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日米間のグロテスクとしか思えない関係はどこから生まれたのでしょうか?──白井聡『永続敗戦論 戦後日本の核心』

国会(議会)の承認どころかなんの論議もされないうちにアメリカに安保法制の成立を約してきた安倍首相。この約束を裏づける主権者の意思を問うという行為はどこにもなかったように思います。妄動というか暴挙というしかないように思えます。確かに最大与党を背景にすれば、首相がどのような約束をどこで行おうと、議会に諮れば数の論理で押し切り可決することはできるでしょう。けれど、そのようなことをもしも織り込み済みというのならば、選挙の当選者という結果に驕った政治家の姿勢としかいいようがありません。

白井さんがこの本で記したように
「現在問題となっているのは、われわれが「恥知らず」であることによる精神的堕落・腐敗のみならず、それがもたらしつつあるより現実的な帰結、すなわち、われわれが対内的にも対外的にも無能で「恥ずかしい」政府しか持つことができず、そのことがわれわれの物質的な日常生活をも直接的に破壊するに至る(福島原発事故について言えば、すでに破壊している)ことになるという事実にほかならない」
という事態になっていのです。

ではなぜこのようなことになってしまったのでしょうか。この「恥知らず」の原因には「敗戦」を隠蔽し、「終戦」という観念で自らをごまかし続けた日本の戦後があったからです。この「「戦後」とは要するに、敗戦後の日本が敗戦の事実を無意識の彼方へと隠蔽しつつ、戦前の権力構造を相当程度温存したまま、近隣諸国との友好関係を上辺で取り繕いながら──言い換えれば、それをカネで買いながら──、「平和と繁栄」を享受してきた時代であった」ということなのです。
「敗戦」を押し隠すことでアメリカへの徹底的な従属を隠蔽し、アジア諸国への密かな優位性を日本にもたらしました。その上にあぐらをかいてきたのが「戦後」というものだったのです。そして「敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる」というもの奇妙なものだったのです。

誤解をおそれずにいえば、アメリカの利益にかなう行動をし続けることが〝戦後レジューム〟だったのです。
「平和と繁栄」から生まれた「大言壮語、「不都合な真実」の隠蔽、根拠なき楽観、自己保身、阿諛追従、批判的合理精神の欠如、権威と「空気」への盲従、そして何よりも、他者に対して平然と究極の犠牲を強要しておきながらその落とし前をつけない、いや正確には、落とし前をつけなければならないという感覚がそもそも不在である、というメンタリティ……」こそが〝戦後レジューム〟なのです。
しかもこの〈無責任の体系〉はどこかあの戦争に突き進んだものと同じもののようにすら思えます。私たちはいったい歴史からなにを学んできたのでしょうか。戦前も戦後もないのっぺらぼうの日本人とその上にあぐらをかいているとしか思えない政治家、財界人たち……。それが私たちが立っている場所の光景なのです。

安倍首相は〝戦後レジュームからの脱却〟ということを再三主張しています。最近の教員免許の国家資格化の動きもその流れの中で出てきたものでしょう。ですがアメリカが日本に押しつけたものこそが〝戦後レジューム〟であり、その押しつけた当の国家との関係を最優先、唯一無二の盟友とするというのは、ねじれた、あるいはグロテスクといってもいいような姿勢に思えてなりません。なにをどう脱却するのか、そこには空疎なスローガンめいたものしかないのではないでしょうか。

この無条件な対米従属になんの問題もないのでしょうか。
「どのような国家であれ、国家が本来的な意味での正義を体現することなどない」し、また「国家はその本性からして悪をはらみ、他国や他国民を手段化するものである以上、その政策が進歩なり正義なりを根本的に条件付けることなどあり得ない」
そのことは、平和憲法を成立させながらも、朝鮮戦争勃発と時を同じくして警察予備隊を創設させて以来、その時々の国際情勢によってアメリカの国益(政策)にかなった要請をアメリカが、日本に行ったことからもわかります。その大きなひとつが基地問題であるのはいうまでもありません。

そしてTPPでもまたその意図がうかがえます。
「TPPが標的とするのは、関税でなく「非関税障壁」と呼ばれるものにほかならない。つまり、それは、各国の独自の商慣習であったり、独自の安全基準、独自の税制規則、独自の製品規格といった事柄である。「非関税障壁」をひとつの概念としてとらえた場合、それは「よそ者」にとって市場参入のハードルとなるあらゆる制度・慣行を含みうる」。
それを解消=破壊させるという(アメリカの)国家利益そのものが透けて見えます。自由貿易という掛け声はある種の建前(=美辞麗句)なのです。

原理・原則的な視点を外さない白井さんは日本の領土問題でも
「領土問題を決するのは、最終的には暴力・戦争であり、したがって現代日本の領土問題が従わなければならない原則とは、日本にとって直近の戦争である第二次世界大戦の戦後処理の原則である」と同時に「日本の領土問題を複雑にしているのが、サンフランシスコ講和条約に中国・韓国・当時のソ連は参加していないという事情である」
という視点からこの問題を極めて現実的に考察しています。論の進め方は見事としかいいようがありません。

この本はいろいろなことを私たちに教えてくれます。その中でもなにより今私たちに必要なことは現実を直視し、いかなる欺瞞・先入観をも排して、美辞麗句に惑わされることなく批判的合理精神を涵養することだと言っているように思います。そしてこれが85年前の日本に根付いていたなら、あの太平洋戦争は起こらなかったのではないかとすら考えてしまうのですが……。

書誌:
書 名 永続敗戦論 戦後日本の核心
著 者 白井聡
出版社 太田出版
初 版 2013年3月27日
レビュアー近況:朝からニュースもワイドショーも「ペヤング」「ペヤング」の連呼で、「ペヤング」じゃなくてよいので兎に角焼きそばが食べたい野中です。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.06.08
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3609

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