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作品に一票を投じるということ

インテリアコーディネーターとして働いていた時、内装の相談にのり、アドバイスをするといった業務と同じくらいウエイトの大きかったのが”物販を売る”という役割。”物販”とはつまり家具やカーテン、照明器具などなど。ハウスメーカーにアシスタントとして入ったばかりの頃は、先輩方の見事な売りっぷり(あ、失礼、仕事ぶり)に惚れ惚れするばかりでした。

当初は高額の品を売ることに慣れなくて、まごまごしていたけれどそれらはお客様にとって必要不可欠なもの。なにせテーブルやベッドといったアイテムは生活においてなくてはならないものですから。高くても必要なものなんだ、と自分に言い聞かせるうちに、だんだんと慣れてはいったのだけれど、最後まで”物販を売る”のが苦手なインテリアコーディネーターのまま終わったような気がします。

そんな私が時を経て、今は生活になくても困らないアートを人様にお勧めする仕事をしているのです。じゃあ、コーディネーター時代より熱が入らないかと言えば真逆です。作品にほれ込んで本当に良いと信じているから「是非是非是非~」と唱えながら(心の中で)お薦めしています。そこは製品と、唯一無二の存在であるアートとの違いが、私をそうさせるのかもしれません。だからといってアートアドバイザーとしてばりばり活躍して成功している訳ではないのですが。

ただ、今は作品が決まる度にこう思います。アートが売れると作家は幸せ、もちろんギャラリーも私も幸せ、そしてお客さまはもっと幸せ。『あきない世傳金と銀』(高田郁著)に出てくる「買うての幸い、売っての幸せ」のフレーズそのままにみんな幸せ。まさにアートが作るハッピースパイラルです!

と、売る、買うといった表現を使いながらふと頭に浮かぶのは、ここ数年SNS上で定着した「~をお迎えする」という表現。これに関しては私だけではなくちょっと違和感を感じる方も多いようです。「迎える」とは本来、ほとんどが人に対して使う表現。もちろんアートの場合はそこに作家の魂がこもっていると思えば、作家の分身のようなもの。そうなると「迎える」という表現は自然と言えば自然。だけどなんだか違う気がする。誤解のないように言えば、私自身も以前はまさにアートを擬人化している表現をよく使っていたのです。「作品がお嫁入りしました!」なんて感じで。

しかしこの仕事も長くなり、作家と話す機会も多くなってくると、彼らの大変さを肌で感じるようになってきました。アトリエを借り、作品の材料を仕入れ、日々こつこつと制作に邁進する日々を送っている作家たち。作品が売れるということはモチベーションが上がることに加え、お金を得て生活をし、これから先の制作活動を支えることを意味します。この当然過ぎる経済のサイクルを擬人化して「ほんわりいい気になってる場合か、自分!」とちょっと反省したのです。

それ以降、お嫁入りという言葉は封印しました。もちろんお客様がそのくらいのお気持ちで、作品を迎えてくださるのはとても嬉しいこと。けれど私自身はお売りする、買っていただく、そんなキリットした表現を使うようにしているのです。たまに「ちょっと冷たすぎるかなあ」なんて思う時もあります。しかし別の適切な表現が見つからないでいたところ、先日とても良い表現に出会ったのです。

それは「作品に一票を投じる」というフレーズ。

その言葉に出会ったのは、先日京都で開催された作家手塚愛子氏の展覧会に合わせた小さなトークイベントで私がお相手を務めた日のこと。会場には長崎の出島にインスパイアされたという大型の作品が並び、それは見応えのある展示内容でした。しかしそれらと同じくらい印象的だったのは壁に掲げられた彼女のステートメントです。そこにはベルリンと東京を拠点に、作家活動を続けている彼女の苦悩や闘いぶりが感じられ、読んでいるうちに胸に迫るものがあって、しばらくその前から動くことができませんでした。そしてトークイベントでは、その時私の中で沸き起こった感情を含みつつ、できるだけ美術の専門家の方とは違う角度から、お話を伺いたいと考えたのです。

当日参加なさった方の中には*アート中之島で手塚作品をコレクションなさった方もいらして、小さなイベントながらその熱気ははすごいもの。次から次へと手塚氏から飛び出すお話に私もついていくのに精いっぱい。なんせ自分も一聴衆として楽しみながらお話を伺っているのですから。

話の途中、手塚氏からは「展覧会に向け大きな作品を制作する。あるいは美術館に購入を決めてもらう。それには時間もコストもかかります。皆さんが作品を購入してくださることで、制作が続けられるのです」という話がありました。それを聞いて、皆さん、より一層作家を応援している、そして繋がっているんだというお気持ちが高まったようです。(私はそこでぶんぶん頷く)

トークが終わっても、まだまだ興奮冷めやらぬまま、手塚氏を囲んでのランチ会へと場所は移ります。そこでも話が尽きることはなく、皆さんからの質問も途切れることはありません。その様子を見ていると、現代アートの作家と直に話すということが、どれほど刺激的なことなのかが伝わってきます。アート中之島で作品を購入するまでは、美術には興味があっても現代アートとなると、なんて思ってらした方がほとんど。そんな方たちが目を輝かせながら、ご自身のアートへの考えも交え、手塚氏と熱く語り合っている様子は感動的なものでした。

そんな中「作品を購入することはその作品に一票を投じるってことなんです」と、テーブルの向こうの方から聞こえてきた手塚氏の言葉に思わずハッとしました。一票を投じる行為はどの選挙においても真剣勝負。そして作品を候補者にたとえるあたりがものすごく腑に落ちた感があったのです。確かにフェア会場での皆さんの真剣なご様子は単なるショッピングではないなあ、なんてアート中之島の雰囲気を思い出したりして。

かなり以前の話になりますが、手塚氏のTwitter(現X)で「作家は一生懸命作っているのだから購入する側も一生懸命買ってほしい」といった旨の呟きを目にしたことがあります。とても心に響いたのでずっと覚えていたのですが「一票を投じる」という言葉はそれと同じくらいの印象的だったのです。そしてこれら2つのフレーズは、私の中でがっちり堅いイコールで結ばれました。

「一生懸命買う」=「一票を投じる」といった具合に。

作品がお嫁にいくなんて擬人化するより、ずっとずっとこの表現の方がしっくりくる。作家の想いもしかと受け取ることができそうです。うん、これからは絶対こんな風にお客様に作品を選んでもらおう、なんて心の中で大きくメモしました。(書初めレベルの大きさかも)

という訳で、今年のアート中之島では「好きな作品に清き一票を!」なんて叫んでいるかもしれません(笑)。

*2014年から大阪堂島で私が主催している日本で一番小さなアートフェアです。



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