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〝多数決〟の中にひそんでいる落とし穴やパラドックス、不可解さを追求してみると……──坂井豊貴『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』

「人民が自ら承認したのでない法はすべて無効であり、断じて法ではない。イギリス人民は自由だと思っているが、それは大きな間違いである。自由なのは議員を選挙するだけの間のことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう」このルソーの『社会契約論』の引用に続けて坂井さんはこう記しています。

「これは厳しい非難というよりは、議員はよい公約を選挙期間中に掲げていても当選後は守らずに勝手に振る舞うといった、単なる皮肉のようにも読める。(略)しかしながら、やはり原理的には代表性による立法は正当ではない。民主主義の範型を『社会契約論』に求めるならば代表性による立法は正当ではない」
「代表制のもとで代表たちは道徳的自由を得る一方で、他の者はそれを失う。この、代表制の下での道徳的不平等は、社会契約の根本的特徴である対等性に違反する」

なにやら難しい議論が展開されるように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。自分たちの意思がどのように反映されるのか、あるいはされないのかをわかりやすく説明されています。

私たちがすぐに民主主義的手続きとして思い浮かべ、実施される〝多数決〟、その行為の中には思いもよらない落とし穴やパラドックス、不可解さとでもいったことが起こりうる(起こっている)ということを坂井さんは具体的な例を挙げながら紹介しています。
「確かに多数決は単純で分かりやすく、私たちはそれに慣れきってしまっている。だがそのせいで人々の意見が適切に集約できないのなら本末転倒であろう」
坂井さんはいくつかの「多数決を含む集約ルール」がどのような人物によって、どのような思想を持って作り上げられていったのかを追っていきます。
ボルダルール、ヤング・コンドルセの最尤法、中位投票者定理、アローの不可能性定理などの集約ルールでは民意というものがそれぞれどのような〝現象〟として現れるかということを実に分かりやすく解き明かしてくれます。時にスリリングなまでの感がします。この社会的選択理論は数学的な手法を使うものですが、ここでは数学の知識はいりません。具体的な例と、丁寧な論理でこれ以上ないくらい分かりやすく説明されています。

さまざまな集約ルールを検討した後、坂井さんはある現実の問題を取り上げます。それは哲学者、國分功一郎さんが著書『来たるべき民主主義』でも取り上げた小平市都道328号線の問題です。そこでどのように民意は集約されようとしたのか。住民投票までいったものの開票条件をつけられ、投票の結果が明らかにされないままになっている事件です。
ここでは民意を集約するルールはできたものの、民意の集約の結果は明らかにされることはありませんでした。不当な開票条件がつけられたことによる集約ルールでは不完全なものだったのではないでしょうか。この開票条件とは「投票率が50%に満たない場合は開票しない」というものでした。
ここには住民意思を尊重する姿どころか、集票ルール策定に干渉する行政執行権力の強い姿しか浮かび上がってきません。

「執行権力は強いというのは、政治や行政をある程度知る者には、常識的な事実かもしれない。だがそのような者は必ずしも多いわけではない。また、いまある現実は、あるべき姿と混同されがちである。「いま現実がこうだから、それが民主制なのだ」という混同が起こるのだ」
「執行が強力であることは、ときに「民主的なプロセス」の一部として安易に位置づけられてしまう。すると行政機関は当事者である住民の声を聴く必要がないばかりか、その声は「民主的なプロセス」を阻害するノイズにさえ扱われてしまう」
それをあかたも助長するかのような「「多数決で決めた結果だから民主的」や「選挙で勝った自分の考えが民意」といった粗雑な発言がメディアからよく流れる」の確かです。

選挙は、立候補者の信任投票ではありません。住民の意思表示です。だからこそ、選挙で民衆に問いかけたこと(争点)が重要なのです。その争点についての意思表示であって、政治家に全権を委任するものでは決してありません。

住民の意思を集約するルールの模索とともに、選挙とはなんであるのか、多数決とは一体なんなのか、投票行動の落とし穴、パラドックスについても思いを深くさせてくれる一冊でした。

書誌:
書 名 多数決を疑う 社会的選択理論とは何か
著 者 坂井豊貴
出版社 岩波書店
初 版 2015年4月21日
レビュアー近況:本日からWindows10が公開され、通信トラフィックの最大記録が塗り替えられる模様です。野中の使用機は、インターネットバンキングと使用ソフトの対応が未だで、アップデートはおあずけです。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.07.29
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3823

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