幽霊の正体見たり枯れ尾花的な話

昨日は本棚の整理に気を取られて、朝ベランダに干した毛布を取り込むのを忘れていた。
気がついたのは夜の7:30頃で、夏至が近いこの時期でも、すっかり日が落ちてしまっていた。また、今日の雨降りを予感させるようなモワッとした湿気で、なんとなく嫌な感じがした。

この時期、夜にベランダに出たくない。なぜなら、ゴキさんに遭遇する可能性があるからだ。
ゴキさんというのは、大和や茶羽などの種類のある、御器かぶりが語源のあの夏の風物詩である。噂をすると寄ってきそうなのでここではゴキさんと呼ばせてもらう。

今住んでいる家では直接彼らを目撃したことはないが、ベランダのサンダルを履いた時に、スルッと足の甲を何かが通過するのを感じたことはある。
もしかしたらクモか、もしくは見かけたことはないがヤモリだったかもしれないが、ゴキさんの可能性も十分にあり得た。
また、前に住んでいた家では、実際にベランダでゴキさんを目撃したこともある。

というわけで、暑くなってきたこの時期、夜にベランダに出るのは嫌なのだ。

とはいえ昨日は日の出ているうちに取り込み忘れた毛布を救出しないとならなかったので、ベランダに出ざるを得なかった。

まずサンダルを履く前に、サンダルの甲の部分をつまみ上げて軽く地面に落とし、何も潜んでいないことを確認する。
目を凝らし、部屋から漏れる明かりに助けられながら、近くの地面に何もいないことを確認する。

毛布は、ベランダの壁から30cmほど離れたところに竿にかかって干してある。
サンダルを履き、かかっている毛布の手前の裾を持って、気合いを入れて大きくはためかせる。もし何か毛布にくっついていて、それが急に飛び出してきても即座に対処する気概が必要だ。
同じように壁側の裾を持って、ベランダの壁に当たらないように、でもできる限り大きくはためかせる。万が一壁に当たって、壁についている何かが毛布に移ってきても困るので、ここは思うようにはためかせられなくても仕方ない。

毛布の両端を留めていた洗濯バサミを毛布の外側にずらし、竿にかかっている毛布を少しずつ手前に手繰り寄せる。

その時、視界の端に何か大きな羽のようなものが竿の向こう側からこちらに登ってくるのを捉えた。

私は咄嗟に叫んだ。「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
それはまるでオペラ歌手のようであった。

そして叫んでいる途中で早くも気がついた。

あれはさっき外側にずらした洗濯バサミじゃないか。竿の回転に合わせて角度を変えたために動いているように見えただけだ。
洗濯バサミの色が無色透明で艶光りしていただけに、つまみ部分を何かの羽と見間違えてしまったのだ。

そしてここはすぐ向かいにマンションがある住宅地である。

気づいてからは急いでベランダの扉を閉め、その場にへたり込み、恥ずかしいのと馬鹿らしいのとで、笑うしかなかった。

それにしても「きゃー」でもなく「ひゃー」でもなく、実に叫び声らしからぬ叫び声を出してしまった。
普段は腹から声を出そうとしても出ないのにこういう時に限って出るものだ。

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