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手を繋ごう【777文字小説】

 私はそれを見て、一瞬不思議な感覚に囚われた。
 見覚えのある、小さなぬいぐるみ。
 それは紛れもなく、自分のものだったのだ……。

 《その子》は、棺の中にいた。
 私が知っている彼女からは程遠い姿になった、友人の亡骸の横に。
 彼女とは、小学校時代、一年ほど『親友』だった。
 今にして思えば、本当に些細なことがきっかけで仲たがいをしてしまった彼女。
 仲直りしたくて何度も手を伸ばしたけど、その手を取ってはくれなかった彼女。

 小学生なんてそんなものかもしれない、と、今なら思う。
「私以外の人と仲良くしないで!」
 そんな独占欲が、二人の間に溝を作ってしまったのだ。
 交換日記をしたり、放課後、一緒に遊んだり、二人でたこ焼きを買って半分こしたり。ただ、季節と共に過ぎていく当り前の楽しい子供時代を共有したかっただけなのに。

 小学校での仲たがいから、彼女とは疎遠になっていた。
 同じ中学ではあったけど、クラスも部活も違ったし、接点がなかったから。
 でも、共通の友人の結婚式で一緒になった時、彼女は照れ臭そうに
『また、友達になってもいい?』
 と、聞いてきたのだ。
 勿論、私は頷いた。

 それからは、年賀状程度のやり取りしかなかったけれど、それでも、繋がっていることが嬉しかった。

「こんなに早く逝っちゃうなんてね」
 彼女と共通の友人が涙目で呟く。
「子育てもひと段落して、これから自分の時間が持てるって時にさ」
 うん。
 そうだね。
『子供が手を離れたら、会いたいね』
 最後にもらった年賀状には、そう書いてあったよね。

 『親友』だった頃の私たちは、色々な遊びをした。
 その中で、お互いのぬいぐるみを交換し合う、ということをしたのだ。
 彼女の亡骸の傍らに、私が渡した《その子》がいる。
 ずっと持っててくれたの?
 もう、何十年も経って…引っ越しも、結婚も、出産もしたでしょ?
 それなのに…、

 棺の中の彼女を見る。
 あの頃に戻って、手を繋げたらいいのに。

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