見出し画像

出資を”クロージングする”とはどういうことか

 テンキューブ株式会社の伊藤です。
以前書いた出資のクロージングに関するTipsをその後の情勢も踏まえてアップデートしましたので再掲します(24/2/18日)!

 さて今回は、「出資のクロージング」について書きます。スタートアップのエクイティファイナンスについては、種類株式やらコンバーティブル・エクイティやら諸々の手法や条件についての知識がだいぶ共有されているように思います。一方、では、「実際にメールや会議で交渉し、エクセルであれこれ試算した増資シミュレーション結果をどうリアルに着地させたらいいのか」という点についてちゃんと書かれたものはほとんどありません。その辺は弁護士任せ・司法書士任せ、という方も多いんじゃないでしょうか?今日は、その”クロージングだけ”に発行会社の実務家目線で焦点を当てて、なるべく一般的に、かつ応用可能なように書きたいと思います(※もちろん、クロージング方法も個別性がありますし、日々進化・変化を遂げるので、ここは違うな、みたいな話は当然あり得るという前提です。また、個別事案については当然顧問の先生方とご検討されてください)。
 なお、ここでは”出資”の対象証券をスタートアップのシリーズA以降などで多用されている優先株式を想定していますが、J-KISS型新株予約権等についても、クロージングの方法論・手続き論としてはほぼ共通となります。


1.クロージングとは?

 クロージングとは、総論的には
「交渉ごとを、実際の契約書等の形に落とし込み、締結すること、お金のやりとりが伴う場合は契約に定められた内容・方法にて着金が完了すること」
をいいます。エクイティ・ファイナンスについていえば、
「発行企業において各種の機関決定が終わり、必要な契約書等の締結、出資金が着金すること(+その事後処理まで終えること)」
となります。
 出資条件の交渉は一つの山場であるわけですが、このクロージングというのは、たとえれば「絵に描いたモチ」(交渉)を「本当のモチにする作業」(着金)といってもいいかもしれません。しかし、”作業”だからといってタカをくくっているととんでもなく痛い目に遭うのですね。

2.クロージングまでに決めておくこと

 クロージングは1で書いたように契約締結と資金移動の実務ですから、それまでに、前提となる「中身」の交渉を終えていなければなりません。具体的には、主に以下のものとなります。
 ①タームシート
 ②出資の前提条件/表明保証事項の達成
以下説明しましょう。

(1)タームシート

 タームシートとは、出資いただく株式・新株予約権等の内容の概要を要約したものであり、発行要項(発行要綱)と呼ばれます。ただし、会社法には厳密な定義はなく、定款・投資契約書・株主間契約書・財産分配契約書など複数のドキュメントにまたがる内容のうち、特に重要な項目についてまとめた表をタームシートとして作成し、これを挟んで出資交渉する、ということになります。タームシートの例としては、たとえば下記に記載の表などがイメージとなりますね。

大別すると、株式等の内容に係るもの(発行する株式の種類・数・割当先のシェア・優先配当の順位・残余財産の分配順位・希薄化防止など)、ガバナンスに係るもの(役員の派遣ルールや同意事項・報告事項など)、EXITに係るもの(株式の買取請求権・売却請求権・売却参加権(Tag Along)・売却請求権(Drag Along)・みなし清算など)に分かれます。
 これらの重要事項で発行会社(起業家)と出資者(投資家)がおおむね合意に達したら、今度は、タームシートの各項目を、定款・投資契約書等の該当箇所に条文としてカチっと嵌め込んで書き込んでいくことになります。ここは、基本的には発行会社側が顧問弁護士等と雛形のドラフトを投資家側に提示し、修正履歴を交えながら固めていくことになろうかと思います。もっとも、シードスタートアップで、そうした雛形類の蓄積がないとか、知見が明らかに不足している、といった場合にはリード投資家などが雛形類をつくり、発行会社側に提示するという場合もあるでしょう。

