数学が苦手とは

「数学が苦手」って、そういうことだったのか。

先日
「教えない家庭教師」
という活動で、
あるご家庭にうかがい、
中学二年生の男の子と
親御さんの話を聞いた。

「教えない家庭教師」は、
教科をおしえる前段階の
勉強に向かう意識や気持ちを
大事にしたいと思って
はじめた活動。

ふつうに問題を
解く日もあるけれど、
大抵はそうしない。

その日は、
お母さんと息子さんと
お茶をしながら、
二時間じっくり話した。

話題に上がったのは
「数学が苦手」
というトピック。

それまでも
「点数が上がらない」
「難しい」
とは聞いていたけれど、
この日はさらに腰を入れて
聞くことにした。

すると、

「頭の中に
 『おぼえる』の箱があって
 他の教科は入ってくるのに
 数学だけは入ってこない。」

「それが入ってこないように
 しているのが自分でわかる。
 でもどうすることもできない。」

「学校で授業を聞いていても、
 わからないことが多いし、
 わからないことを調べても
 またわからないことがあって
 解決できない!といらだつ」

「先生がせっかく
 教えてくれているのに
 一度で覚えられないと申し訳ないし
 やっぱりオレはだめなんだと思う」

「数学をやらなくていいって
 なったとしても、
 結局、他に苦手なものを
 つくってしまうだろうから
 苦手だからといって
 やらないのはいやだ。」

「なんとかしたいけれど、
 どうすることもできない。
 悔しい。」

といった思いを伝えてくれた。

いま思い出しながら
書いていても、 
表現の精密さに驚く。

「数学」というものが
彼にとっていかに重たく、
ままならないものかも
伝わってきた。

それまで僕は彼のことを
あまり言葉にするのが
得意でないタイプなのかな、
と思っていたのだけれど、
ぜんぜん違った。

言葉は、彼のこの場所で
渋滞していたのだった。

お母さんにとっては、
はじめて聞く話だったそうで
終始、驚きの表情を
浮かべられていた。

そして、同じく
数学が苦手だったお母さんには
彼の気持ちがわかると話した。

「悔しい」
と言ったとき、
彼の声に力がこもったのが
わかった。

「点数が上がらない」
「難しい」
と言っていたときには
触れることのできなかった
彼の命が
「悔しい」
の中には入っていたんだな、
と感じた。

そして驚くことに
ひと通り聴き終えると、
なにも言っていないのに
「どうしよう。
 明日が文化祭なのに
 勉強したくなってきた」
と言いはじめた。

「聞く」と
こういうことが
しばしば起こる。

渋滞していた言葉が
聞き届けられて
再び流れ出すように。

その間、もちろん僕は
「勉強しなさい」とは
一言も言わなかった。

数学がいかに魅力的かを伝えて
勉強に促そうともしなかった。

ただ聞いていただけ。

すると、彼は勝手に
走りはじめたのだった。

(今回の記事は
 音のないラジオ「生きているQ」
 から抜粋、加筆編集しました。)

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