にわ冬莉
そこに ふたつのてがあった。 それは とてもちいさなてだ。 このてはすごい! みぎのては おかあさんのゆびをギュ ひだりては おとうさんのゆびをギュ たったそれだけで 「しあわせ」をあたえてくれる まほうの、て そこに ふたつのてがあった。 それは パンやさんのてだ このてはすごい! こむぎこを コネコネぐるん くるくるまるめて オープンへぽい ほかほかのパンができあがり おいしいね、とってもおいしいね まほうの、て そこに ふたつのてがあった それは とこやさんのて
「死神さんよぉ、早く俺を殺してくれねぇか?」 俺はいい加減うんざりしながら、目の前の黒いもやっとしたものに訴えかけた。 こいつが俺の前に現れたのはもう数日前だ。 最初はこれがなんなのか、わからなかった。目の前がぼやっと黒いものに覆われることがあり、何か目の病気なんじゃないかと思っていた。が、ある日、そのもやが俺に向かって話しかけてきやがった。 「私ぃ、死神なんですよぉ」 間の抜けた声だった。 若い女の子みたいな、しかも頭の悪そうな喋り方。 俺は言ったね、
「ていうかさ、高橋って未知に気があるよね」 目の前でニヤニヤしながら咲良が言った。 私は思わず口に含んだイチゴミルクを吹き出しそうになった。 「ちょ、なにそれ!」 昼休み、中庭のベンチ。朝は寒いけど、今日みたいな天気の日はお日様が心地よいぬくもりをくれる。 「だってさぁ、さっきも授業中未知のこと見てたもん!」 うりうり、と肘で私の脇腹をつつき、咲良。完全に楽しんでる。 「そりゃ、斜め後ろの席だもん、黒板見るとき私の後ろ姿も見えるでしょ」 「ちーがうちがう!
誰かがわたしの隣に座ってね、スッ、と手を伸ばすの 伸ばされた右手が、わたしの喉元を捉える わたしは内心ドキドキしながら、だけどすごく期待しながら、少し冷たいその右手を感じる 左手もまた、添えられるようにすっと伸ばされ、ゆっくり、ゆっくりと指に力が入っていく わたしは頭の中が真っ白になって、まるで宙に浮いてしまいそうなほどフワリとした感覚に身を委ねるの トクリ、トクリと音を立てていくわたしの心臓が、次第にボルテージを上げていく… ああ、これでいい これでいいんだ、って頭の
うちには、「ひなた」というなまえのねこがいる。 ぼくはおもう。 ひなたは、うちゅうねこだ。 ときどきじっとそらをみあげているのは、うちゅうとこうしんしているからにちがいない。 ひなたがみているほうをみても、てんじょうがあるだけでなにもいないもの。 きっとちょうおんぱでうちゅうじんたちとはなしをしているんだ。 ひなたはあさおきるとぼくにすりよってくる。 ぼくがしゃがんでひなたのあたまをなでると、ゴロンとおなかをみせてのどをならすんだ。 ゴロゴロゴロ… これはきっとうちゅうご
鉄橋を渡り終えた電車が緩やかに、滑らかにホームへと吸い込まれる。さほど混みあってもいない電車を降り、改札を潜る。とっぷりと暮れた空にはもうすぐ真ん丸になるであろう少しだけ歪な白い月が浮かんでいた。 ああ、と、漏れてしまう声を飲み込んで、空を見上げる。 あの月の向こうに、彼女はいるのか。儚くも強く生きた彼女は、あの場所で笑っているのだろうか……。 ゆっくりと歩きながら、同じように動く月を追いかける。 死んだ人間が行くのは天国か、地獄。それとも輪廻という都合のいい
つかつかと早足で歩く私の後を、彼が慌てて付いてきている。 「待ってくれよ!」 必死の形相なのは顔を見なくても分かる。そりゃそうよね、私、婚約破棄を申し出たんだから。 事の発端は三日前。あなたは私に内緒で女と会ってた。 それを見た私の気持ちがわかる? 結婚しよう、ってプロポーズされて、お互いの両親に挨拶も済ませて、結婚式の話をして、幸せの絶頂な私の心を裏切ったのはあなた。 「もう、付いてこないでよ!」 今更何言われたって無駄なの! 背を向けて足早に歩く彼女を追
嫌い。 私は全部が嫌い。 お父さんの髪が薄いのも、お母さんが太ってるのも、親譲りの一重で全然可愛くない顔も。 家がお金持ちじゃないのも、弟が生意気なのも、成績が中の下なのも、運動神経鈍いのも全部嫌い。 この前だって体育の時間、バレーボール頭で受けるとか、有り得ない。 何でああいう時、女の子って『ちょっと抜けてる感じ、可愛いよ』とか嘘言うの? そんなわけないじゃん。 ただの運動音痴だもん。 嫌い。 運の悪さも、いつもこうやってうじうじ悩んでばかりなのも
