見出し画像

少 年 少 女 ア オ ハ ル 地 獄 変 【1/5】

 カーステレオは今時カセットテープをねじ込むタイプの珍しいもので、そこから流れてくる音楽も奇妙だった。
 延々と続く激しいギターリフ、安物臭い電子オルガンの音、激しいドラム。

 運転席の男と、助手席に座っているその妻(のような女)は楽しそうに曲にあわせて歌っている。

「アイアン・バタフライや。ええ曲やろ。多分、自分らのお父さんお母さんも知らん世代なんやろうなあ……」

 運転席の男が後部座席に振り向いて言った。
 助手席の妻も後部座席を覗き込む。
 夫婦揃って歯を見せて笑った。

 驚いたことに、二人とも前歯が欠けている。

 直紀は二人に向かって曖昧な笑みを浮かべると、隣の千春の様子を見た。

 千晴は直紀を睨みつけている。
 口の端にできたすり傷が痛々しかった。

 あまりにも鋭い目線に、思わず直紀は目を逸らせる。

 ふとバックミラーに映っている自分の顔を見た。
 
 千晴と同じところに、傷が出来ている。
 全身がずきずき痛んだ。
 しかし、そんな傷みを気にしていられないくらい、自分が異様な状況に置かれていることを、直紀は肌で感じていた。
 
 前の座席に座っている夫婦は明らかに変だ。

 直紀も千春も、その夫婦が何者なのかは知らない。
 第一、二人が本当に夫婦なのかどうかさえ判らない。

 この車も、同じく変だ。

 業務用車両としてよく見かける軽のワンボックスの外装に、極彩色の花や虹が、異常に趣味の悪いレイアウトでペイントしてある。

 車自体はそうした奇妙なペイントで誤魔化しているが、かなり年期の入った代物らしい。

 車内も負けず劣らず異様だ。

 天井から、安物のビーズで出来た奇妙なモールがたくさんぶら下がっている。
 床にはビールの缶や煙草の空き箱などが散乱しており、車内は濃厚な畳のような匂いがした。
 そして大音声で鳴り響く、「アイアン・バタフライ」。

 おかしい。あまりにも変だ。

 そして一番変なのは、自分たちだ。

 先ほど会ったばかりの、その奇妙な夫婦の、奇妙この上ない車に自分から乗っているのだから。

 この車は一体どこに向かっているのだろうか?
 一体、自分たちはこれからどうなるのだろうか?

 千春を見た。
 一瞬目があったが、いきなり視線を逸らされた。

 傷の出来た唇の下を噛み、じっと前を見ている。
 怒っているのは明らかだった。

 あたかもこんな変な車に乗る羽目になったのは、直紀のせいだと糾弾しているようだ。

 冗談じゃない、と直紀は思った。

 先にこの車に乗り込んだのは千晴のほうだ。
 だいたい、こんな事になったのは千春のせいなんじゃないのか?

 いまさら考えてもどうしようもない話だったが。

「そういうたら自分ら、いくつ?」

 運転しながら、男が聞いた。
 薄汚れた長髪に白髪が交じり、いかにも不潔そうだ。
 臙脂色のバンダナも垢じみている。

 よれよれの長袖のTシャツに、七色の刺繍の入ったベスト。
 履いているジーンズはボロ布のように継ぎ接ぎだらけだった。

「その制服、駅の向こうの中学のやつやろ?」

 女の方が言った。
 女の髪も男と同じく、白髪混じりで延び放題。
 男以上に傷みが目立つ髪だった。

 服もやはり異様だ。
 マタニティ・ドレスのようなワンピース。
 襟首にはレースが付いており、全体にこの車と同じような花模様がついている。

「君ら、1年? 2年?」

 女が身を乗り出して真後ろにいる千春に聞いた。
 千春が顔を背ける。
 直紀のところまで臭ってくるくらい、女の息は臭かった。

「……こんど、3年になります」

 直紀が代わって答えた。

「っちゅうことは、今2年か? ……ヒャッヒャッヒャッ、えらいこっちゃなあ……ヒャッヒャッヒャッ」

 男が大声で笑う。女も笑った。

 二人とも、同じ笑い方だ。
 金属的で気に障る笑い声。

「ほんまに、世の中乱れとるで。中坊ふたりが、制服であんなことしてるんやからな……ヒャッヒャッヒャッ」


「……………………」

 千春は下を向いて黙ってしまった。
 直紀は愛想笑いをする。

 直紀は恐怖心の方が強かったが、千春は怒りのほうが強いようだった。

 やはりこの車を降りた方がいいのだろうか?

