見出し画像

百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(五、六)

書くことがない時、この「百人一首復習ノート」があると思うと、気持ちが楽だが、頼りすぎるのもちょっと…。できれば、週一くらいにしたいが、今週はもう一回は作りそう。2首ずつだと、最大50回(残り47回)だし。


普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に入ってきたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌時のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

noteで書くことに困った時にまとめようと思う。一つのnoteには、2首もしくは4首を取り上げたい。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら、意味のあるペアの形でインプットしたい。それが連作を作るアイデアにもなるかもしれない。


五.猿丸太夫(さるまるだゆう)

奥山に もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の
声聞くときぞ 秋はかなしき

(おくやまに もみじふみわけ なくしかの
 こえきくときぞ あきはかなしき)

現代語訳

奥山で 黄葉(もみじ)を踏んで 鳴く鹿の
声聞いちゃうと 秋は悲しい

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

How forlorn the autumn.
Rustling through the leaves,
going deep into the mountains,
I hear the lonely deer
belling for his doe.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

for・lorn / fɚlˈɔɚn(米国英語), fəlˈɔːn(英国英語) 寄るべのない、孤独な、心細い、みじめな、荒れ果てた、さびれた、わびしい
「rustling」は動詞「rustle」の現在分詞 rus・tle / rˈʌsl(米国英語) さらさら音を立てる、さらさら音をさせて動く、動き回る、活躍する、牛を盗む
doe / dóʊ(米国英語), dˈəʊ(英国英語) 雌ジカ、(ウサギ・羊・ヤギ・ネズミなどの)雌

解釈

この歌は、「私が紅葉を踏み分けて山に入ったら、鹿が鳴いているのが聞えた」とも、「色づいた歯を踏み分けて鳴いている山奥の鹿の声が聞こえた」とも、どっちの意味にも取れます。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

「かなし」ということばをたやすく使わないのが歌人のいましめである。しかしこの一首の結句に据えられたそれは、あてどない季節感のものがなしさを、悲鳴のような鹿の声の切実さと、枯れゆく秋の山のもみじの取り合せをイメージとして共感させる。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

感想

猿丸太夫は、実在しない人だそうです。伝不明な、無名な人たちの声の総称というものらしい。英訳は、自分が紅葉を踏み分けて山に入るパターン。そっちのイメージが湧くけれど、鹿が踏み分けていくと感じることもあるようだ。馬場あき子先生が書かれている通り、簡単に、「かなし」なんて言っちゃうのは、普段はNGなんだけど、響きがある言葉として、ここに「かなし」が適切な気がしてくる。響きがある言葉に聞こえるようであれば、感情をpそのまま歌に入れることもありかもしれないけど、容易に真似はしないでおこう。

六.中納言家持(ちゅうなごんやかもち)

かささぎの 渡せる橋に 置く霜の
白きをみれば 夜ぞふけにける

(かささぎの わたせるはしに おくしもの
 しろきをみれば よぞふけにける)

現代語訳

カササギの 架けた銀河に きらきらと
霜が光れば 今は真夜中

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

How the night deepens.
A ribbon of frost
is stretched across
the bridge of magpie wings
the lovers will cross.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

deepens」は動詞「deepen」の三人称単数現在 /ˈdipʌnz(米国英語), ˈdi:pʌnz(英国英語)/(…を)深くする、深める、深刻にする、濃くする
frost / frˈɔːst(米国英語), frˈɔst(英国英語) 霜、霜柱、霜が降りるほどの寒気、霜枯れ時、氷点下の温度、(態度などの)冷たさ、冷淡さ、(催し物などの)失敗、不出来
rib・bon / ríb(ə)n(米国英語) リボン、飾りひも、(インク)リボン、(勲章の)綬(じゆ)、(帽子の)はち巻き、リボン状のもの、細長い片、細く裂けたもの
「stretched」は動詞「stretch」の過去形、または過去分詞 /strɛtʃt(米国英語), stretʃt(英国英語)/ (…を)引き伸ばす、引っぱる、(…を)引っぱる、(…を)(…に)張り渡す、張りつめる、伸ばす、差し伸べる、伸びをする、大の字になる、大の字に打ち倒す
mag・pie / mˈægpὰɪ(米国英語) カササギ、(がらくたでも)なんでも集めたがる人、おしゃべり

解釈

天の川に架けられるかささぎの橋は七夕の逢瀬を扶けるなまめかしい伝説の橋だ。それをきびしい冬の夜霜の空に結びつけたところに、すばらしく巧緻な幻想世界が生まれてくる。かささぎの橋は宮中の橋の異名ともいうが、そこにかがやく白い霜を媒介としても目はしぜんと空におもむき、感興は暗い冬空に時ならぬ艶を加える。しみじみと夜がふけた、と思うとき、その背景にある文芸的詩想の広がりは、こんなにも思いを豊かにする。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

感想

天の川にかかる橋を「かささぎの橋」ということを知らなければ意味もわからないし、宮中の橋の異名と知っていれば、より想像を広げられる。意味を重ねたり、想像を広げる言葉を使うことで、三十一文字を二倍にも三倍にもしてしまうのは、ずるい。写生・写実も経てきた現代短歌でやると、狙いすぎだと言われそう。でも、短い文字数に、これだけの意味や想像を搔き立てさせることができることは覚えておきたい。橋本治さんの訳も、英訳も、「かささぎの橋」だけだと伝わらないので、「架けた銀河」「the lovers will cross.」と言わざるを得ない。時代とともに、意味が失われることも、当たり前だけど、覚えておきたい。ま、自分が作った歌は、今の人が読んでわかってくれればいいんだけど。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。