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『脳が目覚める「教養」』#6(最終回) 教養の脱・神話化

2019年8月20日に発刊される新刊『脳が目覚める「教養」』(茂木健一郎著)の試読版として、「はじめに」および第1章を無料公開しています。"雑学の寄せ集め"のような薄っぺらい教養入門書では得られない「真の教養」を身に付けるために必要な考え方とは――?

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常識を疑うことで教養が「脱・神話化」できる

3つめは「常識を疑う」です。

皆さんは、「ウィンブルドン現象」という言葉をご存じでしょうか。

これは、テニスの4大国際大会のひとつであり、イギリスのウィンブルドンで開催される「ウィンブルドン選手権(全英オープン)」において、1970年代以降、優勝まで勝ち残る選手に地元のイギリス人がほとんどいないことから、「門戸を開放した結果、外来の勢力が優勢になり、もともとそこにいた地元の勢力が淘汰される」現象のことをいいます。

ウィンブルドン選手権
テニスの四大国際大会の一つ。原則として6月最終月曜日から2週間開催される。日本語では「全英オープン」と呼ばれる場合もある。

なぜこんな現象が起こってしまうかというと、さまざまな原因が考えられるのですが、一つには、地元のもともとの勢力は「常識」や「古い価値観」に凝り固まっているからでしょう。

日本におけるウィンブルドン現象というと、大相撲でしょう。現在、大相撲では外国人力士が強くなったため、相撲協会は「一部屋一外国人」というルールを適用しているほどです。

古くは朝青龍、最近では白鵬など、外国人力士のプレースタイルや礼儀がなっていないと、観客が反発することがありますね。ああいう現象も、観客や相撲協会は、「国技である大相撲」という伝統や権威に凝り固まっていて、格闘技としての大相撲というグローバルな認識と乖離しているからではないでしょうか。

朝青龍(1980-)
モンゴル出身の元大相撲力士。第68代横綱。現在は、実業家、モンゴル国民投資銀行の経営者、タレント、コメンテーターなど、多方面で活躍している。本名はドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ。
白鵬(1985-)
モンゴル出身の力士。第69代横綱(2019年現在)。宮城野部屋所属。

ウィンブルドン現象を食い止めるために、「一部屋一外国人」というルールまでつくり、国技である大相撲の品位を厳格に保とうとするのは、「国技としての大相撲」というクラスターを守る意味では正しい判断でしょう。

しかし、そのクラスターの足元を掘りかためながらも、これまでの常識を疑い、グローバル化の中の大相撲という立ち位置を探ることも決して不可能ではないはずだし、これからは必須になると思うのです。

教養の脱・神話化を繰り返すことで、動的教養が深まる

そのようにして、「当たり前の常識」「当然の教養」と思われていたものを疑う、いわば教養の脱神話化をすることで、あなたの動的教養はさらに深まっていきます

僕は関西国際学園の顧問を務めているのですが、なぜ、顧問を引き受けたのかといえば、学園長の中村久美子さんのたとえば次のような言葉が、とても信用に足ると感じたからです。

「先日、ハーバード大学に視察に行ってきて現地の先生や学生たちと話をしてきたけど、レベルは必ずしも高いわけではなかった」

「ハーバード」と聞けば、多くの人は世界最高峰のエリート集団としてあがめるでしょう。そして日本では、「ハーバードに比べて日本の大学はダメだ」というのが定説になっています。ですから「ハーバード」という肩書きが欲しかったり、箔をつけたりするために留学する人が後を絶ちません。

しかし、「ハーバードと日本の大学を自分で比べてみた」人が、一体どれくらいいるのでしょう。なんとなく両者の間には大きな隔たりがあると思い込んでいるだけではないでしょうか。

一方、中村さんはご自身でハーバードに実際に行ってみて、「人によっては大したことはない」という手応えをつかんだのです。そうした世間の常識的、あるいは権威主義的な価値観を疑い、自分なりの価値観を持つことが教養の「脱・神話化」です。

僕は、既存の教養を自然に疑える人が学園長を務めている学校なら、生徒にも新しい教育がなされるのではないかと思ったので顧問を引き受けました。誰もが均質な情報にアクセスでき、メインストリームのない時代だからこそ、既存の教養という神話を疑うことが、とても大きな意味を持つのです。

ただし、教養の「脱・神話化」を推し進めるときに、単なる自己流になってはいけません。世の中で良いと思われているものは、それなりに理解したり、チェックしなければいけない。そのうえで、自分の価値観に照らして判断することが大切です。

イノベーションを起こす企業には必ず真の教養人がいる!