 しかし車はどんど街を離れてゆく。
 直紀は窓の外を見た。

 ここはどこだ?

 見たこともない郊外の風景が流れている。
 こんな近くに畑なんかあったっけ?

 家も人もまばらで、行く手には青々とした山が見えた。
 想像以上にヤバいことが待っていそうな気がする。

 なんとなく、脳裏に両親の顔が浮かんだ。

 千春を見る。
 相変わらず直紀とは目を合わせず、怒った様子で窓の外を眺めている。

「それにしても、あれやね……自分ら、どっちが男の子か女の子かわからへんねえ」

 男の方が言った。
「え…」直紀は自動的に答えた。「…そうですかね」

「なんか、彼女の方は男の子っぽいし、あんたはなんか、女の子みたいやし」

「…………」

 こんな状況下でありながら、さすがに直紀は少しムッとする。
 それはいつも直紀が気にしていることだった。

 また、千春の方を見た。

 直紀より、さらに怒っているようだ。
 恐らく千春も直紀とと同じ思いなのだろう。

 そう。
 そういえば全ての原因はそこにあるのだから。
 

 千春とは1年のときから同じクラスだった。
 つき合いはじめたのは2ヶ月前。

 それまで直紀は、同じクラスに居ながら千春のことをあまり意識することはなかった。
 
 千春はクラスでも目立たない存在だったので。

 長身で痩せた身体。
 直紀よりも短く切った髪。

 制服を着ていないと、とても女子には見えない。

 よく言えば中性的で凛々しいが、正直言って女性的な色気は全く感じられない。

 男子の友人は言うまでもなく、女子の友人も1人もいないようだ。

 いつも俯いて、人の輪に自分から入っていくようなこともなく、昼休みもひとりでパンを食べているような、どのクラスにも1人は居る“はずれ者”。それが千春の印象だった。
 
 直紀の方もまた、それほどクラスに溶け込んでいる存在ではない。

 やせっぽちで、背の低い(事実、直紀は千春より5センチほど背が低い)直紀は、その女性的なルックスも災いして、いつも男子からは「女みたい」とからかわれ、女子からはまったく男性として意識されない存在だった。

 千春ほどではないが、友達と言えるような存在はほとんどいない。
 
 二人とも、そのあまりにも控えめな自己主張が災いして、クラスの誰もが嫌がる仕事を押しつけられた。

 学校の敷地内で飼っている6匹のウサギの世話だ。
 そんなアホらしい仕事を、中学生にもなってやりたがる奴はいない。

 そんなわけで直紀と千春は毎日毎日、校舎の裏にあるウサギ小屋を掃除し、餌を取り替えていた。

 ウサギという動物は全く人になつかないことで知られているが、はじめのうちは直紀と千春も全く馴染めなかった。

 全くなつかない6匹の生き物を、全くなじまない男女が、一言も口を効かず世話をする日々が続いた。
 
 ウサギ小屋の掃除は登校時と下校時の一日2回。

 直紀にとっては学校生活の全てが苦痛だった。

 が、この愛想の悪い女生徒と二人っきりで汚れ仕事をさせられるこの時間かそが、もっとも屈辱的でやりきれない時間となっていた。


 しかし、ある日、そんな屈辱感などはどうでも良くなるくらい、決定的な屈辱が直紀を襲った。

 下校時、いつものように直紀がウサギ小屋に出向くと、千春の姿は無かった。

 千春はたまにウサギ小屋の掃除をすっぽかすことがある。
 そうなると、すべての仕事を直紀1人でしなくてはならくなる。

 が、ある意味、その方が気楽なところもあった。

 仏頂面で一言も口を効かない、全く魅力のない女と一緒に仕事をしているよりは、1人で仕事をするほうがずっとマシだ。

 そんな訳で直紀はひとりぼっちで、6匹のうさぎがまき散らした糞を箒でかき集めていた。

 そんな仕事に没頭しているうちに、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

「おい、オカマ野郎!

