『シュガーラッシュ:オンライン』のラルフの話

『シュガーラッシュ:オンライン』を久しぶりに今観ている。
先日遅ればせながらBlu-rayを買ったので。

公開当時に感想記事を書いて、そこでもちょっと書いてたけど、今観ていてとにかくラルフがつらい。
プリンセスたちの自虐ネタを指して「そこまでやるか!?ディズニー」とかいうキャッチコピーがあった気がするけど、そこじゃなくとも「そこまでやるのか…」と思わずにはいられない。(褒めてます)

何がつらいって、この映画はプリンセス・ヴァネロペの夢を叶える物語であると同時に、心を病んでいるラルフを描いた映画でもあり、そのラルフを見るのはとても苦しいのだ。
というわけで、今回はヴァネロペとプリンセスの話でなく、ラルフとヒーローの話。

ラルフは「勇敢なヒーロー」じゃなかった?

ラルフは大好きな親友ヴァネロペのために、彼女の望むことはなんでも叶えようとする。(自分に責任があるということもあるけど)彼女の
ゲームを救うため、危険を冒して、体を張ってインターネットの世界で奮闘する。

なぜなら彼は「ヴァネロペのヒーロー」だから。

大抵の子ども向けアニメは彼を賞賛するだろう。昔のディズニーだってそうしたはずだ。
彼は「友だち思いの勇敢な男」あるいは「恋人のためになりふり構わず自分を犠牲にして闘うヒーロー」なのだから。日本のTwitterなら「漢(おとこ)」と呼ばれもてはやされそうでもある。

でも、『シュガーラッシュ:オンライン』はそうしない。

このアニメ映画は「たった一人の特別な相手との関係」のみに依存することや、「他人を助けることだけに自分の存在意義を見出すこと」いわゆるメサイアコンプレックスの危険性を描いている点で画期的なのだ。

「ヴァネロペのヒーロー」であることの歪さ

ラルフは前作まで「壊し屋」として忌み嫌われ、悪役としてしか生きられないことに不満を抱いていた。自分を初めて「ヒーロー」と呼んでくれたヴァネロペに深く依存するのもまあ頷ける。ラルフはずっと「ヒーロー」になりたかったのだから。

この「ヒーロー」というのがまた厄介なものだ。
「ヒーロー」とは、弱い者や窮地にある者を救う、強い力を持つ者。善でありかつ強い者を私たちは「ヒーロー」と呼ぶ。
ラルフは「ヴァネロペのヒーロー」であるために、ヴァネロペより強くあり続けなければならないのだ。

もちろん身体の大きさや物理的な腕力に関しては明らかに強いし、二人の外見年齢も結構違う。小さな女の子が大きな成人男性を「ヒーロー」と呼ぶのは一見それほど違和感がないので、当初この問題は気にならないかもしれない。

しかし、『シュガーラッシュ:オンライン』でラルフが抱えているのはまさにこの問題なのだとおもう。

ラルフはヴァネロペの「親友」といいながら、彼女と真に対等な関係を築けていない。「ヴァネロペのヒーロー」として彼女を助け、保護し、救うことだけを自らの存在意義としている彼は「ヴァネロペのヒーロー」であるだけで満足している。というか、それが彼の全てなのである。

だからラルフはヴァネロペが「ラルフの親友」であるだけでは “not enough”だと言ったのが許せなかったし、彼女がシャンクをcoolだと大興奮して絶賛したのが不愉快だったのだ。ラルフはヴァネロペと一対一の、二人だけの関係に安住していたいのだ。それは、ラルフにはヴァネロペしかいないからであり、「ヴァネロペのヒーローとして頑張ること」しか自分を肯定する方法がないからだ。ラルフはその役目を他の誰にも譲るわけにはいかなかったし、ヴァネロペが自らの意思で、ラルフに守られる/救われるのをやめようとするのを許すわけにもいかなかった。
ラルフは「ヴァネロペのヒーロー」であることができなくなるのを恐れるあまり、彼女の強さや自由を認めるのを拒否してしまったのではないか。

実際、ラルフを救ったのは、ラルフの「自分の弱さを認める力」だった。ラルフはヒーローたるためにときに強がったりヴァネロペを子ども扱いしたりするのだが、弱さを隠さずさらけ出すことのできるある種の素直さも持っている。ヴァネロペのためというのは言い訳で、ヴァネロペを連れ戻したい自分のためだったのだと認めること。自分が寂しくて悲しいのだということを認め、それでもヴァネロペを見送るべきなのだということを自分に言い聞かせること。それができる心の強さを持っていることが(シャンクも言ってたように)ラルフの本当の美点なのだろう。

まとめ

結局のところ、ラルフは一見ヴァネロペのために頑張っていたようで、実のところは自分の心を守るためにヴァネロペを束縛しようとしていたのである。それをよくわかるように描き、そんな関係のあり方を否定したのが『シュガーラッシュ:オンライン』だった。
そう思うと、やっぱりこの映画はラルフの映画なのだ。同じくらいヴァネロペの映画でもあるさじ加減がすごいけど。

「その頑張りは本当に彼女のためなんですか?」「彼女はそれを望んでいるんですか?」「彼女は守って/助けて/導いてやらなきゃいけないほど弱いんですか?」
と、頑張るヒーローに問いかけるアニメ映画というのもなかなか重いが、すごく正しいとも思う。

ラルフにとって「ヴァネロペの親友」であることと「ヴァネロペのヒーロー」であることはあまりに固く結びついていた。でも、ヒーローでなくても親友であり続けることはできるのだ。

対等で健全な人間関係は、精神的に自立した個人どうしの間でこそ育まれるということを、この作品のラストシーンは示している。ラルフは夢を叶えたヴァネロペを見送り、「ヴァネロペの◯◯」以外のアイデンティティを築く努力を始める。ビデオ通話をする二人はやはり少し寂しいものにも映るが、これも現在のハッピーエンドのひとつの形なのだと改めて思った。

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