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大男~また、あいつが犯しにやってくる【2/5】

前回【1/5】はこちら


「で……その翌朝、あなたが起きると……どうなっていました?」

 その男は薄い顔をした四〇歳くらいの小男で、グレーのジャケットに、ベージュのニットタイを合わせている。

 それほど悪くない趣味だが、男の顔は大阪の新喜劇役者みたいで、身体はちんちくりんだった。

 部屋には午後の日差しが差し込んでいて、居心地はよかった。
 骨董品や絵なんかが、センスよく(でもこれ見よがしに)並べられている。
 静かだった。 音楽はない。

「……どうなっていましたって……なにがです?」

 わたしはスカートの裾を延ばしながら、男に言った。
 自分の声がすでに挑戦的なトーンになっている。

 ちょっと男の位置から、太腿が見えすぎてるかもしれない。
 ヘンなことが気になって、そわそわ、イライラしている。

 男には表情がなかった。
 亀みたいに、甲羅の中にとじこもっている。

「……つまり、その一二歳の晩、意識を失って……翌朝目覚めたんでしょう? ……その破瓜のあとや、暴力の跡、身体に痣などが残っていましたか?」

「いいえ」

 わたしは答える。

 12歳のあの夜、はじめてあの大男に犯されたあくる日、わたしはベッドで目覚めた。

 そして、ちゃんとパンツを履いて、Tシャツを着た姿で、腹ばいになっている自分に気づいた。

 確かに、太ももや下半身が血まみれになってた……とういうようなことはなかった。
 太ももや腕やお尻に、男の指が痣になって残っていた……というようなこともなかった。

「……ふうん……」

  その亀男……セラピストはわたしの顔に目を向けている。
  しかし、その目はわたしの顔を見ていなかった。

 わたしの顔が透き通っているかのように。
 わたしの背後には小さな女の子を描いた抽象画が掛けてある。
 亀男はわたしをすり抜けて、その絵を見ているように見える。

「……でも、夢じゃありません……それだけは言えます……だって……その……」

「いいですよ。気にせず続けて」

 抑揚のない声。

「その……なんていうか……翌日は“ものすごいものが挟まってる”って感じは残ってました……つまり、あそこから、お腹の奥のほうまで……そ の日から3日間、学校を休みました……ショックと、その……身体のなかのイブツ感のせいで」

「ふうん……」その男は、かすかに笑った。「……イブツ感」

「……はい、すごいイブツ感です」

「失礼ですが……」亀男は眼鏡をかけてもいないのに、それを片手で持ち上げるしぐさをする。「あなたの家庭に、男性はいましたか? ……お父さんとか、お兄さん とか。同居している叔父さんとか」

「いません」この亀のような男……セラピストが、何を言いたいのかはよくわかる。「父はわたしが小学校に入るまでに死にました。交通事故で……それに、 わたしには兄弟がいません。一人っ子です」

「はあ、なるほど……で、これまた失礼な話なんですが……」また眼鏡を上げる仕草だ。最近、コンタクトに変えたのだろう。「……家には、お母さんだけだった?」

「はい」

「……お母さんに、当時つきあっている男性はいましたか? ……家に出入りしている、その……男女の関係である男性は……?」
 

 いた。
 確かにいた。

 わたしはその男に関して、あまりいい印象を持っていない。

 酒飲みの運送屋。
 わたしはよく、彼に頭を撫でられた。
 頭を撫でられた日はいつも、そのあと髪をきれいに洗った。

「でも……その日は家にいなかったはずです。それに……」

「それに?」

「たしかに、その男に関しては……当時のわたしも少しイヤな感情を持っていました」

「ほう?」急に、セラピストの目に『関心』のランプがともる。「どういう『イヤな感情』ですか?」

「だって……もうわたしもそのときは、母とその男がどういう関係かわかってましたし……そのこと自体が、すごくけがらわしいことに思えてたんで……」

「汚らわしい?」また身を乗り出す亀男。首が甲羅から長く伸びてるのが見える。「……つまり、セックスに関して? ……お母さんとその男性が、そういう関係に あることに関して?」

「……はい……」

 わたしはいらいらしはじめていた。
 で、結論は何なの?

