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戦争が起こっても、国は守れるのか 〜憲法の上にある国民主権〜

憲法改正は、必要なのでしょうか。(この投稿は、「必要ない」と言うことを主張しているのではありません)

国民にとって、最大級の命と財産を脅かされる、「戦争」が起こることを想定して考えてみます。

と言っても、あれこれ法学者や官僚の如く、小難しいことは主題ではありません。

日本が、米国に未だ実質的に政治も経済も占領されている状態である事を、議論することもしません。

憲法が、米国側による作文であることも、この投稿での本質論ではありません。

何故なら、結論的に憲法が変わろうと変わるまいとも、戦争(この場合、命と財産を守ること)はいつでも可能だからです。

その根拠は、

憲法の上には、「国民主権」があり、

その上には、「国民」がいるからです。


このことは、「民主主義」と言われる国であれば、国ごとに憲法の相違があっても、世界共通です。

その原理・原則を分かった上での、憲法改正議論が必要です。

憲法が、国民の上にあるのではない。

これは、政治家でも同様です。

政治家は、国民が選ぶのですから、「国民」が上にいるに決まっています。

かなり前のことですが、ソフトバンクの孫正義氏が、国会議事堂に訪れた時に、堂内中央を歩いていると、警備員に、政治家が中央を歩くから端を歩くように注意されたそうです。

その時、孫氏は、国民に選ばれた政治家が、国民を押しのけて威張って中央を歩くのは間違っていると反論しました。

その話にとても共感した覚えがあります。

私は、国会議事堂や衆議院議員会館(議員室と研修室)や自民党本部には、訪問したことがあるので、その空気感は分かります。

つまり、政治家は国民(私達)が選んだんだと言う、確固たる信念と強い意識がなければ、民主主義は守れません。

尚且つ、国民によって、国は統治されているという概念こそ、混沌とした世の中では、最も尊いものであると、強く私たちが自覚しなくてはなりません。

そうした個々人(国民)の強い信念と意志があれば、憲法の上にある「国民主権」は主張され行使されることになります。

国民主権とは:国民主権の下では、主権は国民に由来し、国民は選挙を通じて代表機関である議会、もしくは国民投票などを通じて主権を行使する。 その責任もまた国民に 帰趨 ( きすう ) する。

戦争という、国民の命と財産の最大の危機には、国民が行使する国民主権が、憲法より上位にあることを正しく理解していれば、憲法がどうであろうとも、命と財産を守ることが出来るのです。

しかし、民主主義も国民主権も失いかけている現代社会の行く末は、決して安泰であり平安であるとは言えません。

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