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読書メモ:意思決定の科学 経営の意思決定過程

「万能人」ハーバートA・サイモン。ノーベル経済学賞受賞者にして人工知能のパイオニアが予測した情報化社会と人間の意思決定の「未来」!
ハーバートA・サイモン/ 訳者:稲葉元吉、倉井武夫(1979年12月初版)


読書メモ作成に当たって

 ハーバートM・サイモンは、大組織の経営行動と意思決定に関する研究で、1978年にノーベル経済学賞を受賞している。しかし、サイモンが貢献した分野は、心理学、人工知能、経営学、組織論、言語学、社会学、政治学、経済学、システム科学など幅広い学問領域に及んでいる。特に、人工知能の分野ではパイオニアの一人とされ、その貢献に対して1975年にチューリング賞を受賞している。

 サイモンの大組織における経営行動と意思決定に関する研究は、エフェクチュエーション理論など現代の起業家理論にまで影響を与えている。この1977年に発刊された本書をあらためて紐解いた直接の目的は、その源流を確認することにある。サイモンは人工知能の研究を通じて、人間の思考過程に関する深い洞察を得ている。その成果は現在に至る人工知能発展の基礎となると同時に、経営学の分野では複雑な状況下での起業家による意思決定の理論的フレームワークを提供している。

 サイモンが人間の問題解決過程から得た重要な洞察は、人間が活用する発見的な問題解決法についての理解である。これは不完全で限定的な情報(情報の入手と処理の両方に限界がある)の下で、最適ではないとしても妥当な=受け入れ可能な解を見出すものだ。このような発見的なアプローチは、情報科学の分野では、数学的な技法では処理できないような問題(大規模な組み合わせ問題など)に対して最適ではないとしても妥当な解を見出す手段として活用される。一方で経営学などの分野では、人間の思考過程への深い洞察を通じて、教育や訓練による人間能力の改善、特に複雑で構造化が難しい問題解決に取り組む経営管理者の能力を改善する可能性を示している。

 このようなサイモンが示した人間の思考過程の特徴は「限定合理性」と呼ばれている。本来は前述の通り「限定された情報の下での合理的な意思決定」であって、意思決定の過程や方法そのものの合理性が限定的であるということを意味していない(と私は理解している)。しかし、経済学の分野ではサイモンの学問的貢献について「限定合理性という新たな概念を提唱し、その後の行動経済学の基礎を造った」と評価されることがある。これについては、私は誤った評価であると思う。行動経済学では「人間の意思決定ではヒューリスティックが多用され、そこに心理的なバイアスが特定の方向に働く傾向がある」と主張される。このヒューリスティックでは検索が容易な解が発見されることで、短い時間で(多くは瞬時に)解答を得ることが重視されている。おそらく、人間がヒューリスティックを多用する傾向を持つのは(十分に時間がある場合でも即座に得られる解答に飛びつく)種としての生存の過程で得た形質に結びついている、との世にある解釈はある程度当たっているのだろう。しかし、サイモンが想定した発見的問題解決法における思考過程は、そうしたヒューリスティックの想定とは別物だからである。少なくとも、行動経済学では意思決定の結果におけるバイアスに注目するのに対して、サイモンはその深層における思考過程に注目しており、研究のアプローチも目的も異なるものだ。

 確かに、行動経済学が既存の経済学が想定するモデルと現実世界のギャップを説明し、特に金融市場での行動への理解を深めた貢献は大きい(主流派の経済学者は、最も整備された「市場」である金融市場での理論と現実の乖離=継続的に一定方向のバイアスがあることを安易に無視してきた)。しかし、その知見が新たに多くの建設的な知見をさらに生み出してきたか、という点ではどうか。その点では、サイモンの知見は多くの分野で建設的な成果に結びついているのである。

以下、本書の第2章「経営の意思決定過程」の内容についてまとめていく。

意思決定者としての経営管理者

 意思決定は4つの局面から成り立つ。すなわち、決定のための機会を見出す(Intelligence)、可能な行為の代替案を見出す(Design)、代替案の中から選択する(Choice)、過去の選択を再検討する(Review)、である。なお、過去の選択を再検討することは、新たな決定を再度導くための循環サイクルの一部として行われる。これらの循環は、この順番が示唆するより複雑で、かつ重層的である。それぞれの局面には、下位レベルの問題があり、そこで同様の循環が生じ得るからである。

 経営管理者は自ら意思決定をするだけではなく、彼の組織が効率的に意思決定を行えているかを監督することも求められる。そして、組織による意思決定システムを設計し維持していく技能は、個人としての意思決定の技能よりも効果的に訓練可能な技能なのである。

意思決定の型―決定をプログラム化しうるか?

 意思決定の議論に当たって、意思決定を2つの型、すなわち「プログラム化し得る意思決定」と「プログラム化し得ない意思決定」を想定する。ここでサイモンはプログラムというコンピュータ用語を当てはめるが、プログラムとは「課題環境に対して、システムによる反応を支配(コントロール)する処方あるいは戦略」であるとしている。従って「プログラム化し得ない」とは、課題に反応して状況を処理するための「特定」の手続きが存在せず、問題解決のために保有する「一般的」な能力に依存しなければならないような場合、を意味している。

