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秘境の隠れ家

わりと真っ直ぐに谷筋を流れる川沿いの道を、奥へ奥へと車を走らせる。
やがて辺りの空気は ほど良くなり、エアコンを止め窓を開ける。
数キロ毎ぐらいに集落があり、それは進むほどに戸数が減っていく。
そして、場違いな感じのする古びた自販機がポツンとある辺りに出ると、
秘境の湯と言われる宿に到着だ。
民家はほとんどない。 当然、店などは一軒もない。

本流 石がとてもキレイな川です♪

「とりあえずビール♪」の前に、とりあえず風呂へと…。
古びた木製の湯舟は相変わらず健在で、先客がひとりいた。
湯舟のふちに肘をかけ、腹ばいの形で足を思いきり伸ばす。
透明なガラス窓からは、垂直に近い角度でせり上がる山の斜面が
間近に見え、緑にひかり輝く木の葉が優雅に揺れる。
そのすぐ下には、急勾配を爆流となって本川に流れ落ちる川がある。

焦点をガラス窓に移すと窓枠に立ち止まったアリが一匹、二本の触覚を交互にゆるやかに動かしながら、こちらをじっと見ている… ような気がした。
ぼくも、じっと見つめる。
やがてアリは、ガラス窓を苦も無く上へと登り始めた。
「よく滑らずに登れるものだなぁ」などと、たぶん初めて見たわけでもないのだろうが、今さらながら感心して それを目で追う。
穏やかなひと時だ…。
源泉が湯船に流れ落ちる音だけの世界はとても心地よく、眠りを誘う。

湯の歴史としては紀元前までに遡り、今に続くそうだ。
現存の旧館は優に築後100年は経っていそうに見える。
二階などは床が抜けるのではないかと、恐る恐る踏みしめたくなる。
昔は大勢の湯治客で賑わっていたのだろうが、今は使われていそうにない
自炊場や卓球台も、暗く少々かび臭い中でひっそりとしている。
部屋数は多いが客は常に少ないので、お一人様で泊っても あまり申し訳なさを感じないのも、ここの魅力のひとつだ。
部屋食というのが嬉しくもあり とても申し訳なくもあるのだが、
豪華とは無縁の、素朴で美味しい料理がとても気に入っている。

初めてここに来たとき泊ったのは、旧館だった。
すぐ横を流れる川のごぉごぉという音と、風がカタカタとガラス障子を揺らす音以外は、何も聞こえない。
ぼくは「風の又三郎」を思い出していた。
以来ぼくは、出来うる限り旧館での泊りを希望している。

そんな事を思い出しながら、携帯の電源を切る。
「又三郎」と会うためだ。

しかし、しばらくするとどうしても落ち着かない。
何か緊急の事が起きてやしないか、とか… 連絡がつかないからと孤独死?を疑われ、家に踏み込むかどうかと騒ぎにならないか、とか…
いっそ家の入り口に登山の時に提出する入山届よろしく、貼り紙でもしてくれば良かったか、などと思いめぐらす。
まったく、めんどくさい世の中になったものだと苦笑いをしながら、
電源を入れる。
めんどくさい世の中とは言っても、これを不満に思う事はない。
世の中は信じられないほど便利になり、その恩恵は充分すぎるほど、
受けている。
だからといって、これを手放しで喜ぶわけでもないが、めんどくさいのは
世の中の方ではなく、便利さを求めながらも不便だった頃を懐古する、
自分ではないか、と…( ̄  ̄;) 

老朽化につき、ついに立ち入り禁止に…^^;
(ΦωΦ)フフフ…

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