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インベーダー・フロム・過去 【11/11】

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 目かくしされたまま、わたしは服を全部脱いだ。

 部屋は温かかったが、わたしは寒気を感じる。
 公一と小泉の視線が、ぬめぬめと全身を覆っているようだった。

「……どう? 何が見える?」公一が静かな声で言う。「……今、君には僕の姿も、彼の姿も見えない。何も見えない中で、誰の顔が浮かんでくる?」

 静寂と暗闇の向こうで、新たに煙草に火を点ける音が聞こえた。
 小泉か公一どちらかが、煙草に火を点けたのだろう。

 なるほど、あの朝、灰皿には確か、3種類の煙草の吸い殻があった。
 わたしと、公一と、小泉、3人がこの部屋で煙草を吸ったのだ。

「……男の顔が見えないかい? 毎晩夢に出てくる、あの男の顔が」

「…………」

 わたしは黙って首を振った。
 ほんとうにわたしの瞼の裏には誰の顔も映らなかった……
 ただ、闇があるだけで。

「……こんなふうにすれば思い出すかな。この前の晩みたいに」

  公一がふいに、わたしの背後に立った。

「ひっ……」

 公一が耳たぶに吸い付く。
 ぞくり、と背筋が踊った。

「……こんな風にされるのが好きなんだろ?」

「……そ、そんな……」

 言ったけど……もう声も震えている。

「……知ってるよ。君が毎晩のようにうなされはじめると、僕はいつも君の耳をこうやって舐めてたんだ……知らなかったろ? ……そうするといつも君は、いい声を出して鳴くんだよ」

「……あっ」

 ベッドの上に押し倒された。

「もう跡が消えてるね」わたしの上に覆い被さった公一が言う。「たくさん跡を残したのに……まあ、君にとっては記憶もキスマークも変わらないんだろうけど」

「んっ」

 左の首筋を強く吸われる。
 3週間前、キスマークをつけられていたところだ。

「ほら、小泉くん、君もおいで」

「えっ」小泉が戸惑う「……今日も……ですか?」

「……うん、君もしたいだろ」

「…………」

 小泉は黙っていたが……やがて彼がシーツの上を這ってくる音がした。

「……んっ! ……くっ……」

 ふたつの唇が、躰のいたるところに吸い付いてくる。

 左の脇腹、右足の付け根、左右の太ももの内側に……それだけじゃなかった。

 おへその下も、両方の乳首も……それから裏返されて、四つん這いにさせられてお尻にも背中にも、膝の裏にも、脹ら脛にも。

 二つの唇はいたるところ強く吸って、わたしの身体じゅうをくまなくキスマークだらけにするつもりらしい。

「……あ、やっ! …………んっ…………くっ……!」

 わたしはそれだけで充分熱くなっていた。
 どちらがどちらの唇なのかは、はじめは考えたけれども、すぐそんなことはどうでもよくなった。

 左右から、乳首を吸われる。
 背中を反らせて、その感覚をしっかりと受け止めた。

 身体はなんだか全体的にぬめってきたようだ。
 わたしの汗と、二人の唾液で。

「……あっ…………」

 脚の間に、手が入ってくる。
 わたしはお尻を突き出していた。

「……3週間前は洪水みたいですごかったけど、今日もそうだ……もうべちゃべちゃだよ」

 亢奮のせいか、公一の声には少し金属的な響きがある。
 と、ふたつの唇がわたしの脚の間に殺到した。

「い、いやっ……!」

 二人とも、聞く耳は持たない。

 多分男二人でキスしてるみたいな感じだったのだろうけど、わたしの脚の間……その、尻の溝を2本の舌が絡み合いながらなめ回した。

 さすがにお尻を逃がそうとしたけど、二人係がかりで押さえつけられて逃げることができない。

 それどころか、頭をシーツの上に押しつけられ、もっと高くお尻を上に上げさせられた。
 とんでもなく恥ずかしい格好だったと思う。
 そして二人の舌の攻撃は情け容赦ない。

「……ああっ…………あっ! ……あ、あっ……あ…………い、いいっ……す、すごくっ……いいっ!」

「前もそんなふうに言ったね……」

 と公一。

「…………して…………めちゃくちゃに……してっ…………」

「……前もそう言ったぞ」
 
 二人がシーツの上を動き回る音がした。

「あぐっ……」

 口の中に硬く、熱くなったペニスが押し込まれる。
 はじめは誰のものか判らない。

 しかし言われるまでもなく舌を動かし、そのかたちを確認し、味わうと……それが公一のものではないことが判った。

 でも……もうどうでもいい

 普段公一にしているように……この3週間、相当な数の男たちにしたように……わたしはめちゃくちゃにそれを舐めた。

「……おっ! ……うっ……おお、お、奥さん、ヤバいですよっ……おうっ……」

 小泉が情けない声を上げる。

「め、めちゃくちゃいいっ…………こ、この前より……ずっと……イイっすよ……あうっ!」

 つまり、この前もわたしは小泉のこコレを舐めたということか。
 わたしはさらに舌をいやらしく、ねっとりと動かしてみる。

 あっというまに小泉は……四の五の言えなくなった。

「……すごい……前と同じだ……太股まで溢れてるよ」背後から公一が言う。「この3週間、一体何人とヤったんだ? そいつらの前でもこんなに濡らしたの? そんなふうにしゃぶったの?」