「……その男に、その……性的な接触をされたことはありますか?」

「はあ?」

「たとえば……一緒にお風呂に入ろうといって身体を洗われたり、膝の上に座れと言われたり、『身体の成長の具合を見てやる』とか言って、不必要に身体を触 られたり……」

「ないです」

 それは確かだ。
 男はそういう意味で、まったくノーマルな男だった。と思う。

 ただ、母を『女』として見る目が、けがらわしく思えただけだ。

 そして男の吸っているたばこ……あの匂いが嫌いだった。
 今ではわたしも、たばこを吸うようになったけど。

 しかし、『母の男』に関してたずねてくる亀男の目には、みるみる人間らしい『興味』『関心』の色が浮かび上がってくる。

 亀男は、わたし を言葉で辱めようとしているみたいだ。

 昨日、大学の喫煙所であの大男に犯されて……わたしはいつの間にか気を失っていた。

 気がつくと、なんと……わたしは自分の下宿の部屋で、ベッドに横たわっていた。
 ちゃんとパジャマを着て、どうやら眠る前に化粧を落として、お風呂に入り、歯も磨いていたらしい。

 どうやってあの男から解放されたのか、どうやって下宿まで帰ってきたのか、どうやって眠りについたのか……それはまったく覚えていない。

 しかし、あの12歳の夜、はじめてあの大男に犯されたときと同じように……わたしの身体……つまりあそこの入り口からその一番奥……おへその下あたりま でに、強烈なイブツ感が残っている。

 これで3度目だ……最初は12歳のとき。
 その次は16歳のとき。

 そしてわたしは今年で20歳。
 通産、3回も同じ男に犯されたことになる。

 しかし……犯されたことの実感はあるのに、いつもあの大男は何の痕跡も残さない。

 最初に犯されたとき、わたしはあの大男のことは、ただの恐ろしい夢だったと自分に言い聞かせた。

 当然だけど、母にも言わなかった。
 っていうか、今日の今日まで誰にも打ち明けたことがない。

 だいたい、大男に犯された『事実』の痕跡は、わたしの記憶の中とカラダの感覚にしかない。

 警察に届ける? ……それはムリだ。

 頭のおかしい、モウソウ好きな女がトチ狂ってやってきた、と思われるに決まっている。

 じゃあ、わたしは頭がおかしいのか、おかしくないのか。
 それをクロシロはっきりつけるため、この診療所を訪れた。

 それにしても……テキトーにネットで調べてこんなところに来るんじゃなかった。
 わたしは、ものすごーく後悔していた。

 亀男のセラピストが、わたしの話をゲスな好奇心丸出しで聞いているのは明らかだ。

「でも、あなたは何者か……その『大男』に犯された、という。それは明らかに事実だという。それも、これまでに何回も。ええと……」

「3回。昨日も入れて3回です」

 ちょっと自分の声が怒っている。

「ふうむ……」亀男のメガネの奥で、またちかりと好奇心のランプがともる。「……性感はあるのですか?」

「はあ?」

 さらに怒った声が出た。
 あたりまえだ。

感じたの? とか、そういうハナシですかあ?」

「……いや、そうは言っていません。それは、単に苦痛なのですか? それとも、ふつうのセックスの感じに近い? 男は暴力的ですが、あなたに怪我をさせていな い。少なくとも、痕跡は残していない。ですよね?」

「……感じるわけないでしょ」わたしは亀野郎を睨みつけた。「……無理矢理犯されてんだから……」

濡れますか?」

「はああ??」

 もう、椅子を立ったほうがいいだろうか?

