見出し画像

小説「堕ちていく天国」

 同人SFアンソロジー『圏外通信 2021』に収録された短編小説を公開します。(現在は『圏外通信 2021裏』と合わせた電子版が販売されています。)
 BLAME!×〔少女庭国〕という感じです。もともとは百合文芸コンテスト向けにpixivで発表したものを改稿したという経緯があります。





 硬質な音を響かせながら螺旋階段を上がっていく人影があった。全身を黒い外骨格と人工筋肉で覆っているが、線の細さと顔立ちから判断するに女性だ。それも少女だった。身長は190cmほど、長い黒髪と鋭い眼光が印象的だが、かすかに幼さも残す少女だった。
 螺旋階段の一周の長さは10㎞ほどだろうか。人影が階段を上り始めてからかれこれ 1,940,000 時間ほど経過しているが一向に終わりは見えず、巨大な伽藍洞が無限に思えるほど続いていた。壁面と床は青みがかった透明な素材でできている。よく見るとそれは、結晶化した少女の形をしたものが組み合わさってできていた。というより実際にそれらは少女だった。堆積した少女が永い時間を経て結晶化した地層をくりぬいて作ったのがこの大伽藍なのだろう。少女たちは眠りについているかのように穏やかな表情を浮かべていた。
 500周ほど螺旋を上がるたびに、伽藍の中央を何かが落下していくのが観察された。しかし上り始めのころは空気との摩擦による風化がひどく、それが何であるかは階段を上る少女には判別できなかった。この階段の始まりである最下層に結晶以外の堆積物はなかった。おそらく落下の途中で風化により消滅していたのだろう。
 5,000,000 周は登ったあたりで落下物は二人の少女であることが分かった。当然だ、この世界は少女のみで構成されている。
 少女が定期的に落ちてくるということは上には活動している少女たちがいるということだ。人影は自分とは別の少女たちを求めて階段を上り続けた。
 さらに30,000,000 周ほど上り続けたころ、この伽藍が終わり、上部にさらに広い空間が広がっている様子が見え始めた。螺旋階段にはテントや小屋のようなものが点在している。おそらくこの辺りの原生少女の集落だ。少女原子転換炉がないのか、あるいはその使用法が失伝したのだろう、それらは少女の皮や骨で作られた原始的なものだった。
 外骨格を身に着けた少女は太もものホルスターから漆黒の拳銃を抜いた。はるか昔に少女原子転換炉から生成した金属製の銃だ。少女一人当たりに含まれる鉄は3gほどで、重さ1.26㎏の銃を作成するのに400人以上の少女を
必要とした。残弾は11発。
 科学技術が失われた少女たちとの接触は比較的危険なものになりやすい。過去の経験が黒い少女に警戒を余儀なくさせた。慎重に階段を上っていくと、階段上に点在するテントや小屋はすでに打ち捨てられたものであるよ
うで、居住者は存在していなかった。
 螺旋階段の終わりまであと数周というところまで迫ったころ、伽藍の中方へ延びる橋が見えた。よく見るとその先端に二人の少女が立っている。次の瞬間、二人は抱き合いながら飛び降りた。漆黒の少女はその片方と目が合った。一瞬、時間が止まったような感じがした。二人はひしと抱き合いながら、穴の底へ消えていった。螺旋階段を登りきると、そこには直径30㎞ほどの半球状のドームが広がっていた。視線をドームの天井から正面に戻すと、結晶を先端に括り付けた、骨で作られた槍を持った少女たち20人ほどが、黒い少女を取り囲んでいた。
「お前は何者だ。どこから来た」
 先頭の少女が言葉を発した。言語が残っている程度には文明が保存されている集落であることに黒い少女は胸をなでおろしていた。
「私はユオ。この穴の下の、それよりもさらに下の、記憶すらおぼつかないくらいの時間を要する下から来た。ある少女を探している」

「ねえユオ、この世界の果てには何があると思う?」
 白い髪の少女、ビキが私に問いかけた。
「この世界の果て? そんなものあるのかな? だってあんなに探検が得意なクラもハスも、行っても行ってもこの村の外には何もなくて、延々と少女でできた世界が続いてるって言ってたよ」
 ビキはこの村で一番頭がいい。だけど時々変なことを私に問いかける。彼女は何かわからない巨大なものに魅せられていた。
「クラもハスもせいぜい 10,000時間くらいこの村を出ただけじゃない。私はそんな近くの話をしているんじゃないの。もっとずっと遠く。もっとずっと上の世界。きっとそこには少女以外の何かが待っている。私はそう思うな」
 私たちの誰もが、この世界で生まれてから少女か、少女でできたものしか見たことがない。この世界は少女のみでできている。一見少女でないように見えるものも、すべて少女原子転換炉で少女を材料に生成されたものだ。床も壁も天井も。そして私たちも。少女ではないものなんて考えたこともなかった。
「私はきっと誰よりも遠くへ行ってみせる。私たちを閉じ込める少女たちがいないその場所まで。この手で何かをつかんでみせる」
 そういってビキは手を上に突き出し、こぶしを握り締めた。
 彼女が失踪したのはその230時間後だった。私が知っている単位では表現できないくらい昔の話。私は今も彼女を探している。

