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夫の母

写真は夫の母が集めたクリスマスオーナメントのリス。

夫の母は私と夫が交際中に亡くなった。

夫と知り合って3ヶ月後だった。

夫の母はフロリダに住んでいて最期はフロリダの病院で亡くなった。

夫の父と母は夫が21歳の時に離婚し、ニューヨークに住んでいた夫の父とパートナーの日系アメリカ人の女性とマウイ島に移住してきた。

夫が言うには夫の母は酷いヘビースモーカーで肺を壊し,いつ死んでもおかしくないと思っていたそうだ。

夫の母はバースデイカードや本の挿し絵などのイラストレーターで、夫は彼女のいくつかの作品を遺品としてまだ持っている。

愛らしいアメリカのオールドファッションぽいイラストを見せてくれた。

ある日、夫は母が入院してるフロリダの病院から連絡が来て、もう永くはないだろうという知らせをもらった。

ハワイと本土フロリダは日本よりも移動に時間がかかる。

夫は生きているうちに会っておこうと思ってフロリダに行った。

これが最後になるだろうと予期していた。

母と数年ぶりで会ったがベッドの上の彼女は会話を出来る状態ではなかったそうだ。

死んだらすぐに駆けつけるのが日本の風習だが、夫は死んだ後より生きてるうちに会おうとした。

彼女が亡くなった後、ボストンに住む夫の弟が母の遺灰を管理し、その1年後に母の遺言どおり弟はマウイ島に来て海で散骨した。

夫はフロリダに住む病を患う母と簡単には会えなかったこともあり複雑な悲しみを抱え、どうすることもできない程、心が痛い時用にマリファナの栽培許可書を持つ友人から、少し分けてもらったと私に話した。

私が初めて夫を訪ねた初日の晩に夫は母の夢を見た。

「私はもう天国にいるから、心配しなくて大丈夫」
天国という言葉をどう捉えたらいいかは別として…

まるで電話で彼女の声を聞いたくらいはっきりと彼女の声を感じたと言っていた。

実は夫の潜在意識の中には夫が母に頻繁に会いに行けなかった事実があり、どうにもならないことなので表層意識に出てこないように表立って口にしないようにしていたのかもしれないが、夢は自分の理性で抑えられるものではない。

夫の父は夫の母と別居後、日系の女性と暮らし始めた。
夫は私とは3度目の結婚だが、夫の母は自分の息子が初めて結婚した相手に日系の血が入っている事を快く思ってくれなかったそうだ。

夫が見た夢の話を聞いて、
 「お義母さんは私が日本人でも大丈夫かな?私が来た晩に夢に現れたのは日本人でもいいよ、許すよ」って事だったのかなと、ちらっと思った。

でも、そんなしみじみした事だけ感じているわけではなく私がもしマウイ島で死ぬことになったらどうなるのか…
夫が先か私が先に死ぬかはわからないけれど…

私が死ぬ時に子どもたちに会えなくても仕方ないとも思う。

マルチバース理論的な事や仏教ベース的な何かが自分の頭の片隅にあるのかどうか自分でもよくわかっていないが死んだら「はい、それで終わり」とも思えない。

頭の中には意識して実現させようとする事と、漠然としているけれど頭のどこかにあって時々チラッと浮かんでくるけどまた意識からなくなる事、忘れるくらいとっくの前に起こった出来事なのに突然何かのはずみで浮上してくる記憶が絡み合う。

人生は思いもよらない出来事で構成されている部分が少なくはないだろう。

ふわ〜とまとめるようだけれど…







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