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筋肉を鍛えたら明るくなるんじゃないかと思っている(実験)

 雨だ。今は前の職場の先輩から呼ばれたので、ルノアールで時間を潰している。先輩は午前中仕事の午後半休だが、多分時間であがれないのだろう。

 平日昼間のルノアールは訳ありで面白い。保険の勧誘。何やら声をひそめた男女。私が着席した時にはガラガラだった店内が、いつの間にかラーメン屋だったかな?という感じでごった返している。因みにこの先輩と会う時は必ずと言って良い程に雨が降り出す。外は雨が激しく蒸し暑かった。

 仕事を辞めてから、最初はウキウキと解放感を楽しんでいたが、途端に脱力感に見舞われ、寝ても寝ても眠くて仕方なくなり、今までの嫌だった瞬間や経験が鮮明に思い出されるようになった。youtubeを流し見するようになり無気力さが増し「これはまずいぞ」と思い始めた。周囲からは.
「どこか遠くに行ってきたら。せっかくだし」とか
「今はゆっくり休む時なんじゃないかな、一年くらいは時間かかるんじゃない」とか
「ゆっくりするって言って延々とダラダラしそうだから働く間は開けない方が良い」とか色々な声をかけて貰った。その一つひとつが心に響くが動けない毎日が続いた。

 本を読むと鬱々した気持ちには軽い運動が効果的との事。いつの間にかそういう系統の本を買うようになっていった。まずは夜に市内を1時間半程かけてウォーキングするようにした。日によって、歩きながら泣いている日もあった。「なんか、疲れちゃったなあ」と思いながらも足だけは動かした。少しずつ気力が戻ってくるのを感じた。

 そのうち、「筋肉を鍛えたら明るくなるんじゃないだろうか」と思い始めていた。そして近所のジムに通い始めた。「おはようございます!」と、トレーナーの方々も元気いっぱいだ。
「痩せたいとか何か明確な目的とかありますか?」
「えっと、元気になりたいんです。身体動かしたり鍛えたら元気になるかと思って」
「大丈夫ですよ、必ず鍛えたら元気になります!一緒に頑張りましょう!」

 と、限りなく明るくトレーナーの方は言ってくれた。教えてくれる方は2人居て、褒め上手なAさんと出来ない所をとことん厳しめに詰めてくるBさんが居て面白い。褒め称えられた日の後には、出来ない部分を理論的に詰めてくる。そのバランスが絶妙だが、未だかつてない筋肉痛で歩くのもヨチヨチしている。こんな事は初めての経験だが、そうやって目覚めさせる作業をすると身体とは不思議と元気になってくるのだ。

 先輩からLINEが来た。別の喫茶店へと移動する。
ファミレスだった場所に、大きな喫茶店が出来ていた。紅茶を頼むと、ウエイトレスさんがコップをひっくり返した。
「すみません、すみません」
「大丈夫ですよ」
特に何もなっていなかったし、コップは空だったのだが、ウエイトレスさんは本当に恐縮して謝っていた。すると次に別の人がパンケーキを運んできてくれた。ウエイトレスさんが、
「あ!」と言ったのと同時に大きなボトルに入った重そうなメイプルシロップの瓶が宙を飛び、メイプルシロップを吐き出しながらソファにドスン、と落ちた。しかしそのウエイトレスさんは全く動揺せずに、そして顔色を変えずに
「あ、すみません」と軽く告げて居なくなってしまった。

 その様子を見て学んだ。流す能力を身につけて、体力をつけて気力をつけて、明るい未来を信じよう。

 そんな、なんてことないけれど「え、そんなことある?」という一日だった。でもそれで良いのかもしれない。これからもルノアールには注目していきたいと思った。

 雨以外に、色々なものが降ってくる日だった。

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