(2)出資の前提条件/表明保証事項の達成

 さて、タームシートを各種雛形等に落とし込むのと並行して、そこに記載される出資の前提条件又は/及び表明保証事項を点検して、出資が実行されるまでに(あるいは契約書等で実現を求められる時期までに)、それらの項目が満たされるようにする必要があります。
 ここで、「出資の前提条件」と「表明保証事項」の違いが分かりにくい、という声が結構多いのですが、出資の前提条件は文字通りこれらの条件が満たされないと出資が行われない項目です。たとえば、会社法上必要となる手続きが履行されること、指定した書類が事前を提出すること、特定の取引が解消すること(一部関連当事者との利益相反取引など)などの”アクション”が求められる場合があります。一方、表明保証は”対象となる事実の正確性/真実性を保証すること”です。たとえば、発行会社が適法に設立され当事者能力があることや、財務諸表の正確性などがこれに当たります。表明保証が満たされること自体も出資の前提条件の要素となります。
 出資の前提条件については、そこに列挙されている条件を一つ一つプロセスとして実施していく、クロージングの一部を成しますので、3以降のプロセスに置き換えて説明します(言い換えると、3以降のプロセスを完了させれば、最低限の条件は満たすということ)。
 一方、表明保証については、クロージングの前と後とでは対応する方法が異なります。クロージング前の場合は、表明した保証に違反する事実が明らかになった場合、それを修正するまたは表明保証の対象から除外してもらうケースと、そもそも投資家が撤退する(クロージングまでいかない)ケースとがあります。クロージング後に違反が発覚した場合は、軽微な場合を除き、損害の賠償か株式の買取請求に発展することもあり得ます。したがって、デューデリジェンスで明らかになった事実はほったらかしにせず、投資契約書上どう修正するか、除外してもらうかなど、面倒でも早めに投資家と交渉することが必要です。発行会社側で気になっているポイントがいくつかあったのに、黙っていたために後で揉めごとになる、というケースがあります。デューデリジェンスは単なる書類提出事務ではない、ことを肝に銘じましょう。

 なお、複数の投資家との交渉の進捗が揃わず、一部投資家が想定したクロージング日(払込期日)に着金まで行うことがどうしても難しそうな場合は、投資契約書に追加クロージングの事項を定めるとともに、株主間契約においても、後から参加した投資家が株主間契約に追加の覚書で参加できるような定めを規定しておく、などの工夫をすることになります。この辺の情報は、ドキュメンテーションをする弁護士等にもよく情報を共有して、対処策を設けるようにしましょう。

3.クロージングの具体的準備

(1)増資方式の選択

 増資の必要手続きは基本的に会社法に則って進行します。注意点としては、発行会社の機関設計と増資手法の選択によって流れが異なることです。

機関設計ー取締役会の有無
 シードステージの会社であれば、なるべくシンプルな会社運営とするため、取締役会を置いていないケースがほとんどだと思います。これは、取締役会には取締役3名以上+監査役が必要とされるほか、取締役会を定期的に開かないといけないなどの点があるからです。この形態の場合、増資の決定は株主総会に諮ることになります。
 一方、取締役会を設置している会社の場合は、株主総会で①定款変更(種類株式の発行や発行上限株式数の変更など)、②募集事項の決定を取締役会に委任する件、という2つの議案を上程する必要があります。
 以下では「取締役会設置会社」を基本形として説明しますが、取締役会の無い会社についても適宜言及していきます。

