悲観的な人の意見をどう聞くべきか

職場やプライベート問わず、「悲観的な意見」を聞いて、さて私はどう対処するべきなのかについて、ある時期、すごく悩んでいたので、ちょっと書いてみたいと思う。(今も悩むけど、とりあえず結論は出てます。)

まず、私は悲観的であり将来不安の強い方、つまりアレコレと考えては悩みやすい性質だと思います。しかし、プライドなのか性格なのか他人に相談するハードルは、エベレストより高く…ごく身内(家族、それも同居してる人に限る)にしか、盛大に悩みを打ち明けられないものだから、ストレスマックス状態で、全身に蕁麻疹が出たことすらある。だけど言えない。意地っ張りの極地かもしれない。
さらに、歳をとるにつれて「家族とはいえ言われた相手も困るよね」という気持ちが強くなり(現在の私はこの状態)、ここ数年はもうまともに素直に悩みを打ち明けられず、もやもや続けている。
こんな性格なので、悲観的な意見を聞くと、心にどんどん溜まっていって吐き出せないから、将来不安がもっと強くなるなど悪循環になりがちです。

■悲観的な人の意見についてこれまで試したこと

1:プライペートな悩みは話を聞いて、とりあえず励ました。
頑張っている人に頑張れは言えないので、とりあえずそうだよね。と同調。その上で、そのうち良くなる的な曖昧な励ましで濁す。
2:仕事の将来性については、聞き流す
WEBデザインやってますが、技術進歩により「うちらもう要らないよね?」と、職場の先輩に定期的に言われています。もちろんそりゃ技術によるし、職場にもよるし、淘汰される側だと思うなど、私も意見があり不安もあるけど、相手が(皮肉屋なので)なんとなく言っているだけの言葉なのはわかるので、聞き流しています。
3:同意を求められたら、自分なりの意見を言って相手にも聞き返す。
1のように曖昧に濁してても「どう思う?」と直球で聞かれると答える他ないと思ってしまって、「私はこう思うけど」を前提に意見を言ってから、相手にも聞き返します。私の意見の押し付けにしたいくない、ある意味逃げの一手を必ず確保したいなと思うからです。

■悲観的な話だけをする人について考えてこと

仕事の悩みはともかく、プライペートな悩みについては、悲観的なことを言われ続けると、何か解決策を求められてる気がして、一時期は真剣にポジティブに解決策を考えたり、意見を積極的に行ったり励ましたりしていましたが、基本全否定なので、だんだん辛くなり、「話の大半が悲観的な人って、言われているほうの気持ちを考えないのかな?」「私をストレスのはけ口にしてる?」など相手を嫌いになる寸前まで行きました。
たまたま書店で立ち読みした、何かの本(男性脳、女性脳、男女の考え方の違いについて本でした。タイトル忘れ)にあった、
「ただ話を聞いてほしい(できれば同調してほしい)だけ」
と意見がストーンと胸に落ちてきて、今はそういうもんだと思っています。

■自分事化が悩みの原因!

なぜ、他人の悲観的な意見にこんなにも影響されるかを考えた時、まず悲観的な意見がごく身近な話題(プライベートなら:健康・介護・お金・結婚など。仕事なら:社内のこと、将来性のことなど)であり、そもそも生きている以上ありふれた悩みなので、その悲観的な意見が「自分にも起きるかもしれない=いや、起きると考えて行動したほうがいいのでは!?」と、そもそも自分はその悩みを抱えてなかったはずなのに、いつの間にか自分事に変換されてしまうのが、悩みの原因でした。

■他人は変えらえれないので、自分の受け止め方を変えるしかない。

他人の心はわかりませんが、相手だって私を不安にさせようとか(そもそも相手は自分の話が私の不安になるとは思わないだろうし、そう思っていたらちょっと怖い。)悪意があるわけでもなく、話のネタとして、または無意識に言葉にしているだけで、それが総じて「悲観的な意見」になっていることに気がついてないだけかもしれません。
それを、直球で受け取って、アレコレ悩んでいると身がもたないし、かと言って「なぜ、常に悲観的な意見なの?(悩み相談しかないの?)」と聞くのもできないので、結局、「自分の受け止め方を変えるしかない!」という結論に落ち着きました。
まず、相手の話から真剣味が感じられなかったら、私も話しのネタとして、適当に返しておくし、真剣に悩まないこと。
他人の意見(悩み)に引きづられすぎず、もし引きづられても、自分はこう思うと自分なりの結論(完璧でなくとも)を出してみること。
こんな感じかなと思います。
考え方は思考の癖なので、変えていくのは難しいかもしれませんが、いっそ「良い意味での適当さ」を持っていきたい。

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