 不意に金網の向こうから、声を掛けられる。
 
 直紀がはっとして振り向くと、金網の向こうに1年上の先輩、島田と大杉がニヤニヤ笑って立っていた。

 直紀は背筋が寒くなった。
 二人とも、あまり学校での評判がよろしくない。

 出来ればこんな人気のないところで顔を合わせたくない二人だった。
 しかもこの二人には、詳しくは知らないが、何か変態的な噂があった。

「ウサギのウンコ集め、楽しい?」

 島田は太った大男だ。
 いつもニヤニヤしていて、丸坊主の頭を油でテカらせている。

「趣味? ウンコ集め。いつも嬉しそうにやってるもんなあ? ……こいつ、変態だし」

 大杉が言った。
 大杉は目ばかり大きい不潔な感じの小男だ。
 いつも話すときは口の両端に唾が溜まっている。

「…………」

 直紀は黙って下を向いた。

「黙ってんじゃねーよ。ウサギのウンコ野郎

 大杉と島田が、小屋の中に入ってくる。
 直紀は思わず、3歩ほど下がっていた。

「なあ、お前って、やっぱ……ウサギのウンコ以外は、女とか興味あんの?」

 と大杉。

「あるわけねーじゃん。こいつ、オカマだぜ」島田が好色な笑みを浮かべる。「女じゃ勃たねーんだよ。なあ? ウサギのウンコでないと、興奮しねーんだよなあ?」

「…………」

 直紀はいつの間にか、金網にぴったり背中をつけていた。
 自分が震えているのが判る。

「……ところでお前ってさ、ほんとにチンコついてんの?」大杉が言った。口の端に溢れている唾が泡立っている。「ちょっと、見せてくんない?」

「……えっ?」直紀は二人を見上げた。喉がからからに乾いて声が出ない。「……あ、あのっ……」

「そうだよ。見せてくれよ。チンコ」

 大杉が言った。どうも……鼻息が荒くなっている。

「……あ、あのっ……」直紀がなんとか言葉を出そうとした時だった。「……えっ……あっ!」


 島田が直紀の背後に回り、直紀の両手を頭の後ろに重ね上げた。
 持っていた箒が横に倒れる。
 島田との身長差のせいで、直紀のつま先が少し地面から浮いた。

 すかさず大杉が直紀の前にしゃがみ、直紀の制服ズボンのベルトを外し始める。

「……やっ……やめて下さいっ!!」

 直紀は思わず叫んだ。
 “変態的な噂”はやはり本当だったようだ。

「大人しくしろって!」大杉。「いい気持ちにしてやっからよお……」

 あっという間に、チャックが降ろされ、ズボンを足首まで下げられた。

「……い、いやっ!」

「……なんかコーフンさせんなあ、コイツ」

 島田が後ろから言う。

「……ほれほれ、パンツも降ろそうなー」

 大杉はその通りにした。
 ボクサーブリーフが足首まで降ろされて、直紀の未発達な性器が大杉の目の前に晒される。

「…………くっ……」

 直紀は思わず顔を背けた。

「……ふーん。ちょっとだけど、毛はちゃんと生えてんだ。生えてねーかと思ったよ」

 大杉がまじましと直紀の性器を鑑賞しながら言う。

「剥けてる?」

 島田が後ろから聞く。

「剥けてるわけねーじゃん……そうだな……ここはいっちょ、剥いたるか」

 大杉はそういって直紀の性器に手を掛けた。

「……えっ?! ……やっ……やめてくださいっ!」

「ほら、じっとして……」

「……んっ!」

 いきなり、包皮が剥き上げられる。
 激しい痛みが直紀を襲った。
 敏感な亀頭が外気に触れる。

 はじめての感覚だった。

「……やっぱ、お前、ちゃんとオナニーとかするわけ?」

 大杉が直紀の剥きあげられた性器を手にしたまま言う。

「…………」

 直紀は真っ赤になって顔を背けたまま、答えなかった。
 といか、答えられなかった。

「ホラ、聞いてんだけど」

 と背後の島本。

「……しっ…………しませんっ…………」

 本当は毎晩のようにしていた。

「……ふーん……だってさあ……どうする? 島本さん?」
 大杉が下から島田を見上げた。

「教えたろうぜ…………知らないらしいし」

「……そうだな。おれたち親切だもんな」

「……えっ? えっ、ええっ…………んんっ!」

 直紀の腰がビクン!とうねる。
 大杉の指が直接亀頭に触れ、直紀の縮み上がった陰茎を握り、上下に扱き出した。

「……ち、ちょっとっ……や、やめっ……」