増資方式ー「申し込み方式」か「募集株式総数引受方式」か
 結論からいうと、「申し込み方式」は経験的にはほとんど採用されておらず、「総数引受方式」が主流かと思います。以下説明します。
 申し込み方式とはおおむね以下の段取りで進みます。
  増資の決議
   ↓
  募集事項を投資家に通知
   ↓
  投資家が発行会社に株式の引受を申し込み
   ↓
  発行会社が申し込み者に割当てる決議
   ↓ ※割当決議は払込期日または払込期間の初日の前日までに行う
  払込期日(または払込期間の初日)
 一方、総数引受方式の場合は以下のとおりとなります。
  増資の決議
   ↓
  募集株式総数引受契約の締結
   ↓
  払込期日(または払込期間の初日)
 前者の場合、①会議を3回(定款変更・委任決議+募集事項決定の決議+割当の決議)しなければならない、②割当決議を払込期日(または払込期間の初日)の前日までに行う必要がある、③通知・申し込み・割当と往復する書類が必要になります。後者の場合、①会議は2回でよい(定款変更・委任決議+募集事項決定・総数引受契約締結の決議)、②2回目の会議と払込期日(払込期間の初日)は同日でもよい、③割当関係の書類は総数引受契約だけでよい、となっており、前者より後者の方が手続きがシンプルなのです。したがって、多くの場合、総数引受契約方式が用いられています。

(2)決議方法の選択

 次に、「増資を機関決定する方法」について説明します。取締役会の無い会社の場合は、何事も株主総会で決めることになりますが、取締役会のある会社の場合、やや複雑になり、選択肢があります。

取締役会への委任の有無ー委任が基本
 増資を決議する場合、基本的には株主総会で決議をします。しかし株主総会は株主が多くなるほど連絡調整や招集手続きなどが手間となり、そんなにしょっちゅう気軽に開くわけにもいきません。また、増資の大枠・基本形が決まったとしても、投資家への割当シェアや投資契約の交渉が継続しているケースもあり得ます。一部の投資家からの出資は想定期限までに終わらない可能性もあります。そこで、投資家候補・既存株主からタームシート等についておおむね了解が得られた段階でまず株主総会で「募集株式の募集事項の決定を取締役会に委任する件」を決議し、その後割当先・割当株数の詳細が固まった時点で取締役会を開き、募集事項を決議する、という二段階で進めるのが主流となっています。なお、注意点として、増資方式として、先に述べた「募集株式総数引受方式」を採用する場合には、総数引受契約締結の承認は(定款で別段の定めがないかぎり)取締役会で決議することとされています。したがって、仮に募集事項の委任決議がなくても、総数引受契約の締結承認だけで取締役会開催が要る点は忘れないでください。

議案の概要
(株主総会)
※株主総会を招集するための取締役会を別途開くことが前提。
種類株式発行会社では、定款変更と増資に関して、全体の総会+各種類株主総会を全て開催することが必要です(普通株主総会も含む)。 
 1.定款変更の件
  →種類株式の内容を定款に盛り込む。なお、普通株式の場合は、発行可能株式数の引き上げがなければ定款変更は必要ない。
 2.募集事項の決定を取締役会に委任する件
  →「枠」として発行株式数の上限、株価の下限も併せて決議する。この委任決議は総会決議日から1年間有効なので、「枠」から逸脱しない限り、取締役会で何度も増資決議ができる。
(取締役会)
 1.募集株式の募集事項を決定する件
  →発行株式数、株価、払込期日(払込期間)、資本金と資本準備金の額
 2.募集株式総数引受契約締結の件

(3)会議の方法の選択

 さて、必要な会議と議案が固まったら、会議の「やり方」を決定します。選択肢としては以下のとおりです。
 リアルに開催する
 リアル+バーチャルで開催する
 書面決議(みなし決議)にする

リアルに開催する
 株主総会・取締役会をリアルに開催する場合、開催日に先立って、定款に定める招集期間を置かなければなりません。よくあるパターンは、総会の場合7日、取締役会の場合3日などが多いですね。この日数のカウントは、「招集する日と開催する日を除いて中●日」と数えるので、それなりに日数がかかってしまいます。大抵の会社では、定款でこの招集期間の短縮手続きを採る会社が多いと思われます。

