ペペロンチーノオイル

ペペロンチーノオイル無くして美味しいペペロンチーノは作れない。というのは私の強迫観念だが、ペペロンチーノオイルさえあれば、ふとしたときに、何の準備もなく美味しいペペロンチーノを作ることができる。言ってしまえば常備食だ。今日はこれを紹介したい。

そもそもペペロンチーノとは、イタリア語の「peperoncino」。つまるところ、唐辛子である。

唐辛子と一口にいっても、いろいろな唐辛子がある。オーソドックスな唐辛子に、小ぶりでピリっとした辛さの島唐辛子、青臭さの残る青唐辛子、また、十年ほど前から人口に膾炙するようになったハバネロなどなど。

乾燥してあるものも使い勝手は良いのだが、唐辛子そのものの旨味、という点においてはやはり生の美味しさには劣る。

横浜に韓国の家庭料理を出す店があるのだが、そこでは各テーブルに、大きい青唐辛子がまるまる入った漬物のようなものが置いてある。つまみを食べてはその青唐辛子の漬物をかじり、マッコリを一口。辛さを和らがせる、酸味の効いたクリーミーなマッコリは、壺からたちまち姿を消すこととなる。

唐辛子も大振りなものだと辛味と旨味のバランスがよく、それだけでも十分、野菜としてのつまみになるものだ。

これは私の印象でしかないのだが、日本には唐辛子の文化があまり無い。スーパーの生鮮食売り場でも、唐辛子はせいぜい一種類置いてあるのが関の山だ。

私の一年間暮らしていたフィリピンのセブ島では、必ずと言ってもいい程、食事に島唐辛子のような小さな唐辛子が添えられた。スーパーには唐辛子入りビネガーが安価で大量に売られていたものだ。

隣国の韓国にしても、ご存知の通り、料理には唐辛子がふんだんに使われる。私と同居している韓国人の女性は乾燥した唐辛子みじんを大きいビニール袋いっぱいに持っており、その見ているだけで口の中が痛くなりそうな唐辛子を何のためらいもなくさらさらと料理に入れる。

辛さだけを楽しんでいるのかと思いきや、その辛さの中にはきちんと旨味があり、煮干しやチキンのスープとうまくタッグを組んでいる。とは言え、一週間前におすそ分けとしてもらった三養の炒め麺は涙が出るほど辛く、文字通り泣きながら食べた。旨味はあるのだが、なかなかどうしてあそこまで行くと、なぜこのような想いまでして食べているのかと泣けてくる。というより既に泣いている。

それはそうと、ペペロンチーノオイルである。
これ以上脱線しないためにも、さっそく作り方に取り掛かろう。

用意するのは、オリーブオイルと唐辛子。これのみ。

スーパーで買ってきた生の唐辛子を、軽く拭いてごみを取る。唐辛子に楊枝で穴を開けたら、それをオイルに突っ込んでいけば良い。生の唐辛子は辛味が油に移りやすく、また風味も良い。こうしたオイル漬けにするのだったら、島唐辛子のような小ぶりな唐辛子が辛味も強く、適している。

乾燥の唐辛子を使うなら、みじんタイプのものが良い。この場合、使った唐辛子は漉してもいいし、入れたままでも良い。

これはオイルが真っ赤になるので透明の瓶がよく映えるのだが、聞くところによるとオリーブオイルは暗所で保存した方が良いらしい。光に当たると光酸化してしまうというのだ。世に出ているオリーブオイル容器が色つきであるのも、そうした理由かららしい。

さてこのペペロンチーノオイル、早くて二日や三日で使い物になる。日を置く程に辛くて美味しいペペロンチーノオイルになる。

ガーリックとパセリで炒め和えたパスタに一振りするだけでガツンとした辛さのペペロンチーノになる。また、ラタトゥイユやピザにも合う。このペペロンチーノオイルの良いところは、タバスコのように料理の味をまるきり変えてしまわないところにある。

タバスコの入ったトマトソースは「タバスコトマトソース」になるし、タバスコの入ったミートソースは「ミートソースタバスコ風味」になる。料理名になり得る存在感だ。うっかり人の作った料理にボカスカと入れようものなら、もとの料理をまずいと言っていることにさえなりかねない。

しかし、ペペロンチーノオイルは違う。料理の味を損なうことなく、辛味を加えることができる。また、経年によって移り変わる味を楽しむこともできる。まるで人生のようではないか。

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