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アセクシャルは病気?嘘をついているだけ?海外ドラマ「Dr.HOUSE」から見るアセクシャルキャラのメディアでの扱い

先日、私はTwitterに流れてきた「ミッドサマーがアセクシャルに不向き」という呟きを見て、アセクシャルを自認した人間の1人として、事実そうだったかを自分でも考えてみました。
その時の記事がこちらになります。

この時、生まれて初めて私は映画やドラマを「アセクシャル」視点で考えました。
そこでまた初めて、あることが気になり始めました。

「アセクシャルを扱った映画やドラマはあるのだろうか」

早速様々なキーワードで検索をしてみると、いくつかのタイトルが出てきました。
アセクシャルは何か?を主題に置いたものより、アセクシャルである、またはその気質がある人物が登場する映画やドラマがほとんどでした。

しばらくはそれらを「見たいものリスト」に入れたりしていましたが、ふと、こちらの記事が目に止まりました。

海外ドラマ「Dr.HOUSE」の1エピソードについて議論された、2012年の古い記事です。

そのエピソードにはアセクシャル同士の夫婦が登場しました。長年夫婦関係があるものの、お互い性欲がない為、性交渉は一切ありませんでした。
しかしエピソードの最後に、夫は病気で性欲が減退していただけで、妻は性欲のない夫を喜ばせたいが為に無性愛者だと嘘をついていたと判明します。
この描写が、アセクシャルについての間違った認識を広めるとして抗議が上がり、最終的には署名活動にまで発展したというのです。

Dr.HOUSEとは?

Dr.HOUSEは2004年から2012年まで放映された海外医療ドラマです。

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主役は画像の男性、ドクター・ハウス。口と性格が悪いものの腕はいい医者です。
ドラマは一話完結型で、毎回、診断が難しい患者が登場し、ハウスとその部下、同僚が話し合いや喧嘩をしながら病名を突き止めていくのが定番の流れです。
くだんのアセクシャルの夫婦はDr HOUSE シーズン8第9話「良き伴侶(Better Half)に登場しました。

アセクシャルは病気?

元々主役のハウスは口が悪くよく差別的発言をして人の顰蹙を買う人物として描かれてきました。
性的マイノリティに対してだけではなく、黒人や宗教に関しても容赦無い発言を繰り返す男です。
それらがハウスの本当の意見なのか、単に相手を激昂させたいがための悪質なジョークなのかはわかりません。
「良き伴侶」でのアセクシャルの夫婦も例外なくその標的になりました。
エピソード内でアセクシュアル夫婦は、あたかも不健康であり得ない存在のように扱われ、ついには「彼らがセックスをしたがらない理由を医学的に見つけられるか否か」という賭けの対象にされてしまいます。

賭けは「医学的根拠が見つかる」としたハウスの勝利に終わります。

検査の結果、夫の下垂体付近に腫瘍が見つかり、それが性欲減退の原因になっていました。つまり、治療すれば「治る病気」だったのです
そして妻は無性愛だという夫に好かれたい為にアセクシャルだと「嘘をついて」いました。
結局2人ともアセクシャルではなく、ハウスが劇中で言った「セックスをしたがらない人間は病気か死んでるか嘘をついている」という言葉が全面的に肯定されたままエピソードは終わります。

劇中のアセクシャルの描写の何が問題だったのか?