リアル+バーチャルで開催する
 最近は、リアル開催の一形態として、オンライン会議ツールを使ったバーチャル開催も普及してきています。ただし、一部の上場企業を除き、株主総会の「オンラインだけ」での開催は認められていません(2022年7月10日時点)。これは、会社法で「株主総会は開催場所を決めて開く」ことになっているからです。バーチャル併用の場合、開催場所を一応確保したうえで、招集通知にバーチャル開催併用の旨を記載し、かつ議決権行使自体はリアルで出席する場合か予め委任状を提出する場合に限る、などの工夫が必要になります(場所は、「実際に集まれる場所」が望ましいとされているので、本社などが無難でしょう)。つまり、バーチャルだけで参加している株主は、形式的には傍聴しているだけ、という扱いです。もっとも、機関投資家が入っておらず、身内だけのような会社の場合は、そこまで厳密にやらず、バーチャル開催での投票+書類の授受だけで済ましてしまっているような場合も少なくないと思います。この辺の事務は日進月歩だったり曖昧だったりするので、顧問弁護士等ともよく相談しましょう。
 一方、取締役会は「オンラインだけ」での開催も認められるとされています。たとえば、電話会議・オンライン会議などです。ただし、良好な通信環境にあること=「即時、双方向で意思疎通が可能であること」と「取締役会への出席方法」を議長が確認し、議事録に残すことが求められています。なお、取締役会への代理出席は不可なので、海外出張だろうがワーケーションだろうがとにかく本人が出席することが必要です。

書面決議(みなし決議)にする
 書面決議は、実際には会議を開かずに「書面のやりとりによって開催したものとして扱う」というものです。書面決議には、株主総会については株主全員、取締役会については取締役全員が、全議案に同意することが必要です(一部の議案のみへの同意は認められません)。招集者からは議案を記載した提案書が送られ、議決権者からは同意書が返送されることにより、決議が成立したものとみなされます(監査役からは賛否ではなく「異議がない」旨の書面をもらいます)。この提案書・同意書の交換は紙である必要はなく、メール等によっても可能ですが、きちんと証跡を残しておきたいのであれば電子契約サービス等を利用して署名してもらうなどの工夫もすべきですね。なお、書面決議の場合は、「全員の同意書が揃った時点で決議成立」となるため、返事が遅い人には何度も催促して期限までに必ず同意書をもらいましょう。

 なお、増資のような「登記が絡むもの」の場合、議事録に会社代表印が必要になるため(取締役会であれば各参加者の印も)、リアル開催・書面決議のいずれも紙の捺印済議事録が要ることになります。
 ※厳密には、さまざまな煩雑なハードルを乗り越えれば電子署名手続きのみで登記に辿りつくことが可能なのですが、今はまだ実務的にはほとんど無理そうなので、その辺は省略します。

 上記の選択肢のうち、スタートアップの場合は、実質的な交渉はリアルまたはオンラインの会議で行い、最後の決議部分だけ書面決議で済ますという場合や、株主数がまだ非常に少なく招集の手間もかからないなら招集手続きを省略してリアル(+バーチャル併用)で開催する、といった方法が多いかと思います。事務手続きだけで考えれば書面決議一択のように見えますが、関係者に本番できちんと議長が背景も含めてあらためて説明したい、といった丁寧な運営も大事ではあるので、個人的にはリアル(+バーチャル併用)も十分に検討に値すると思っています。

4.クロージングの進行

(1)必要書類、スケジュール、参加者の確認

 1~3までの段取りで、払込期日から逆算し、各ステップでどのような書類がいつまでに必要か、契約書類であれば捺印が必要なものはどれかを洗い出し、表などにまとめます。弁護士・司法書士等とも密接に連携し、誰が・いつまでに・何を準備して、誰が・誰当てにいつまでに送付し、返事をもらうのか、しっかり進捗管理します。
 クロージングが具体的なスケジュール入りしたら、トップは管理部門と日々調整して抜け漏れがないようにすべきです。管理部門長や担当者でこの手の事務に慣れていない場合は、見様見真似ですますのではなく、必要に応じて外部専門家の知恵も借りながら必要事項を一つ一つ潰していきましょう。慣れていない株主や連絡がつきにくい株主などには、事前に説明して期日までに株主総会への対応などで何をしたらいいのか、理解を得ておくことも大事です。

