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劇場

この本読んでると勝手に関西弁がこっちにまで移ってまうな。

結局最後には ティシュを一枚抜き取って 目から溢れてしまった涙を
拭く羽目になったんやけれど
そういうのも わざとらしい演出みたいで 恥ずかしくて
絶対にバレないように静かに ティシュを抜き取って
さりげなく頬を拭って 何食わぬ顔で 
終了の合図をよこした 洗濯機のもとに行くためと 
さも正当な理由があって部屋を出るのだというそぶりで
その場を離れる。


二度目の洗濯機を回すために 薄手の白いウインドブレーカーを
ネットに入れて、空いた洗濯機に放り込む。

昨夜 湧水を汲みに行く時
夜風から身を守るため 薄手のウインドブレーカーを
タンスの奥から見つけ出してきて 羽織った。

少し違和感を感じた ポケットに手を突っ込んでみると
何本かの 萎れて茶色く変色した 豆の鞘 みたいなのが出てきた。

さらによくみると 既にカビまで生えて 緑がかった部分もある。

この豆を いつ自分が 何のために 拾い
大切にポケットに入れて持ち帰ろうとしたのか。

その時の記憶にたどり着くことができず
さらに この豆が 本来の目的を達成することなく
この通気性の悪いポケットの中で
存在すら忘れられて カビてしまったのか。

手のひらに乗せてしばらく 見つめていたカビた豆が
なる日常の一コマに過ぎない小さな出来事なのに
とてつもなく 大きな悲しみが詰まっているかのように
見つめ続ける自分がいる。

いつか畑に行って 
実った豆が 手のひらの中には収まりきらず ポケットに詰め込んで
持って帰って 食べようとしていたんだ。

そういう 本当に些細な小さな小さな出来事を
積み重ねて 積み重ねて
本にした、ような 本だった。この本は。

なのに、その小さな小さな どこにでも転がってる
本当に些細なことを
じっと見つめて書き連ねることで
読者の 心を 揺れ動かして
涙まで 流させてしまうのは

その視線の 繊細さと
揺れる精神の 危うさと拙さと 

そんなものから あえて 目を逸らさず 
向き合って 拾いあげて 大切にポケットにしまって持ち帰った、
そういう結果なんだろうなと思った。

本に巻かれたシンプルな帯。

「火花」に巻かれた 大きな見出しのついた帯じゃないけれど
とうに忘れてしまった「火花」の内容よりも
自分としては
こっちの方が うんと好きやったよ。

と 本当はあまり知らない人なんやけれど
知ったような気になった
又吉さんに話しかける。

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