オルガスムスを感じたことありますか?……『大男』に犯されて」

 わたしはそのまま席を立った。
 そして診察室を出た。亀男は、とくに呼び止めもしない。
 
 受付のカウンターに五千円札(学生だったから、結構大金だ)を叩きつけて、医療事務さんが何か言っていたがまったく耳にとめず、診療所から逃げるように 立ち去る。

 怒りで頭がじんじんして、視界が妙にくっきりしていた。
 
 でもそれに反して、自分の下半身がムズムズ、そわそわしている。

 そのことでますます、あの医者も、大男も……わたし自身も……
 何もかもがおぞましかった。

 高校1年生のときは、塾の帰り道……公園の茂みの中で、あの大男に犯された。

 小学校6年生のときに自宅の寝室であった出来事のことは、あれ以来ずっと自分の中で、『夢だった』とで消化しようとしていた。

 もちろん、かなり強引に、だ。

 そんなにあっさりと、あれほど強烈な出来事を『夢だった』ということにして自分を納得させることなんてできない。

 頭ではそう思おうとして も……こんな表現、マジでイヤなんだけど……
 身体があの感覚を忘れてくれない

 わたしはその頃、近所の塾に通っていた。
 個人経営の塾で、先生はやさしいおじさんだった。

「気をつけて帰るんだよ……最近はヘンな奴が多いからねえ……」

 その日、わたしが塾から出るとき、先生はそういって中学の制服だったセーラー服の青いカラーの肩をぽん、と叩いた。

 その感覚も、忘れることができない。
 わたしは確か、笑顔でこくん、と頷いたと思う。

 先生に叩かれた肩の感覚もまだ残っているうちに、バカだった16歳のわたしは、人通りの多い商店街ではなく、近道になっていた公園の抜け道を通って帰ろうとした。

 ほんとうにバカだった。

 しかも、公園の通路ではなく、木々が生い茂る茂みを駆け足で抜けて走っていた。
 9時からはじまるダウンタウンのお笑い番組に遅れたくなかったからだ。

 ほんと、バカ
 
 でも、わたしはほんとうに、自分で自分を責めなきゃならないくらいバカだったろうか?

 そのときわたしが大の大人で、さらに男だったら、それはバカな行為にはならないわけでしょ?

 わたしが高1で、女の子だったから、それはバカな行為だった、ってことになるわけでしょ?

 高1で、夜遅くに、セーラー服を着て、公園の暗いところ走っていたら、何が何でも絶対に誰かに襲われなきゃなんないわけ?

 それで、なんでわたし自身、自分のことをバカだなんて思わなきゃならないんだろう?
 

 とにかく、もう少しで明るい広場に出るところだった。
 そこで、いきなりわたしの前方の視界が暗くなる。

 はっ、とする。忘れようとしても忘れることができない、あの獣じみた体臭が鼻をつく。

 全身の肌が、ざわっ、と泡立つ。

 わたしは自分をさえぎっている大きな影を見上げた……

 そこに立ちふさがっていたのは、やはりその2年前、わたしの部屋でわたしを犯したあの『大男』だっ た。

 氷水のお風呂に漬けられたみたいな恐怖。
 わたしはその場に釘付けになった。

 男は大きい……前に現れたときは、わたしの部屋の屋根の高さを通り越していた……信じられないくらい背が高い。

 その顔は、あまりに高いところにあるの で、影に覆われている。

 4年間が経ったので、わたしも少しは身体的に成長していた。 
 痩せているのは変わらないけれど、中学入学からずっと水泳部に入り、鍛えていたので、身体はしなやかだった。

