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経営実務のための会計(5)管理会計の罠

三木 僚祐先生の「レレバンス・ロストの再考」から、もう一段、詳しく伝統的な管理会計が持つ課題について述べてみたい。

事業部責任会計の問題

すでにいまから40年近く前に、キャプランは事業部責任会計に内在する問題について、以下のように考えていたようです。


事業部は、責任会計の理論の中では、利益センターとみなされているが、この利益センターが問題を生じさせている原因
について、Kaplan は、6 つの理由を挙げている。 (*以下、一部省略)

第 1 の理由として、1920 年代や 1930 年代には、短期財務業績に対する圧力が、1970 年代や 1980 年代ほど強くなかったことが挙げられている。

第 2 の理由として、1924 年と比べて 1984 年において、管理者の移動が多いことが挙げられている。便益を評価するのに長期間を有する投資を思いとどまる。

第 3 の理由として、1920 年代の小規模企業では、事業部長が、長期の競争優位を犠牲にして短期の利益を達成したとき、上級経営管理者はその事実を明らかにできたかもしれないが、現在はそれができないのである。

第 4 の理由として、雇用制度の変化を挙げられている。現在は、企業の管理者の多くが MBA 出身者で、製造業務や技術に関する知識を持っていないことも、製造業に対する無関心を招いていると考えられる。

第 5 の理由として、年間損益によって、上級経営管理者の報酬が影響を受けるので、彼らは、事業部長に対して年間利益の達成を強く要求するようになるのである。

第 6 の理由として、1980 年代の環境は1920 年代とは激変し、かつてはうまく機能していたマネジメント・コントロール・システムも、現在では、不適切なものになってしまうのである。

上記のように事業部責任会計の「短期業績志向」と「製造業の製品ライフサイクル軽視」を克服するために、キャプランは製品別業績管理を主軸にすることを提唱しています。

Johnson=Kaplan は、製品多角化を管理するためには、事業部制組織を構築しなくとも、製品ごとの管理を行なえば良いと述べている。つまり、事業部に代わって製品が利益センターになるということである。また、分権化の必要がなくなるため、上級経営管理者の製造業務への無関心は回避される可能性がある。
製品別業績管理システムでは、特定の期間ごとではなく、製品ライフ・サイクル全体の損益を計算する必要がある。したがって、製品は利益センターであるが、その利益は短期利益ではなく、製品ライフ・サイクル全体の利益を意味することになる。また、製品別業績管理システムによるマネジメント・コントロールは、プロジェクト志向になることになる。

現在において各企業とも当然のことながら、新製品やプロジェクト立ち上げ時の投資判断においては製品ライフサイクル全体やプロジェクト全体収支に関するROIについて、かなりしっかりとした議論されていると思う。皆さんはそれで十分ではないかと思われるかもしれないが、三木先生によると彼はもっとラディカルに考えていたようです。

Kaplan は、短期利益設定および短期利益統制という機能を管理会計システムの中から完全に排除している。事業部制組織構造を否定し、プロジェクト志向の製品別業績管理を行うのである。したがって、従来、管理会計システムの中核と考えられていた予算管理もなくなってしまっており、従来とはまったく異なるマネジメント・コントロール・システムが構築される。

つまり、以前、私がこのブログで書いた事業部制組織そのもの、また事業部単位での業績評価や予算管理への取り組み自体を否定されているのです。

伝統的管理会計の呪縛

この後、キャプランはノートンとともにバランスト・スコアカード(BSC)を提唱し、非財務指標を企業や組織評価に組み込むことで、米国企業が持っていた「短期利益志向」から「成長の視点」「顧客志向」「プロセス(オペレーション)」「組織と人材」に経営者が目を当てるよう、伝統的な管理会計の枠組みからマネジメント・コントロールの仕組み構築へと大きく踏み出していきます。

しかし、そんな彼らの課題感・提言も虚しく、米国企業がこのBSCの仕組みを入れたにせよ、入れなかったにせよ、その後の40年の間に米国製造業全体の衰退を救うことはできなかったように思えます。

現在、日本の大手企業の多くがセグメント開示を迫られて以降、以前よりも事業部責任会計はさらに厳格に管理・運用しているところが多いように思われます。
これは私の仮説ですが、これまで日本企業が築き上げた伝統的な事業部制や責任会計の仕組み(マネジメント・コントロール・システム)そのものが、各組織単位に細分化された目標予算達成ありきの短期利益志向に陥らさせ、いつの間にか日本企業の成長そのものを抑え込んでしまっている可能性があるように思います。

事実、財務省の広報誌に載っている「企業の財務構造の長期推移」を見ると、1989年以降の日本企業のバランスシート(貸借対照表)の長期推移においても、企業トータルで見ると着実に利益を上げて、内部留保を貯め込んできたものの、売上成長の面では横ばいになってしまっています。

一方、米国では製造業に代わって、金融業、そして、最近ではAFAを中心としたネット系企業が米国経済の成長を支えるようになっています。

収穫逓増の世界にいる彼らネット系企業は、目先の利益よりも、がむしゃらにサービスの成長に注力し、今日ではメガ・プラットフォーマーとして圧倒的優位性と利益を享受しています。

そもそも、彼らが厳格な事業部責任会計や予算管理をしているような話は聞いたことがありません。
一方、サービス成長面においては、どんな小さな追加や修正であっても、ページビューやCVRといったKPI指標で緻密に管理し、打ち手の採用可否を猛烈なスピードで判断・ブラッシュアップをし続け、圧倒的なユーザ数を持つプラットフォーマーとして世界に君臨しています。

以前、インダストリー別P/Lをあえて作成しない外資系企業について紹介しましたが、これまでも脱予算経営(Beyond Budgeting)といった考え方など、伝統的な管理会計・業績評価指標に潜む罠を克服するために、新たな試みや提言もなされています。いずれも多くの企業に広く採用され、マネジメント・コントロールの主流派になっている訳ではありませんが、検討には値すると思います。

管理会計はマネジメントの基本として非常に重要なツール(武器)なのですが、伝統的な管理会計や業績評価指標だけに縛られている(それが唯一絶対のもの)と思っていると、企業の将来、事業の方向性と違った方向に組織が動いてしまい、いつの間にか、企業自らが過去に構築した「管理会計制度」に足を引っ張られる危険性もあることはぜひ理解しておきましょう。


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