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「嫁をやめる日」と「四十歳未婚出産」

あらすじ 「嫁」


 長崎で気に入った家に住むことができてパートで勤める夏葉子  。
夫が突然死し、出張だと言っていたのが市内のホテルにいて、浮気の要素が出てくる。
夫婦仲が良かったとも愛されていたとも感じていなかったが、貯金通帳を見て長年の不倫だったことに愕然とする。そして夫の両親が、自分を将来の介護要員としてあてにしていることもわかる。自分が留守の間に、友達を連れて合鍵で上がりこまれることも続き、次第にストレスが溜まってくる。墓石にも自分の名前が刻まれている。近所に監視されているようでもある。思い余って、姻族関係終了届も出してしまう。
 東京の実家は粗野で下品な両親と思っていたが父親が夏葉子のSOSに気づき、婚家に話をつけてくれる。
 

あらすじ「未婚出産」


「未婚出産」の方は、旅行会社の海外出張の際にうっかり関係を持ってしまったら妊娠していたヒロイン。相手の男はチャラいのに「相手が妊娠してたら土下座してでも堕胎してもらう」、「場合によっては階段から突き落とす」と言い出すような人格破綻のDV男だった。今付き合っている女性にもあざができるほどつねるような男。

姉に話したら母に伝わり、何と母は高校時代のクラスメイトで独身の男性の所に「子どもの父親になってくれ」と頼みに行く。母が頼みに行った内の一人は、好きになれそうもなかったし、もう一人は昔から片思いの人がいる。という中で、彼女の妊娠が社内に広まり、パワハラマタハラが始まる。

結局、元不倫相手の上司がパワハラを抑えてくれて、産休育休が取れるようになる。兄と姉が比較的近くに住むことになり、安定して子育てができそうになる。
思い人のいる住職の友人が、子どものための入籍を申し出てくれて最終的にそれを受ける。一人っ子で両親もガンで亡くなっていて自分に血縁者ができると考えたこともなかったが、子供の成長を喜んでくれる。
ヒロインは四十歳、そこからその住職との間が発展するかはなさそうな終わり方にも見える。


思う事

垣谷美雨は、声高にフェミニズムを語ったりはしない。
ただ、坦々とありそうな人物造形とありそうなシチュエーションを選び、
ありそうな出来事の中で、ヒロインが悩みながら話が進む。
例えば、義父の認知症が急速に進むとか、兄が国際再婚するとか連れ子が不登校だとか。

男社会であり、家父長制がまだ残っていると思い込んでいる人たちの世界である。残念ながら現代そのもの。
その中で、息苦しいと声を上げたら、主婦の人権宣言になってしまうのだ。
その辺のバランスを取るためか、良い男も描かれるし、実家の家族は結局味方になってくれる。

思い込みの偏見で見ていた人の本当の姿は違うことに気づく という場面がいくつも出てくる。
「嫁」の父や妹、「出産」の元不倫相手の妻や、同僚たち。それらがヒロインの成長につながる。
現状では、フェミニズムという言葉を出したとたんに眉を顰める人もいるが、それもひとつの偏見である。男社会の政治がまだ家父長的な思考を引きずっており「釣った魚にエサはやらない」的な施策ばかりになっているのも、また事実であるからだ。

『嫁』の中で
「真面目でしっかりしていて相手の気持ちを優先して動けて我慢強い]
と 父は夏葉子を評する。

「褒めているんじゃない」「そういう奴は庇護の対象にはならないし、何を頼んでもやってくれるから便利屋にされてしまう」

作者が一番言いたかった言葉がこれかどうかはわからない。けれど、個人的には、この言葉を真面目に、気づかいしながら、人と協調しようと思いながら働いている全ての人に伝えたい。
「感情を搾取されないように」 と。



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