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私がひげを剃らないワケ

おーくぼはヒゲが濃い。
胸とお腹は無毛で、腕毛もほぼ無い。
脚全体の毛は人並みだが、髪の毛についても残念ながら細々している。

ヒゲだけが濃いのだ。
高校生の頃にはすでにモミアゲと合流を果たしていた。
何をそんなに主張しているんだろう。
剃っても剃っても生えてきやがって。


1.剃っていた時期もありました

社会人としての身だしなみに髭剃りがある。
寄宿舎で生活する生徒は髭剃りの方法を学んでいるくらいだし、おーくぼも社会人になりたての頃は毎朝丁寧に剃っていたものだ。

だがやはりヒゲを剃る行為はめんどくさいっちゃめんどくさい。
生まれながらにしてツルツルな人(ナチュラルボーンつるつる)が「1週間に1回しか剃ってないんすよ〜」と宣っているのを拝聴しながら、人の気も知らねぇでやんのと毎朝健気に全部剃っていた。(どこまでがヒゲでどこまでがモミアゲかという問題は常について回った。)

毎日
毎日
毎日
毎日

ヒゲを剃るうちに「どうせ明日も明後日も生えてくんのに剃る意味あるんかなぁ。」と間違った方向に悟りを開きだしたおーくぼは、しばしば髭剃りをサボるようになっていった。口周りと首周りの清潔に見えるポイントだけ整えて「あとは好きに生えてこい」スタイルをとることも、結構な頻度であった。

2.ダウン症のお子さんと過ごした日々

ある年のこと。
おーくぼはダウン症のお子さんの担任をしていた。低緊張が特徴で顔を上げるのにひと苦労する。1日のうちの大半が、地面の方向に顔を向けている時間が占めていて、いわゆる聴覚優位で世界が広がりにくいお子さんだった。そのせいもあってか、なかなか目が合う機会が少なく、コミュニケーションも薄め。担任としてあんまりこちらの顔を認識されていないなぁと感じていた。

そんなある日。

いつものようにスクールバスが学校に到着し、そのお子さんを教室に連れて行くために迎えに行った。降りる前に一言声を掛けたが、この日はとっても眠そうで反応が鈍い。

どうしたものかと(何故そうしたかは謎だが)ヒゲを触らせてみた。
すると次の瞬間、普段下ばかり見ていた彼の顔がシュババっと上がり目をかっぴらいてこちらを見た

「なに今の!?」という心の声が聞こえた。

ごめんね、びっくりしたねと伝えつつもあまりにも不思議そうにまじまじと見てくるので説明をした。「これはヒゲです。」「おーくぼ先生はヒゲが生えてるね。」みたいな事を話した。

その間もずっと顔は上がっていた。その表情から私に(ヒゲに)興味津々であることも伝わってきた。これは今までと違う姿だぞ、すごいぞと思い、彼が抱いた好奇心を満たすためにヒゲを触らせてあげた。しばらく夢中になったのち、彼は笑い出した。

何がお気に召したかは分からない。
けど「人生で初めて何かを知る体験の多幸感」なら私にもわかる。彼はいま、生まれて初めて「ヒゲ」という存在を実感を伴って知り、それを通して初めてまじまじと「担任の顔」を認識しようとしているのだ。

3.好奇心に勝る教材はない

それからというものの、彼との関係性が変わった。
毎朝バスに迎えに行くとおーくぼの声を聞くと顔を上げてこっちを見て「触らせて〜」と笑顔で手を伸ばしてくるようになった。「いいよ〜」とか「ダメだよ〜」とかしながらやり取りをしているうちに、ヒゲを介在しなくてもコミュニケーションを取ろうとする様になった。

常に下を向き、あまり他人に関心がないように見えた頃と比較して大きく変わった様に見えた。あの日、彼が見つけた好奇心の小さな種は、日々のコミュニケーションの学習に大きな影響を与えたのだ。

常々思うが、子どもの好奇心に勝る教材はない。

この時、彼と過ごした日々の中で私のヒゲはひとつの教材であった。
他人に関心を持ち、コミュニケーションを取ろうとするための入り口であった。そう思うと毎日生えてくるのが鬱陶しかったヒゲ達も少し誇らしく思えてくる。

まぁあくまでもヒゲはただのきっかけで、それ以降はいろんなコミュニケーションの学習に挑戦した。ヒゲを武器に彼とお近づきになったのは最初の数週間のみだった。それでもおーくぼは、それ以来ひげをほとんど剃っていない。

このヒゲが、いつかまた誰かの好奇心を満たすかもしれない。
汚いって言われないように今日も整えなきゃ。


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