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百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(一三、一四)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に入ってきたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌時のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめる予定。一つのnoteには、2首ずつ取り上げたい。2首、取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら、意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて見る作業は、短歌の連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

一三.陽成院(ようぜいいん)

筑波嶺の みねより落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる

(つくばねの みねよりおつる みなのがわ
 こいぞつもりて ふちとなりぬる)

現代語訳

筑波嶺の 峰から落ちる 女男川(みなのがわ)
恋は積もって 淵になります

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

Just as the Minano River
surges from the peak
of Mount Tsukuba,
so my love cascades
to make deep pools.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

surges /ˈsɝdʒʌz(米国英語), ˈsɜ:dʒʌz(英国英語)/波のように押し寄せる、波打つ、揺れる、わき立つ、渦巻く
cascades /kæˈskedz(米国英語), kæˈskeɪdz(英国英語)/小滝、階段状に連続する滝、滝状に垂れたレース(など)、(菊などの)懸崖(けんがい)作り、縦つなぎ

解釈

これは実際に女に贈られた妻問いの歌である。対象は釣殿の宮と称した綏子(やすこ)内親王で、やがて陽成院妃となった。『風土記』以来東国最大の歌垣(うたがき)(男女集って歌舞し、自由な交流が許されていた)の地であった筑波山も、よく恋の抒情を加えている。万葉には「筑波嶺の石(いわ)もとどろに落つる水」とうたわれているが、陽成院の一首はその水の清冽をみるようにひびきが勁(つよ)く、しかも流麗である。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

実は、茨城県の筑波山(筑波嶺)は、『万葉集』の昔には、男女が出会う「歌垣」というイベントが開催されたことで有名なんです。まだ若かった陽成天皇はそれを知っていて、「筑波嶺=いいなァ、うらやましいなァ」と思ったんですね。「みんな出会って恋してるのに、僕はじっと我慢してるだけだ。僕の気持ちをわかってくださいよ」というつもりで、この歌を詠んだのだと思われます。この歌は、恋しいと思う女性に贈った、陽成天皇のプロポーズの歌です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

恋する気持ち、相手を想う気持ちが「積もる」というのは、昔からある表現だ。実際には、単に積もっているだけでもなくて、この表現のように溜まって、そしてさらに澱んでいくような感じもある。きれいな印象の歌の中に、ちゃんと、淵となりぬる、という気持ちの溜まり方を感じさせるのが、いい。

一四.河原左大臣(かわらのさだいじん)

陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
乱れそめにし 我ならなくに

(みちのくの しのぶもじずり たれゆえに
 みだれそめにし われならなくに)

現代語訳

東北の しのぶ摺りだよ 誰のせい
乱れ模様は 僕からじゃない

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

My heart's as tangled
as the wild fern patterns
of Michinoku's Shinobu cloth.
Since it is not my fault
whom should I blame for this?

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

tangled/ˈtæŋgʌld(米国英語)/(…を)もつれさせる、紛糾させる、巻き込む
fern /fˈɚːn(米国英語), fˈəːn(英国英語)/ シダ
patterns/ˈpætɝnz(米国英語), ˈpætɜ:nz(英国英語)/(思考・行動・文などの)型、様式、パターン、図案、模様、柄(がら)、図形、原型、模型、(洋裁の)型紙
blame /bléɪm(米国英語), bleɪm(英国英語)/非難する、とがめる、負わせる、(…を)(…の)せいにする、帰する、(…の)せいにする、のろう

解釈

「陸奥の信夫郡(みちのくのしのぶごおり)」というのは、今では福島県に属しますが、ここには特産品で「捩じ摺り(もじずり)」とか「信夫捩じ摺り(しのぶもじずり)」あるいは「忍ぶ捩じ摺り」という染織品がありました。「捩じる」というのは「ひねる」ということで、この染め模様は少しパンクだったんですね。だからこれを「乱れ染め」とも言います。「そういうものがあったんだ」と思いましょう。そういう言葉を持ち出して、「乱れ初めたのは僕のせいじゃない」と言ってるんですね。「あなたがいたから僕の心は騒ぐ。あなたのせいです」という、ちょっと押しつけがましい求愛の歌です。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

この一首のために、信夫山のほとりには左大臣融(とおる)とみちのく乙女の悲恋伝説が生まれた。しかし、もちろん融が都を離れたことはない。融は嵯峨天皇第十二皇子、賜姓の源氏である。
(略)
この一首は『伊勢物語』の歌「春日野の若紫のすり衣ししのぶの乱れかぎりしられず」の本歌ともなっており、当時から愛誦されていたことがわかる。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

感想

自分の心底にあるものとして、身勝手な求愛の歌というのは、心に留まりやすい。年を重ねて、人に迷惑をかけずに、人を好きになれるようになってきているので、もうちょっとしたら、言葉は荒々しくとも、客観的に昔の自分を観察して、こういう気分の歌を詠めるかもしれない。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。