(2)契約者、連絡担当者の確認

 投資契約書・株主間契約書・募集株式総数引受契約書・株主名簿などには、新規の投資家の名前が記載されますが、クロージング事務の担当者と同じとは限らないことが多々あります(会社の代表者や部門代表者など)。クロージング関係を密接に連絡できる投資担当者(投資契約書や株主間契約書に記載される連絡担当者)を特定してもらい、そのオフィシャルなメールアドレスをもらい、そこにクロージング事務の連絡メールを集約するようにします。事故があってはいけないので、私用メールやチャットなど複数のツールにバラバラに送るようなことはやめましょう。相手先の記載などで間違いやすいのは、契約者名・連絡担当者名・株主名の混同です。特に、相手が投資組合だったりするとどの書類に誰を記載するのか間違いが多くなります。以下は一つの例です(※これが絶対正しいというのではなく、一つの書き分けの例とお考え下さい)
(例)
 契約者名
  ABC1号投資事業有限責任組合
  無限責任組合員
  DEF株式会社
  代表取締役 甲野太郎

 連絡担当者名
  DEF株式会社
  マネージャー 乙山次郎
  j.otsuyama@***.co.p
 
 株主名
  ABC1号投資事業有限責任組合

(3)現物授受、捺印管理など

 契約書等のドキュメンテーションが終わり、確定版が仕上がったら直ちに会議にかけます。並行して、投資家にも締結書類を送付します。取締役会メンバー・株主・投資家各位に送るファイナル版ドキュメント一式を確認して、メールでよければPDFで送付、郵送必須なら郵送します。このとき、「出資の前提条件」で揃えることになっているものも極力送ります。この段階で出来上がっていないもの(総会議事録、取締役会議事録など)も出来上がり次第すぐに送付します。
 捺印については、投資家との合意次第にはなりますが、登記のため法務局提出が必須のもには捺印とし、それ以外のものは「PDFサイニング」にすると手間が省けます。これは、多数の投資家がいる場合などに、投資家の数×契約書の数だけサインページを作成し、各投資家はそのサインページに捺印をもらい、PDF化してもらって返信いただくものです。誰に何の書類に捺印してもらうかの捺印管理簿と、ファイナル版ドキュメントの授受の管理簿をつくっておきましょう。集まった各投資家のサインページをPDF加工ソフトで接合し、契約書本文と合体させたうえで各投資家に送信すれば、各社とも他の投資家がすべて契約締結にいたったことが素早く確認できる、というわけです。並行して、各投資家は捺印したサインページの現物を発行会社に郵送します。発行会社では現物を綴じて製本します(原本一部)。原本の複製版には原本証明を付して各投資家に返送します。なお、各投資家が「副本は嫌だ。全部原本でやってくれ」という場合は最終的には全部必要通数分の原本を作成することになるため、たとえば投資契約書5通・株主間契約書10通・財産分配契約書10通・総数引受契約書5通といった感じで大量の紙契約書を打ち出し、製本・郵送する、ということになります。総動員で対応するしかありません。