 背もその間に14・5センチ伸びたし、おっぱいも微かに膨らんだし、お尻も少し丸くなっていた。

 って……おっぱいやお尻に関してはどうでもいい。

 とにかく、12歳のときから14・5センチも背が伸びていたわたしの目から見ても、男は前回よりずっとと大きかった。

 今回、男の 頭の上には、男の背を制限する屋根がない。

 そのせいか、男の頭は遥か上空に見えた。

 ざわざわと風になびく、真っ黒な……そのときは、そんな色に見えた……公園の高い木々の葉の中に、男の顔が隠れてい る。

 大げさに言ってるんじゃない……ほんとうに男の顔は、高すぎて見えない。

 4年前、男に触られた感触が身体に蘇ってくる。
 掴み上げられた両手首に、握り、広げられたお尻に、そして……あの巨大なアレで蹂躙された、わたしの体内に。

「いやあっ!!」

 わたしは声を上げて踵を返し、反対方向に駆け出そうとした……でも無駄だった。
 どん、と背中を激しい力で突かれる。

「うっ!」

 わたしは地面の上に、つんのめって倒れた。
 あわてて、起き上がろうとする……しかし、足首を掴まれて、また引き倒された。

「やめてっ! ……だれかっ……誰か助けっ……ひゃあっ!」

 わたしの視界が、ぐるり、と上下に180度回転して、ふわり、と引き上げられる。
 逆さづりで、持ち上げられた。

 男はわたしの右足を掴んでいる。
 ぐん、と地面が遠くなる。

 制服のスカートはみごとに逆さになって、わたしのパンツどころかお臍くらいまでが丸出しになっていたと思う。

 ちょっと伸ばしていた前髪のピンも外れて、無残に垂れ下がり、顔を覆う。

 ぐん、とまた芝生の地面が遠くなった。
 落ちれば、ただではすまない高さに思えた。


 男のごつい指が、下着に触れる。裏返しになっているスカートに頭まで覆われていても、男が何をしようとしているのかくらいはわかった。

「だめっ! ……いやああっ……!」

 片足で中つりになったままもがくと、はるか下の地面がぐるぐると回る。

 それでもわたしは必死に抵抗した。
 逃れようと脚をばたつかせた。

 でも、効果ゼロ。
 まったくの無意味。

 暴れまくったけど、大男に、もう片方の足首も掴まれる。

 まるで、狩られて捌かれる前のウサ ギだった……そのころちょうど、テレビのドキュメンタリーでそんなのを見た。

 両脚を束ねてつかまれ、中吊りにされると、わたしにできることはもうなにもない。
 お尻からぺろん、とパンツを剥がされる。

「だめっ! ……いやあっ! ……やだやだっ!」

 するすると、太腿から膝小僧を、そして脛へ、パンツがわたしの脚をずり下がるのではなく、ずり上がっていく。

 ……逆さ吊りになってパンツを脱がされるのは、もちろんはじめての経験だ。

 いや、そんな体験をした人がほかにいるのだろうか?

 やがて、足首から抜かれたうすいブルーのパンツが、ひらり、と舞いながらわたしの顔の下に舞い落ちていった。

 地面に到達する頃には、大男の手はスカートのホックをさぐっていた。

「……お、お願いだからっ……や、やめてっ……!」

 『大男』はわたしを、この公園の茂みの中で、逆さ吊りにしながら、裸にするつもりのようだ。

 恐ろしさもあったが、そんな恥ずかしい目に遭わされても、まったくなす術がない自分に、情けなくて涙が出てきた。

 やがて、わたしの上半身と頭のまわりを、ふわり、と紺色のスカートが落ちていった。

「や、やだあっ! ……こ、こんな……のっ……」

 涙が溢れて、おでこを伝って落ちた。
 でも大男は、さらにわたしを辱めるつもりだったようだ。

 逆さ吊りのまま、ぐるん、と身体が回転する。

「えっ? ……あっ……!」

 なんとか腹筋で上身体を起こそうとしたけど、だめだった。
 中学3年間と今日まで、ずっと水泳で鍛えてきたのに。

 また、ぐん、と身体全体が持ち上げられて……わたしの左右の足首は、そのばかでかい手でそれぞれ握られている。

 反射的に……何をされるのかがわかった。

「いっ……いやあああっ!」

 ぐばっ、っと……ていうか、がばっ、と……
 両足が思いっきり左右に開かれる。

 大男の顔は相変わらず見えないが、その目の前で、わたしの恥ずかしい部分のすべてがさらけ出された。

 そんな。
 めちゃくちゃだ。
 あんまりだ。

 わた し、まだ16歳だったのに。

 なんでそんな……なんで自分がそんな辱めを受けなければならないのか、あまりの理不尽さに気が遠くなりそうになった。

「やめてってばっ!!」わたしはなんとか腹筋で身体を起こそうとしながら言った。「やめてよっっ!」

 だめだ。
 水泳で鍛えたくらいでは、とても太刀打ちできない。

 水泳部じゃなくて、空手か柔道か何かをやってればよかった……と、バカなことも考えた。
 ただ、たぶん『大男』はそんなもんで太刀打ちできる存在ではない。

 わたしは恥ずかしさと無力感に打ちのめされ、すべてを諦めようとした。

 しかしわたしを待ち受けていたのは、わたしの覚悟も打ち砕く、もっと凄まじい恥辱だった。
 ぐん、とまた身体が上空に持ち上げられる。
 
 『大男』はわたしの両脚を思いっきり広げさせると……まるで岩石みたいな、丸太みたいな、学校の 跳び箱みたいな……それくらいがっしりとした左右の肩それぞれに、わたしの膝を抱え上げた。

 信じられない。
 こんなのってあるだろうか。

「ひっ!……ひゃっ……」

 ふうう……。
 いちばん恥ずかしい部分に、大男の息が触れた。

 男は無言だ。

 ふうう……ふうう……ふうう……ふうう……と、4年前に自分が犯しぬいたその部分を懐かしむように、わたしをからかっていじ めるように、息をふきかけてくる。

 わたしは逆さ吊りのまま、涙を流し、しゃくりあげ続けた。

 もう、恥ずかしさと口惜しさで、言葉も出てこなかった。

 この大男は、どこまでもわたしを辱めるつもりだ。
 きっと、永遠に。

 わたしが死ぬまで。

 それを確信した……でも、あきらめて抵抗をやめたとたん、もっと恥ずかしい運命がわたしを待ち受けている。

 その繰り返しが、続くのだ。

 ぬろっ。

「き、きゃあああっ?」

 舌だった。
 大男の舌が、その部分をべろり、と舐め上げた。

 そこから本当の屈辱がはじまった。

【3/5】につづく


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