持ちも少し落ち着き、気を抜き始めていた頃
同期と廊下を歩いている際憧れの先輩と不意にすれ違った。
心臓が締め付けられた。
同期と共に、何でもないというふりを
精一杯しながら上ずった声で「お疲れ様です」と目を合わせることなく言った。
先輩も可愛らしく、穏やかな声色で「お疲れ様です」と返してくれた。

(本物だーー!喋ったーーーー!かわいーーー!!)
私の心の中が人に見られなくて、本当に助かった。うるさく鳴り続ける心臓の音が耳に響く中、早足で立ち去ろうとした。
その時、「あ!〇〇さん(私の名前)、今日からよろしくね!」憧れの先輩がくるりと振り返り、マスクの上からでもわかる満面の笑みで言い放った。

(覚えてくれていたんだ!!)
嬉しさよりも驚きの方が優った。
その次に、思ったのは「何か言わなきゃ。ここで言わなきゃ後悔する!」という謎の使命感だった。
言いたいことが溢れてくる。
だが、実際には喉の奥が詰まりやっとのことで
「あ、あ、あの。本当に、また、お会いできて嬉しいです…。今日から、よ、よろしくお願いします!」と当たり障りのない言葉しか言えなかった。
先輩は照れ臭そうに少し笑い「また後でね!」と言いながら早足で立ち去った。

たった数十秒の出来事が、その日1日の研修内容を全て忘れるくらいの力を持っていた。

しかし、自分の力で手に入れた憧れの人との接点はたったの10ヶ月で幕を閉じた。

(後半に続く)

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