(4)送金・着金

 いよいよ「お金」の実際の送金手続きです。送金方法自体は投資契約書にて「発行会社の指定口座宛てに銀行振込で行う。振込手数料は投資家の負担とする。」といった記載かと思いますが、そもそもどこの口座を指定するかをまず決めなければなりません。この点に決まりごとはありませんが、多額の出資金が入金されてくる口座は、資本金口座として経常経費の払い出しの口座と分けておくのは一案です。というのも、経費口座は経理担当者などが日常的にアクセスし、資金移動も多いため、そうしたアクセスの多いところに多額の資金を滞留させることのリスクを回避するためです(これは経理担当者を疑うといったことではなく、純粋にリスク管理の問題です)。
 次に、送金の段取りですが、株主総会または取締役会にて決議された払込期日に確実にネットバンクの明細または通帳に記帳可能なように着金してもらわなければなりません。投資家側の担当者とは送金スケジュールを綿密にすりあわせ、できれば払込期日の朝一番で送金事務を行ってもらいましょう。遅くても正午頃までには完了していることが望ましいです。リスクとしては以下のような場合があるからです。

 ・窓口送金の場合、五十日(「ごとうび」)や連休の直前・直後は銀行窓口が混みあう
 ・銀行が法人店を減らしており、遠隔の店まで行かないと対応できない
 ・コロナ以降、予約をしないと窓口事務を受け付けてくれない、又は後回しにされる
 ・14時以降、送金事務を受け付けてくれない(緊急だといってゴネればなんとかなるケースもありますが、多額だと銀行側も慎重になるし、そもそも15時までに着金しない恐れもある)
 ・ネットバンキングの場合、PCがフリーズする・システム障害に巻き込まれる・送金上限額の設定にひっかかり手間取る
 
・海外投資家からの送金の場合は、マネー・ロンダリング規制の関係で送金が却下されたり、審査に時間を要したり、現地当局の外為送金許可に時間がかかる、日本の外為法規制により事前報告対象であることが判明しリードタイムが大幅に必要になってしまった(海外投資家との契約事務・捺印事務の設計は、可能なら払込期日の1~2か月以上前くらいから詰めておきたいですね)

 VCなどのプロ投資家の場合は慣れているのでほぼこのような問題になるケースはないはずですが、出資クロージングに慣れていない事業会社やエンジェル投資家、起業家の友人や社員などの場合、思わぬミスが生じることがあります。投資家には朝一の送金をくどいほど念押ししましょう。
 なお、総数引受契約の方式で増資をする場合、払込期日に1人でも(1社でも)着金が間に合わなかった場合、その他の間に合った方々の分も含めてその増資は無効となり、努力が水泡に帰しますので気を付けましょう。
※ついでに、「株主になる時期」ですが、払込期日を設定した場合は、それより前の日に送金してもらった場合も含め、払込期日に株主になります。一方、払込期間を設定した場合は、その投資家が払い込んだ日に株主になります。

5.クロージングのその後

 着金後は、結果を記帳し、司法書士に登記手続きを依頼するほか、各投資家・株主には着金およびお礼のお知らせをしましょう。また、PR Times等にリリースを出す場合は、あらかじめ投資家と文言をすりあわせ、効果的なリリースとなるようにしましょう。登記が完了したら、登記事項証明書原本と株主名簿記載事項証明書(原本証明付)を各投資家に送付します。
 また、投資契約書・株主間契約書等において、投資家派遣による社外取締役の選任が必要な場合などは、ただちに臨時株主総会を招集し、取締役選任手続を行います。これもリアル開催とするのか、書面手続きとするのかなどは投資家とも相談して決めてください。


 以上、今回は、”出資におけるクロージング”に焦点を絞ってまとめてみました。細かいTipsの集まりみたいな話が多く、起業家の中には、「出資条件の交渉戦略は重要だけど、あとはしょせん事務でしょ?」みたいな感覚の人もいるかもしれません。しかし「神は細部に宿る」ので、思わぬ大事故に遭わないため、また出資後の会社運営をシンプルにするためにも、気を抜かずに最後までやりとげてください!
※なお、かなり細かく書いたつもりではありますが、実際にはもっともっと多くのノウハウがあり、僕が知らないことも多々あろうかと思います。僕の思い違いやもっと良い最新ノウハウもきっとあるはず。知ってる人はコッソリ教えてくださいね 笑

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?