「…………うっ」

 わたしは答えない。
 口の中には小泉のものが入っていたし、忙しかったから。

「……で、見つかったかい? ……夢の中に現れるシラハマだかシマハラだかは? ……誰がシマハラなのか判った? ……過去の男たちの中の、どいつがシマハラだったの?」

「……そ、それは…………んっ!!」

 挿入される「。
 一気に根元まで。
 避妊はなしだった。

「は……あっ…………」

 思わずわたしは小泉のものを口から出した。
 ぎちぎちと、公一の肉棒をわたしの粘膜が締める。

 まるで粘膜でそのカタチを確認しているみたいに。

 確かに公一の言うとおり、わたしはこの3週間、過去の男達を巡礼して、その全てのペニスを味わった。

 人それぞれ、セックスのやり方があって、人それぞれ、アレのカタチがある。

 そして、今わたしがくわえ込んでいるのは、夫のアレだった。
 それが一番良かったかって……?

 さあ、どうだろ。
 そうだというと偽善になるだろう。

 しかし……わたしは深々とアレを突き入れられながら……
 わたしは本来自分が居るべき場所に、帰れたような気がした。

 公一が動き始めた。

「あっ! ……あっ…………んっ! ……ああっ…………んっ! ……ああっ……ああああっ!」

 無我夢中で腰を振りたくった。
 そして目かくしをされながら、目の前にあるはずの小泉のアレを手探りで探す。

 小泉はわたしの手を取って、さらに熱く、硬くなり、わたしの唾液と彼の出した先走りとでべとべとになったペニスを握らせた。

 慌ててほおばり、舌を烈しく動かす……。

 もうメチャクチャだった。
 あっという間にわたしはイきそうになった。

「あっ…………いっ…………やっ…………い、いくっ…………」

「まだだめだよ」

 そう言って公一が、不意に腰の動きを止める。

「……そ、そんなっ…………い、いじわるっ……」

「イかせてほしいかい?」

 言いながら公一は手を前に回して、剥きだしになっていたわたしのクリトリスをいじった。

「…………ひっ! …………やだっ、だめ…………い、いやあっ……」

「……イかせてほしかったら、今ここで約束するんだ」先端を捏ねながら公一が言う「イきたいだろ?」

「……いっ…………い、かっ……せてっ…………!」

「じゃあ、約束してくれ。このことを忘れないって……ほかのことみたいに、このことをすっかり忘れないでほしい……ずっと覚えておいてほしい……? できる?」

「…………」

 わたしはぶんぶんと首を縦に振った。

「……よおし……約束だよ」

 そしてあと3回ほど深く突き入れられて………わたしホテル中に聞こえそうなくらい大きな声を上げながら絶頂を迎える。

 意識が戻るのに、1分ほど掛かった。
 

 息も絶え絶えになりながら、わたしはベッドに俯せに横たわっていた。
 公一と小泉の荒い息が聞こえる。
 まだ目隠しをしまたままだ。

「公一……?」

 わたしはそのままの姿勢で言った。

「……何?」

「い、今……わかったよ……」

「……な、何が?」

「……シラハマもシマハラも、わたしの過去には居ないんだよ……存在しないんだよ」

 沈黙。
 わたしと、公一と、たぶん小泉の吐息。 

「…………」

「…………シマハラが居るのは…………わたしの夢と、あなたの妄想の中だけ……」
 
 しばらくそのまま、3人とも無言だった。


 それからいろいろあって、三ヶ月後にわたしと公一は離婚した。
 
 もちろん、あの夜のことは今もしっかり覚えている。
 あの時には、こんな結果になるとは思ってもみなかった。

 考えてみれば離婚という極端なカタチで、すべてを律儀に終わらせることはなかったんじゃないか、と思うこともある。

 あんなことがあって、やはりわたしたち夫婦は元のままに……少なくともわたしがそう感じていたくらいには……戻ることはできなかった。

 一緒にご飯を食べたり、楽しく会話をしたり、どこかに出かけたりもしたけれど……
 その合間合間に生まれる会話の空白……沈黙に耐えられなかった。

 子どもじゃないんだし、そんなことはちょっと我慢していれば忘れてしまうかもしれない。

 身体の傷なんかよりもずっと早く、そうした傷はすぐかさぶたになっ て、乾いて、消えてなくなっていくものだと思ったけれど……

 わたしよりも、公一のほうが……
 その痛みを全身で感じているようだった。

 そんなときはわたしも寒気と、どうしようもない鈍痛を感じた。
 そしてそんな辛さは、きっと一生続くのだろうと思った。

 ほんとうはそんなことはなかったんだろうけど……わたしたちは別れざるを得なかった。

 もう少し慎重になったら……?