問題は3つあります。
1つはアセクシャルと病気のイメージを強く結びつけた描写です。
実際に病気が原因で性欲が減退することはあります。しかしそれはアセクシャルの一般的な原因ではありません
そもそも多くの人は長い間悩み抜き、原因を探った上でようやく自分がアセクシュアルであると自認します。
病気に限らず、過去のトラウマや精神疾患、ホルモン異常が原因ではないかと、「自分が無性である理由」を多面的に分析するのは、程度の差こそあれど、アセクシャルには当たり前のことです。
今の世間的に「恋ができないこと、セックスが好きではないこと」は(ドラマ内で描かれたように)異常であり、そのような人は「何か自分に問題があるのではないか」と自責する傾向にあるからです。
Dr.HOUSEという、多くの視聴者を抱える超人気医療ドラマの中で、「アセクシャルだと”すでに”自認していた人間は、”やっぱり”病気だった」とすることはイコール「アセクシャルというのはセクシャルマイノリティではなく病気なのだ」という印象を大多数に与えかねない、短絡的かつ危険なものだったのです。
2つ目はアセクシャルの存在が異質であるように描かれた点です。
劇中ではハウスと部下たちがアセクシャルについて議論をする場面があります。
部下の1人がアセクシャルであることの何が問題なのかを問いました。
アセクシャルを自認する妻のホルモン値は正常であり、健康上の問題もなかったからです。
しかしハウスは「性欲は人間の基本的欲求であり、性行をすることでオキシトシンが放出され、人との繋がりが深まる」と反論しました。
彼らの議論内ではアセクシュアルに肯定的な意見も出ましたが、最も権力のあるハウスの意見は圧倒的です。
さらに、このエピソード内のアセクシャルの本当の姿は結局ハウスの言った通りだったというオチも相まって「アセクシャルは機能不全の人間」の印象が深められています。
3つ目はアセクシャルだと嘘をついていた妻の存在です。
妻は夫との良好な関係のために自分もアセクシャルだと嘘をついていました。
しかし実際のアセクシャルの中には、性欲を持つパートナーと長く付き合っている人がたくさんいます。
彼らはお互いにきちんと話し合った上で、妥協点や解決策を見つけて共に過ごしています。
それは現代の一般的なパートナー関係を築ける人間には非常に奇妙であったり、時に信じがたい取り決めであることもありますが、少なくとも「嘘をつく」よりも誠実です。
ドクターハウスで描かれた「愛ゆえに嘘をつく」妻の姿は、アセクシャルに絡めて表現するには不適切だと多くの当事者が感じました。


署名運動での主張

該当エピソード放映後、ドクターハウス放映の権利を持つFOXには、Asexual Visibility and Education Network(AVEN)の創始者デイビッド・ジェイを含む多くのアセクシャルから、今回の無性愛キャラクター描写について反省した上で、今後の表現はよく考えて欲しいという趣旨の署名運動が起こりました。
彼らは、ドクターハウスのアセクシュアル描写は、視聴者に対して無性の人の存在を受け入れるのではなく、彼らがそうなっている原因を「調査・検査」すべきという考えを促す最低なものだったと主張しました。


今後、無性愛的キャラクターの描写には何が求められるのか?

ドラマや映画は影響力のある媒体です。人々はドラマや映画から多くを学んだり、キャラクターに自己投影をします。
無性愛者達にも、これこそ”私たち”だと感じられるキャラクターが必要だと私は思います。
白人だけがスクリーン内で生き生きと描かれていた過去から、今ようやく黒人俳優や女優にもスポットライトが当たり始めました。人種やセクシャルマイノリティも同様です。
レズビアンやゲイのキャラクターが主役格であることも珍しくはなくなりました。
かつては自分の性癖を隠して苦しみながら生きていた人たちは、時に登場人物たちの発言や行動に勇気をもらい、彼らのことをよく知らなかった人々は新たな気づきや理解を得られます。
しかしアセクシュアルは今なおあまり表舞台には出てきません。
ドクターハウスのこの騒動は8年前ですが、その後の人気ドラマにFOXがアセクシュアルを登場させた様子はありません。
NETFLIXオリジナル作品や映画ドキュメンタリーで徐々に無性愛者の登場が増え始めていますが、他のセクシャルマイノリティに比べれば微々たるものです。
絶大な力を持つメディアには、無性愛的キャラクターを、人々の興味や好奇を満たす為に使用することや誤ったレッテルを広める為ではなく、これが”私たちだ”とアセクシャルたちが周囲の人に伝えたくなるような描写で、視聴者に見せて欲しい。
少なくとも、現在、アセクシュアル自認の一員である私はそう思います。

おわりに

実は私はドクターハウスが大好きで、アセクシュアルを自認するずっと前にこのエピソードを視聴していました。
アセクシュアルという単語が出て、それがどのような人かの説明を聞き、そういう人もいるのかと単純に驚きました。
しかし結局、彼らがいわゆる「普通」に性欲を持つ人たちだったという結末は、アセクシュアルという存在を一気に疑わしいものに感じさせたのを覚えています。やっぱりそんな人間は「病気か何か」だと。
その時の私の得た印象はまさに、署名運動を起こしたアセクシュアルが危惧したそのものでした。
自分の知らない領域の知識に触れた時、人は素直にインプットしてしまいます。そこにどんな偏見やさらなる無知があるかに気付くのは難しいです。特にメディアを通されたものには。
だからこそ日々、自分で調べ、知識をアップデートさせ、見解を広める努力をしなければならないのです。


過去現在に関わらず、今後もこのようなアセクシュアルに関わる出来事や情報を探して、アセクシャル自認から日の浅い私は、理解を深める為に記事にまとめていきたいと思っています。

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