ここまで動的教養の磨き方をお話ししてきましたが、「イノベーションを起こす企業には必ず真の教養人がいる」ことを紹介して、第1章を終えましょう。真の教養人とは、もうお分かりだと思いますが「動的教養」を備えている人のことです。

イノベーション
innovation。新結合、新機軸、新しい切り口などを指す英語。技術革新の英訳と思われがちだが、それだけでなく、アイデアや革新的な物事に基づいた、自発的な人・組織・社会の変革のこと。

たとえばサントリー。サントリーはハイボールブームを巻き起こし、いま、日本のウイスキーの市場シェアで過半数を占めています。お酒自体の消費量が減るなかで、ウイスキーの市場は伸びている。その背景には、サントリーのさまざまな戦略が功を奏していることは間違いありません。

僕が以前ナビゲーターを務めていたNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、サントリーのウイスキーブレンダー・輿水精一さんに登場していただいたこともあり、東京の研究所の人にお話を伺う機会がありました。そのとき、「サントリーの社員の人たちはみんな楽しそうに働いているな」と感じたものです。

サントリーといえば、「水と生きる」という企業理念が有名です。そのほか、創業者の鳥井信治郎の座右の銘である「やってみなはれ」「利益三分主義(利益は自社事業、取引先や顧客、社会貢献の3つに使う)」など、そもそも企業理念からしてイノベーティブなマインドに満ち溢れています。

イギリスにしかないスコッチタイプのウイスキーを日本でもつくろうという鳥井信治郎の「やってみなはれ」精神、そのDNAを受け継いだ現代の社員たちの「最高のものをお客様に届けたい」という想い。それらが市場シェア過半数という成果となって現れるには、単にやる気があっても、知識があってもダメだったのではないでしょうか。

時代を読む力、いまの消費者が何を求めているかなどの情報が必要なのはいうまでもありません。ただ、それだけではなく、みんながその仕事が好きでやっている。楽しく仕事をしている。そういう環境でこそ、イノベーションは生まれるのです。そして、その環境づくりの背景には、動的教養の存在が欠かせないのです。

もうひとつ、世界的な電子楽器メーカーのローランドもイノベーティブな企業です。創業者であり、「MIDIのゴッドファーザー」とも呼ばれた梯郁太郎さんは2017年に亡くなったのですが、生前に対談させていただく機会がありました。

MIDI(Musical Instrument Digital Interface)
電子楽器の演奏データを機器間で転送・共有するための共通規格である。「ミディ」と読む。

電子楽器の創業期にはやはり多くの苦労があったようで、梯さんも創業して間もないころは三日三晩徹夜でいろいろなデバイスを開発するような状況だったといいます。作業に熱中していると、部屋の外が明るくなって、暗くなり、再び明るくなってくるのが繰り返されるのだそうです。

梯さんはその当時の思い出をとても楽しげに話す人でした。こういう人が静的教養だけでなく、動的教養を備えた真の教養人だな、と感じたことを覚えています。

「GAFA」にも、そうした共通点が浮かび上がります。GAFAとは、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェイスブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の4社の頭文字を取った総称です。皆さんご存知の、世界を激変させているイノベーティブなアメリカを代表するIT企業で、世界時価総額ランキングの上位を占めています。

GAFAの共通点はインターネット創成期に覇権を握ったこと。人々の「知りたい」という欲求=情報を得たいという欲求に対する解決策を提示できていること。たくさんの失敗を繰り返しながら成功モデルを大きく育てるというイノベーション戦略をつねにとっているところなどです。

ちなみに、Googleの社訓は「Don't be evil.(邪悪になるな)」。Facebookには5つの社訓がありますが、「素早く動く(MOVE FAST)」、「大胆であれ(BE BOLD)」、「社会的価値を築く(BUILD SOCIAL VALUE)」など。

まさに、自らの仕事を楽しみながら、人々の心の動きや行動を理解するという、最高に難しいことを成し遂げてきたパイオニアであり、これからの時代に必要な動的教養を磨くロールモデルであることは間違いありません。

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