酔いどれていたのは、間違いない。 いつもよりちょ~~~っとだけ、多めに飲んだような気もする。 健康診断でメタボに引っかかって早十四年。揚げ物や塩分を控えなさい、なんて言われたって、旨いものってぇのは油と塩分で出来てんだから仕方ねぇだろってんだ、おっとっと。 帰り道は静かで、人っ子一人、歩いちゃいない。 田舎の一本道を、ひたすら歩く。 いつもなら電話一本でかぁちゃんが迎えに来てくれるんだけどなぁ。 今朝の喧嘩があと引いてるんだな、ありゃ。 《チャッキョ》、よ
「だって好きなんだもん」 友達の質問に、私は駄々っ子のような返事をする。 「なんでアレがいいの? 背も高くない、成績イマイチ、スポーツマンでもない。顔もよくないし、ついでに音痴だよ?」 ひどい言われようだ。 中学校男子のモテ要素は、顔、運動神経、頭脳、優しさ、の順かもしれないけどさぁっ。 でも私は知ってる。 彼はとても頑張り屋さんなのだ。 お昼休みのサッカー。全然ボールに触れないのに、いつも一生懸命走ってる。そういうところが好きなんだよね。 「じゃあさ、告白
私はそれを見て、一瞬不思議な感覚に囚われた。 見覚えのある、小さなぬいぐるみ。 それは紛れもなく、自分のものだったのだ……。 《その子》は、棺の中にいた。 私が知っている彼女からは程遠い姿になった、友人の亡骸の横に。 彼女とは、小学校時代、一年ほど『親友』だった。 今にして思えば、本当に些細なことがきっかけで仲たがいをしてしまった彼女。 仲直りしたくて何度も手を伸ばしたけど、その手を取ってはくれなかった彼女。 小学生なんてそんなものかもしれない、と、今な
「本当にいいのかね?」 その問いに、笑顔で頷く。 「ええ、もちろんよ」 そして老婆に渡された不思議な筒を口に咥えた。 ふぅぅ、と息を吹き込めば、大きなシャボン玉のようなものが出来上がる。 「では、望みどおり、お前の命をあの子に」 窓を開け、虹色に輝くソレを外へと飛ばす。 飛ばされたソレは、高く空を泳ぎ、いつしか見えなくなった。 「これでお前はその命のほとんどをなくしたことになる。生きてもあと数か月だろう」 これほどまでに嬉しい余命宣告があるだろうか。 ――命
流れ星を見た。 ほんの一瞬のことで願いを掛けることは叶わなかったけれど、それでも流れて行く星のひと筋をこの目に焼き付けることが出来たのは奇跡だと思う。 「もうすぐだね」 吐く息は白く、空気は澄んでいる。 「うん、もうすぐだ」 そう返せば、また同じように言葉が白を纏い、宙を舞う。 僕たちは遠くまで見渡せる小高い丘の上にいた。 地上に広がっているのは、一面の廃墟。 崩れたビル群、幾重にも積み重なった車。 昨日はまだ所々から見えていた煙も、今は消えてしまって
桜の木の下には死体が埋まってるんですって。 だからあんなに綺麗な花が咲くのね。 薄いピンクは大地に溶けた赤い血が薄まったせい。 儚く散る花びらは、死体から受け取った気勢の欠片……。 「私が殺したんです」 目の前の刑事は、女の告白に真剣な眼差しを傾ける。 「仕方ないじゃありませんか。綺麗な花を咲かせるためには、必要だったんですもの」 女に悪びれた様子は一切なく、その顔には微笑みすら浮かべている。 「旦那はどうなってる?」 年配の刑事が訊ねると、 「もうすぐ海外
昨日は夢を見なかった。 久しぶりにぐっすり眠れたのは、沢山泣いたせいだろうか。 目は、腫れている。想定内だ。 そりゃ、あれだけ泣いたのだから当然だろう。 ——小説を書いている。 始めたきっかけなんて、些細でどうしようもなく幼稚なことだったけれど、それでも、自分の世界を小説という形で表現するってことは私にとって楽しかったし、生きてるっていうキラキラを心に持てる大切なものだった。 最初のうちは、ただ書いていればいいと思っていた。私の中にある世界を文字にして、表
「秘密だよ?」 含みのある口調でそんな風に言われたから、私は少し、勘違いをしてしまったのだと思う。もしかしたら彼は私のことを……なんて。 「では、なにも怪しいものは見ていない、ということだね?」 聞き込みに来ていた刑事にそう言われ、私は黙って頷いた。あの日の夜、ここで何が起きたかなんて私は知らない。知らないと言い張る。 「困ったなぁ、目撃証言がゼロとは」 刑事は頭を掻きながら私から離れていく。 これでいい。 私は約束を守った。 だって、秘密だもの。私と、