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「報道することで戦争は止められる」そして「日本にも戦場があった」という言葉を残して……──山本美香『山本美香という生き方』

「前を向いて歩きながら考える」

「報道することで戦争は止められる」
を信念に活動したジャーナリスト山本美香さんがアレッポでシリア政府軍の銃撃を受け殺害されてからまもなく3年が立ちます。殺害されたのは2012年8月20日でした。

時の民主党政権では藤村官房長官(当時)が「何者かの銃撃を受けて邦人記者が死亡したことは極めて遺憾であり、かかる行為を強く非難する。ご遺族には心から哀悼の意を表したい」と述べた。
が、「かかる行為を非難する」と声明を出した同じ日本がイラク戦争時には(自民党小泉政権でした)には
「日本も米軍に荷担している。米軍は軍隊と戦ってくれ。民間人を巻き込まないでくれ」
「あなたの政府はどうなっているのですか。アメリカの後ばかりついていく」
とイラク民衆に非難される国でもあったのです。
山本さんが殺害された時よりわずか9年前のことでした……。

このイラク戦争のレポート『中継されなかったバグダッド』は凄絶なレポートです。イラク入国から始まり、開戦時、アメリカの初の空爆、そして英米軍によるバグダッド占領。
空爆化のバグダッド市民の生活を追いながらの戦況レポート、しかもバグダッドの市内戦では米英軍からジャーナリストたちへの攻撃があったのでした。
「被弾した時、イラク軍がやったと思った。自分たちが劣勢になった戦況を伝える私たちメディアを憎く思い、逆恨みして攻撃したと思った。湾岸戦争のときとは異なり、今回は世界のメディアを味方につけて、孤立しないような戦略をとっていたイラクだったが、とうとう血迷ったのかと思った。まさか米英軍がここを、300人以上の報道陣が取材拠点にしているパレスチナホテルを攻撃するとは夢にも思わなかったからだ。ところが、まさかの出来事が起きたのだった」
「『米軍第3歩兵師団戦車が、パレスチナホテルを攻撃した。ホテルの1階から攻撃を受けたので、応戦した。ジャーナリストが巻き込まれたのは事故である』
米中央軍のブルックス准将が会見で発表した。砲弾は、共和国橋の戦車から発射された。あの私たちがずっと撮影していた戦車からだった。
冗談じゃない。私たちはずっと部屋にいた。ホテル側からは、機関銃の音も対戦車砲の音も聞こえなかった」
山本さんの怒りと悲しみが文章からあふれ出しています。
私たちは「アメリカは『従わぬものは消す。それは、我々アメリカにとっては正当な行為だ』と考えているようだ」という国を支援していたことを忘れてはいけないと思います。
彼女がレポートしたイラクは戦後どうなっているのでしょうか。
山本さんに語ったイラクの一市民の「指導者は自分たちの手で選びたい。民主主義国家を作っていきたい」という願いはまだかなえられないままです。

山本さんは東日本大震災の取材でこんな言葉を残したそうです。
「日本にも戦場があった」
パートナーの佐藤和孝さんは彼女のこの言葉にこめられたものをこう言っています。
「自然災害は、そこに住んでいた人たちが時間をかけて再生していくしかない。簡単なものではないけれど、自然の猛威の中に我々は生きているのだから、受け入れなくてはならない。福島の場合は人災ですから、国家のおごり、非情さに怒りを感じる。ほかの被災地とは、その違いがある(略)彼女が口にしたというここにも戦場がある、っていうのは、国家の非情さが共通しているから」
と……。

そして山本さんはシリア、アレッポに取材に向かいます。最後の地アレッポ、同行していた佐藤さんによれば「
「シリアに入った当初から狙われていたことは狙われていた。ジャーナリストが十数人殺されている。それは頭に入っていたが、あそこが前線だということはまったく想像していなかった」
彼女の取材にミスはなかったのです。
数々の戦場をレポートしてきた二人でも戦場の「前線」というものは明示できるものではなかったのです。まして戦場を知らないものたちにはなにが戦闘地域なのか、どこからがそうなのかなどわかるはずもありません。

山本さんは『外国人ジャーナリストがいることで、最悪の事態を防ぐことができる、抑止力』というメモを残していたそうです。
「あいつは、『報道することで戦争は止められる』と本気で思っていたし、少なくともそう信じていた」(佐藤和孝さん)

山本美香さんの死、そして今年1月、同じジャーナリスト後藤健二さんの死、お二人の思いと願いと使命感が私たちに伝えてくることは多いと思います。

国家の非情さもまた、そこにはあるのではないかと思います。

書誌:
書 名 山本美香という生き方
著 者 山本美香
編 者 日本テレビ
出版社 新潮社
初 版 2014年8月1日
レビュアー近況:7月も半ばに差し掛かっておりますが東京音羽、肌寒いです。ジメジメ蒸し暑い梅雨時期に有難いですが、明日から本来の気候に戻るそうです。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.07.09
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3692

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