 と、誰かわたしたち夫婦のことを良く知っている人が居たなら、そう咎めたかもしれない。

 確かにそうだ。
 慎重になるべきだったと思う……ちょうどわたしが、妊娠に気づい たこともあったし。

 しかし、わたしには友達がいない。

 
 そう、わたしは妊娠した。

 公一の子だと思うけど、はっきりしたことはよく判らない。
 とにかくわたしのお腹の中で、その子はすくすくと成長している。
 

 わたしは新しい仕事を見つけて、郊外にワンルームを借り、元々住んでいた二人の部屋から出ていった。

 公一はひとり、あのマンションに残った。

 彼には 彼の人生があり、わたしにはわたしの人生がある……というか、今はわたしたちというべきか。

 シングルマザーになることに不安はなかったかって……?

 いや、不安がないといえばそれは嘘になる。
 しかし、不安ならもう慣れっこだ。

 一連の事件から、わたしには人生における様々な問題 に対して前向きに取り組んでいける、大変頼もしい性質があることに気づいた。

 ときに問題に対処するために、まったく間違った対策をとることもあるけど……たとえばそれは、3週間で過去の男12人とセックスするようなことだとしても……何にも対処できないよりずっといい。
 

 深夜で、明日は休みだ。
 入社していきなりだけど、産休をとらねばならないことが、少し憂鬱だった。

 そんな時は「ランボー2」のDVDを観た。

 一人暮らしを始めてから、夜、話し相手も居ないので、なんとなくレンタル店のワゴンセールで買った中古DVDだった。

 別にスタローンが好きなわけではなかったけど……なんとなく観ているといつも気分がスッキリした。
 

 映画も終盤にさしかかり、ランボーはヘリに乗ってベトナムの奥地に秘かに作られていた捕虜収容所を情け容赦なく攻撃し、北ベトナム軍兵士を皆殺しにしていた。
 
 映画を観ながら、わたしは未来のことを考えていた。
 わたしの未来というよりも……産まれてくる子の未来に関して。

 まだ男の子なのか女の子なのかわからないが、なんとなく女の子の予感がする。

 わたしはその子に何を教えてやるべきだろうか?
 人生を30年近く先に生きた先輩として。
 

 教訓その1……未来のことをよく考えて、用心深く生きること。
 教訓その2……人生にとって何が有益なのかをよく考えて行動すること。
 教訓その3……もし女の子なら……自分というものを大切にすること。
 教訓その4……酔いつぶれるまでお酒は飲まないこと。
 

 こんなところだろうか?
 

 ……いや、たとえ心掛けていたとしても、思っているようにうまく人生が運ぶ筈がない。

 そうはいかないのが人生で、だからこそ人生は面白いんだと思う。
 
 人生とはつまり、一日ずつ、いや一時間ずつ、一分ずつ、…それこそ一秒ずつ、過去を作り上げていくことだ。

 わたしたちの未来は一本道で、それは未来にしか繋がっていない。
 わたしたちに選択肢はなく、過去に逆戻りして失敗をやりなおすことは許されない。
 

 もし産まれてくるのが女の子なら……
 わたしは娘にどんな人生を歩んでほしいか?

 わたしは娘の人生を導くことはできるかも知れないけど、最終的に彼女に自分の人生を押しつけることは出来ない。

 わたしは自分が作ってきた過去のせいで、ひどい目に遭って、最終的に愛する伴侶まで失ってしまった……しかしそれは、誰のせいでもなく、わたし自身のせいだ。
 

 娘にはわたしのように、後に過去に追いつかれて苦しめられないように、慎重に、間違いを犯さず、賢く生きていくことを求めるべきか……?

 それに越したことはないけど、そんなことは不可能だと思う。
 
 ずっと先の未来に、過去の過ちの波紋が襲ってくることを恐れながら、1日を、1時間を、1分を、1秒をびくびくして生きていく……?

 そんなことは馬鹿げている。

 わたしたちは一日一日を、未来のためだけに生きているのではない。
 過去に縛られて生きているのでもない。

 わたしたちが自由にできるのは、今、この瞬間だけだ。
 

 「ランボー2」もラストシーン。
 映画のラスト、自分をわざと危険な任務に追いやった役人を、ランボーが追いつめてマシンガンを乱射。

 作戦会議室をめちゃくちゃにする。
 爽快なシーンだ。
 でもわたしは、ラストが一番好きだ。
 
「これからどうするんだ」

 上官がランボーに聞く。
 ランボーは答える。

「Day by day(日々を生きます)」


<了>

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