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小説「夏の麻婆ラッシー」

「ねえ、りこ! 夏にさ、本町通りの東口の……何て言ったっけ? あの純喫茶。あそこでさ、〝麻婆ラッシー〟ってのが出るんだって。麻婆って聞くと辛そうだけど、ラッシーが上手くマッチして、りこでも飲めるかもよ? 夏になったら行きたいねー。」
「きゃああああああああああああああああああ!」
 わたしを見て、りこが、絶叫。
「ちょっ……いきなりどうしたのよ、りこ?」
「……。」
「……? 黙ってちゃ、分かんないよ?」
「……おじさん、誰ですか……? ……何故、私の名前を……?」
「……? わたしは、さくらかおる! 先月携帯ショップをクビになった、四十三歳の一般人だよ! このセーラー服、似合うでしょ? 中性的な魅力が、あるでしょ? 女装して性欲が無いふりをすれば、ギンギンに勃起していても、女の子にモテるっていうのがこの世の真理だってインターネットで学んだし、りこも警戒を解いてくれるよね?」
「……あ、あのう……おじさん、〝女装〟って、本当に、本当に残念ながら、〝元々男性として容姿が良い人物〟でないと、しても〝生ごみ〟になりますよ? それに、〝おじさんがブスに見向きもしないのと同様に〟、女装してもブスならば〝醜男にすら〟見向きもされません。というか、《死ね》って書かれた鉄球とか投げられますよ……?」
「……は?」
「……あのう、ですから、〝女装〟って、〝元々男性として容姿が良い人物〟がするからインターネットの女性陣はちやほやするのであって、おじさんがしても、ちやほやはされませんよ? ──あ、勿論、〝自分がしたいから、するんだ!〟というのも、〝イケメン以外だったら即射殺〟です。日本国憲法 第四条に明記されてますよ? 〝イケメン以外の呼吸を禁ず。〟って。もう令和ですし、みんな〝自分がルッキズムに染まっていること〟を隠さなくなってきていま……って、ちょ、ちょっと、おじさん!」
「色んな意味で、警察を呼ばないでね。今からこのヌンチャクを使って、君を犯した後に、自殺することにしたんだ。」
「その、隠し持っていたスポンジのヌンチャクでですか?」
「はい。」

 ふと、雪。

 曇天は愈々暗く、夕方らしき夕方を経ずに、なし崩し的に夜になりそうだ。
「もうすぐこの無人駅にも、列車が来ます。おじさん、どうしますか?」
「でんしゃのせいれいになる!」
「真面目に答えて下さい。」

 りこの問いに、わたしは、黙った。

「おじさん!」


 はらり。


 涙が落ちるのと同時に、わたしのスカートも落ちた。股間が露(あらわ)になる。

「おじさん!」
「……りこ。わたし、どうすればいい?」

 冬の疾風が、寒空を駈けてゆく。雪が舞う。山の端(は)にはもう、夜の帷(とばり)が、先っちょだけ下りていた。

「……りこ。」
「……おじさん。」

 りこは、携帯端末をゆっくり取り出すと、パシャリ、と、フラッシュを焚いた。

「おじさん。今、私、警察へ写メールを送っています。」
「あっそ。」
「おじさん。私、合気道六段です。」
「合気道って、〝意味ある〟の!? やらせでしょ!? オカルトでは!?」
「失敬な。ムー大陸の或る王朝の末裔に受け継がれてきた、れっきとした戦闘術です。」
「ムー大陸!?」
「おじさん。私、実は、男なんです! しかも、巨根の。」
 りこはそう言って、バッキバキに聳え勃った肉棒をスカートから覗かせた。
「おじさん、犯していい?」
「ちょっと待って。私は特殊メイクをしているだけで、本当は二十一歳の女なの。あ、貴方……ゲイ?」
「バイ。ムー大陸の王朝の、末裔でもある。」






「お前らそこで何をしている!!!!!!!!!!」





 巡回中の岐阜県警がパトロールカーから降りて怒鳴りながら近寄ってきた。

 併し、二人の、鬼竿まる出しの中年男性だと分かるや否や、踵を返し、パトロールカーに乗り込み、去っていった。

 無人駅には、二人のおじさん。
 そのうち一人はわたしで、もう一人、りこは、人造人間だ。わたし造人間だ。
「りこ。AIが発達してきたね。」
「酔ってんの?」
「え?」
「この小説、酒を飲みながら書いてんの?」
「いいや、禁酒中。」
「じゃあ、嫌なことでもあった?」
「うん、毎日、いっぱいある。今日もあった。」
「あっそ。」

 無人駅には、うんちが降ってきた。







 ぶりぶり!!!!!!!!!!




                〈了〉
               2023/01/30
                非おむろ

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