表:意思決定における伝統的技術と現代的技術

伝統的な意思決定方法―組織における既存の意思決定

 組織における複雑な課題に対する意志決定技術については、それがプログラム化しうるものであれプログラム化しえないものであれ、改善方法としては経営者や職員などの人員の選抜にたよっている。それを補完するものとして、組織に加入する前に行われる専門的訓練、組織による計画的な配置転換を通じた訓練、などが加えられる。これらは一般的によく見られる企業行動であり、意思決定システムの維持・強化を図る伝統的な意志決定技術の一部である。これは組織構造の設計にも通じる。プログラム化しえない意思決定を行わせるため、特定の組織単位を設けることで他部門からの圧力から守ることである。これは、プログラム化しえない意思決定を行う人材を選抜するとともに、彼らの活動を(プログラム化しうる意思決定で駆動される)日常的・反復的な活動への同調圧力から守ることを意味している。

発見的な問題解決法―人間の問題解決過程についての理解

 しかし、ここで最も興味深いのは、発見的問題解決法についての議論である。サイモンは、人間の問題解決過程の理解から始める。被験者に問題を与え、それを解いている間、考えていることを声に出させるのである(発話プロトコル)。例えば、幾何学の論証問題では、課題の論証問題を、既知の定理と比較、すなわち両者の類似点と相違点を探していることが観察される。これは上位問題の解決に役立つ下位問題があることを示唆する。こうして下位問題はさらに、直接解きうる問題に至るまで、次々と新たな下位問題を生み出していく。こうした問題解決過程の観察からは、被験者の意識にのぼらない水面下での巨大な潜在意識の存在があるのではないか、との疑念は残る。しかし、この点については、その後の研究を通じてその可能性は否定されており、「問題解決過程の複雑さは、単純な基礎的要素が比較的単純に、しかし多数相互作用しあっていることから生じた複雑さである」とサイモンは指摘する。

人間の思考をシミュレーションする

 情報科学者としてのサイモンは、このような人間の思考過程をプログラム化することで多くの知見を得ている。例えば、同一の課題に対する問題解決の過程について、コンピュータ・シミュレーションと発話プロトコルによる人間の問題解決過程の分析とを比較している。その結果、前述の人間の問題解決過程に関する彼の理解が基本的に正しいことに確信を深めている。また、「コンピュータは洞察力を持ったり、創造的であったりすることができるのか?」との問いに対しては、学習機能=自己の実績を分析し、失敗を診断し、将来の効果性を高める改革を可能にするプログラムによって、それが可能であるとの確信を示している。

 人間の問題解決過程において観察された多くの基礎的な過程は、GPS=General Problem Solverと呼ばれるシミュレーション・プログラムに取り込まれている。GPSの意味するところは、あらゆる問題を解き得ることではなく、問題の違いに依存しない汎用の解決過程を適用することにある。GPSで実行される基礎的な解決過程は、目的―手段分析により以下のように表される。

1.変換:状況aを状況bに変化させる
2.差異減少:aとbの差異を除去または減少させる
3.適用:手段Oをaに適用する

 この変換の目標をより効率的に達成するために、ある重要な方法が用いられる。その方法は「熟達した被験者の思考過程」の分析から得られたもので、サイモンは「プランニング」と呼んでいる。この方法では、「aをbに変化させる」を目標とするのであれば、aとbを抽象化した新しい対象AとBをつくり、「AをBに変化させる」を目標として定式化するのである。ここでのAとBは「抽象概念」、「イメージ」、「モデル」と呼ばれ、無関係な細部が除去され、必須の要素だけが残されたものであり、当初よりも容易に解きうる目標を定める。被験者がこの方法を用いて解を導くプランを得た時、「わかった!(Eureka!)」というひらめきを感じていることがわかっている。

発見的問題解決法が持つ可能性

GPSに取り込まれている人間の問題解決過程の特徴である発見的アプローチは、数学的な技法では処理できないような問題(大規模な組み合わせ問題など)に対しても有効であり、最適ではないとしても妥当な解を見出す手段を提供する。このようなアイデアは人間の思考過程をシミュレートするプログラム=人工知能を実現するにも不可欠であると同時に、経営意思決定において問題解決を支援するシステム、あるいはその意思決定を改善する教育プログラム、を設計する上でも有用な観点となる。

人間の思考過程への理解発展に向けた課題

 サイモンは、人間の思考や意思決定に関する理解を発展させていく上で、重要でかつ未解決な課題の中で、以下の3つを注目すべき課題として指摘している。第一に、構造化が難しい問題へ拡張すること。このような問題に対する解決過程では、問題そのものを定義し、一般的な問題解決能力を働かせることができる問題として表現することが求められる。第二に、自然言語理解の構造を解明すること。自然言語の持つ表現の不規則性や意味の多様性にも関わらず、言語で表現された問題をどのように受け取ることができるのか。第三に、解決に必要な情報が問題表示の中に含まれていない、長期記憶の中に貯えられてきた関連する情報に依存するような、現実の問題へ拡張すること。

展望と結論

 サイモンはオートメーションの発展、今日であれば人工知能の発展と言い換えても良いであろう、が人間の問題解決における思考や意思決定を改善する可能性に言及している。そこでは、人間が自分自身の思考過程を改善する技術を得たことは、必ずしも今回が初めてではないとし、その例として筆記の発明を挙げる。しかし、こうした過去の事例と今回が重要な点で大きく異なることも同時に指摘している。それは、人間の思考過程そのものを理解することを通じて考案された、という点である。その結果、プログラム化しえない問題領域での意思決定をオートメーション化する可能性を開くと同時に(プログラム化しうる領域ではすでにORが実用化している)、人間の思考過程への深い洞察を通じて、教育や訓練による人間能力の改善、特に複雑で構造化が難しい問題解決に取り組む経営管理者の能力を改善する新たな機会をもたらすだろう、としている。

2023年9月20日

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