見出し画像

#18 将来の夢

先輩の経営する接骨院は、来客もなく、すんなり見学させてもらうことができた。

なんてことはない、アパートの一室を解放している接骨院で、治療に使う機器のこと、保険診療のことについて話をした。

行きに40分、帰りは渋滞に巻き込まれて50分。

僕の運転する車の助手席に揺られながら、エリカは、初めて自分のことを話してくれた。

柔道整復師の資格を取ってから働いていた院のこと。

接骨院は「リピート客」が欲しいため、一度で治してはいけなかったこと。

そのため院長と治療方針が合わなかったこと。

「治療するスペースがあって、お金の相談ができるスペースがあって、子どもを預かれるスペースがあって…」

エリカの描いた、理想の接骨院設計図を見せてもらった。

なんだかそれだけで、ワクワクした。

「君はどうなりたいの?」

エリカが聞いてきた。

このまま行けば、目指す所は生命保険営業のトップだ。
そう答えるべきだ。

でも、エリカの夢があまりにも魅力的だったので、僕もつい本音が漏れてしまった。

「僕は……心理カウンセラーになりたいかな」

実は、資格取得講座を調べたこともあった。

貯金もなく、頭も悪い僕には無理だとは思ったのだが、僕が精神的に参っていた時、道を示してくれたのはカウンセラーさん達だった。

僕もあんな風に、精神的に悩んでいる人々に、行く先を示せる人になりたい。

それはきっと、僕自身の回復にも繋がるし、死にたくなるほど苦しんだ僕の経験も、役に立たせることができるんじゃないかと思った。

「君はカウンセラーに向かないよ」

エリカは、きっぱりと言った。

「カウンセラーは、人に関心がない人に向いている。相手がどの方向に進んでも、ただひたすら相槌を打つ人だ」

言われてみると、そんな気がしてきた。

「君は、人に関心がない人じゃないでしょう?」

「そうか……そうかもね」

だからと言って、何をしたら良いのかは分からなかった。

正直営業職は、続けていける気がしなかった。

毎日毎日、人とろくに会話もできない日々。

保険屋というだけで、邪険に扱われ、嫌な顔をされる。

ひたすら通い続けて、いつか相手の心がほぐれるのを待つ仕事。

何百件と総当たりし、タイミングの合うたった数%の人を探し出す仕事。

覚悟の上だったとは言え、ここまで虚しく、やりがいのない仕事は、初めてのことだった。

「君はコミュニケーションを教える人になるといいよ」

「コミュニケーション?」

そんな職業は、聞いたことがなかった。

「どこで資格が取れるの?」

僕が聞くと、エリカは笑い出した。

「君はもう、コミュニケーションの達人でしょ?」

研修生を束ねたり、社員と交流したり、とてもじゃないが自分にはできないと。

そうなのだろうか。

確かに入院中は、ソーシャルスキルやアサーティブコミュニケーションについて勉強していたが、それが身になっているのだろうか。

親や彼とまともにコミュニケーションの取れない僕が、達人だなんて夢にも思わなかった。

それをどう仕事にしたら良いのかは、見当もつかなかったが、親や彼とコミュニケーションを取ることを、諦めなかったことが、報われたような思いがして嬉しかった。

それから僕らは、道中色んな価値観を交換した。

人について。

死について。

宇宙について。

正直エリカのことを、ただの勉強好きなコミュ障だと思っていたので、ここまで深い話ができる相手だったことに驚いた。

今まで出会った人達は、日々生きていくのに精一杯で、そんなことを考える余裕もない人ばかりだったのだ。

僕はますますエリカに興味をもった。

また会って話をしたいと思わせるのに、充分な時間を過ごした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?