 ユオがたどり着いた螺旋階段の上の集落は100人ほどの規模だった。少女結晶を切り出して積み上げた家に住んでいる。文明レベルは決して高くない。
 槍で武装した少女たちに案内されたのは長老と呼ばれる存在の家だった。長老は緑の髪をした美しい少女だった。
「あの穴の底から来たというのは本当?」
「ああ、150,000,000 時間ほどかけて登ってきた」
 長老は到底信じられないという顔をしていた。周囲の少女たちも驚きを隠せない様子だった。
「嘘よ。あの穴には底なんかない。だって天国に続いているんだから」
「天国?」
 それはユオにとっても聞きなれない言葉だった。
「そう、あなたは天国を知らないのね。天国というのは結婚した二人がたどり着くところよ。愛しあう二人は天国で永久に幸せに暮らすの」
 ユオはうんざりした表情をこらえた。この巨大な世界では各集落の移動範囲は限られ、互いに交流のない孤立した存在は珍しくない。そんな集落では大概、自分たちが住む構造物に関連した原始宗教が生まれる。きっと天国もそのたぐいの迷信だろう。
「信じるか信じないかはどうだっていい。とにかく私ははるか下からやってきた。ある少女を探している。ビキという名の白い髪の少女だ」
 長老はユオと名乗る旅人が自分たちの信仰を荒らす気はないことを感じ取ったのか、少し表情を緩めて答えた。
「悪いけど知らないわね。私が生まれてから250年は経っているけど外の人が来たことはないわよ」
 ユオはことさらに気を落としたりはしなかった。これまでに何万回と繰り返したやり取りだったからだ。
「そうか、邪魔したな。少しこの辺りを調べたらすぐ出
ていく」
 そういってユオは長老の家を後にした。
 集落の周りをユオは少し歩いて回った。巨大な(といってもこの程度の大きさのものは珍しくはない)ドーム状の空洞に100人ほどの少女が住んでいた。天井の小さな穴と、中央の巨大な穴の螺旋階段以外に出入り口はない。少女原子転換炉はなく、弾丸を補充できそうにはなかった。
 ユオが座り込んで今後について思案していると、一人の少女が顔をのぞき込んできた。大きく見開かれた瞳には、無知ゆえの好奇心が輝いている、あどけなさの残る少女だった。初めて会うはずだが、どこかで会ったような気もした。
「ねえ、あなた天国から来たって本当?」
「天国かどうかは知らないがあの穴の底から。いや、それよりもはるかはるか下から来た」
 話しかけてきた少女は顔をさらに近づけた。
「私はヲキ。ねえ、天国のことをもっと聞かせて」
 ヲキと名乗った少女はこの村の伝統、結婚と天国について勝手に語り始めた。一年に一度、結婚した少女で既に子供を産んだカップルのうち、どれか一組が穴の中の天国へ旅立つことが許される。二人は穴の中で肉体から解放されて永久に結ばれ、未来永劫幸福に過ごすのだと。
「なんてロマンチックなんでしょう。私たちも早く天国に行きたいわ」
 ヲキは夢見心地に語った。
「ねえ、あなたは天国から来たのでしょう? そこには何があったの? みんなはどんなふうに幸せに暮らしてた?」
「何もなかった」
 ユオは何も考えずに真実を語った。こういった集落に長く滞在しない。今後この集落がどうなろうとユオにとっては意味のないことだった。だからこういった時、ユオは危険がなさそうなら真実を語ることにしている。
「この穴の底には何もない。誰もいない。ただ少女でできた床があるだけだ。そしてそのさらに下にも何もない。似たような構造物が延々と続いている。結婚とやらをした少女たちは穴を落ちる過程で、空気との摩擦で風化し消滅する。永久に幸福に暮らせる場所が天国だというなら、この穴は天国には続いていない」
 ヲキは全身の骨がなくなったかのように地面にへたり込んだ。
「嘘よ。じゃあ姉さまはどうなったっていうのよ!」
 この時、ユオはなぜこの少女と会ったことがあったような気がしたのか納得がいった。螺旋階段を上りきる直前に目のあったあの落ちてきた少女、彼女にそっくりだったのだ。
「お前の姉というのは、少し前にこの穴に飛び込んだやつらか。だとしたら二人はただ消えるまで落ち続ける、それだけだ」
 ヲキはユオに掴みかかろうとした。その瞬間ユオは反射的にヲキを組み伏せた。ヲキの体はすさまじい力で地面にたたきつけられ、頭に銃口が突き付けられていた。
「この下には何もなかった。天国なんてものがあるとしたらそれは下にはない」
 ヲキは泣きだし、肩を震わせる以外は動かなくなっていた。ユオは黙ってその場を後にした。外骨格のブーツと少女の結晶の床がぶつかり、冷たい音が響いていた。
 数時間ほどあたりを探索したが、この世界の全てを構成する少女の結晶以外に目につくものはなかったため、ユオはこの集落に見切りをつけ出発することにした。目指すは天井の穴だ。はしごや階段はなかったが、少女でできた壁は凹凸に困ることはない。
 ユオが壁を登ろうとしたそのとき、集落が騒がしくなっていることに気が付いた。目を凝らすと、螺旋階段の入り口に人だかりができていた。ヲキがもう一人の少女と手をつなぎ、何かをまくしたてていた。
「私たちはこの村を出ていきます。そして本当に一緒にいられる場所を探します」
 長老たちは困惑していた。黙っていればそのうち天国で結ばれるというのに、何を言っているのか理解できていないようであった。
 階段を降り始めたヲキの顔に、少し前に見たあどけなさは残っていなかった。彼女は少女を脱したのかもしれない。そんなことを思いながらユオは壁を登り始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?