「言いながら腰動かしてんじゃねーよ。この淫乱」大杉は笑いながら直紀の陰茎を激しく擦り上げる。「ん? ……なんか、固くなってきたぞ?」

 事実だった。
 他人にこんなにまじまじと性器を見られるのは初めてのことだ。
 
 恥ずかしさでおかしくなりそうだったが、同時にその羞恥が、直紀の身体の芯を熱くしていた。

「……そ、そんなっ……あっ……あああっ!」

 大杉が刺激を調節し、動きを緩める。
 と、思うと、また強く扱いた。
 
 そんな調子で、大杉は微妙な強弱をつけながら、直紀のペニスを弄び続ける。

 直紀は屈辱と恥辱に打ちひしがれながら、必死で大杉が与えてくる感覚を意識の外に逸らそうと、懸命に抵抗した。

 しかし大杉は微妙な手つきで、直紀の苦痛や嫌悪から快楽への道筋を探り出し、そこを容赦なく堀り立てた。

「んんっ…………くうっ……」

 いつの間にか直紀は、荒い鼻息を吐いていた。
 腰が、大杉の手の動きに併せてゆっくりと弧を描き始めている。
 直紀の性器は言い逃れも聞かないくらい固くなり、上を向いていた。

「なんだあ ……こいつ、しっかり感じてんじゃん」

 大杉がそう言って激しくさらに性器を擦り上げた。

「んんっ……!」思わず声が出る。「……や……や、めてっ……」

「とか言ってよお……もう先っぽ、べちゃべちゃじゃん?」

 大杉が親指の腹を使って直紀の性器の先端のぬめりを塗り広げる。

「……い、いやっ……」

 直紀ははげしく首を横に振った。
 しかし大杉は手を緩めない。

 さらに激しく直紀自身をこすり上げた。
 湿った音が聞こえてくる。
 その湿りは自分が分泌したものの音だ…余計なことを考えると、ますます直紀のペニスは固くなった。

「もう、イきそうなんだろ……?」

 後ろから直紀を押さえている島田が耳元で囁く。

「……そっ……んなっ……んんっ」

 直紀は必死で首を振って否定する。

「でも、もうこんなになってんぜ?」

 大杉が下から言う。直紀が一瞬視線を向ける。
 激しく隆起した自分の性器越しに、口の両端から涎の筋をたらした大杉の顔が見えた。

「ほらほらあ……ガマンしないで出しちゃえよ」

「んあっ……!」

 大杉が人差し指の先で直紀の鈴口をまさぐる。
 鈴口から大杉の指に、糸が引くのが見えた。

「ほうれ……ほれほれ……こんなにしやがって……きったねーの」

「……あっ……あ、やっ……めっ……」

 容赦なく擦り上げる大杉の手。
 直紀の腰はいつのまにか高く持ち上がり、自ら快楽を求めて縦に動いていた。

「ホラ、さっさと出しちゃえよお……」

 島田がまた耳元で囁く。

「ホラ、我慢すんなよ。ほれ、ほれ……」

 大杉が手を使いながら激しく言葉で嬲り立てる。

「ん……んんっ…………」堪えていられるもの、そこまでだった。「あうっ!!」

 直紀は激しく射精した。
 真上を向いていた性器から飛び出した精液は、直紀の鼻まで飛んだ。
 
「あはは! きったねーの! ……どんだけ出してんだよお~」

「溜まってたんじゃねーのお? あはははははっ!」

 大杉と島田がヘラヘラ笑いながらウサギ小屋を出ていく気配がした。
 気が付くと直紀は、ズボンとパンツをひざまでずりおろされたまま、ウサギのウンコだらけの小屋のなかで、横向きに倒れていた。

 頭が真っ白だった。
 屈辱を感じるのも、怒りを感じることもまだ出来ない。

 虚脱感が雪崩のように押し寄せ、起きあがる気も、ズボンを上げる気さえも直紀から奪っている。
 

 と、そのとき、笑い声がした。 
 女の笑い声だ。

 直紀ははっとして身を起こした。

 金網の外を見る。
 金網につかまって、千春が大笑いしていた。

 はじめて見る千春の笑顔だ。
 直紀は呆然と、笑い転げる千春を見ていた。

 千春は、涙を流して、子どもみたいな声で嗤っていた。

「……あっはっは……すっげー笑えたよっ!」千春は言った。「ほんと、マジ馬鹿みたいっ!」

 直紀は、後になって思うと自分でも信じられないが、その時、愛想笑いをしていた。

【2/5】につづく


この記事が参加している募集

お金について考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?