嫌われたって死にやしない群像劇
今更ながら改めて。
HPSってご存知ですか?
僕は感情屋ですが、エンパスですが、HSS型のHPSです。
別に名前を付けて病気ぶる来もありません。性格や気質、能力の話や問題です。
こんなことを書いて言葉にすると、
「それが嫌われるんだよ」「病気を理由したいのか」と言われるのけど。
僕は本心から
「僕が思っていることや 事実 を書いて何が悪い」と思っている。
事実だろう。
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僕は去年自殺したけど、それは今まで辛くて苦しくて精神安定剤を飲んで変になった時とは全く違う。
「過去にそんな事もあったから誤解されて、そう思われも仕方ないじゃん」って言われるんだろうけど。
今回は違う。そんな話だってしていたから、少しは解かって欲しかった。
金の話をしようとしてるんじゃない。でも
昔、昨日会った夫婦の奥さんとした こんな会話がある。
「○○君は何考えてるかわからないんだから、もう、聞いてよ」
「でもそれも含めて○○君の男らしいところや優しいところもあるから、それも○○君の良いところだよ。男は黙ってるほうが良いのかもよ。僕と違って」
そう答えたことがある。
去年その夫婦二人からもらった仕事がある。その時もそうだ。
人間は言葉を交わさないと意思が疎通しないことがある。
人によっては「言葉にしても解からないことがある」というけど。
僕は「話もしないという事は意思疎通することを放棄していることと同じだ」と思う。
昨日も、先週の日曜日に旦那さんである彼と3時間くらい話をしていた。
「日曜日、僕来たんだよ。○○君(旦那さん)から話聞いてた?」
「いや別に。」
僕と彼との間では、ぎこちないながらも日曜日に話し合った。
「ありがとう。もう大丈夫だから。ありがとうねー」
そうメッセージしたら彼から
「(これから)改めて宜しくね!」と返事があった。
心からありがとうと思った。救われたとその時に僕は思った。
それで全部が理解されるとも思っていないし、伝えたい事が全部解かってもらえるとは思っていないけど。
改めて、これから縁を修復する道もあると考えていた。
それが「何も聞いてない」「知らないから」と切り捨てられたら僕の身もふたもない。
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僕が人間として好きだった○○○さんも、話はかけなかった。かけれなかった。それは僕が完全に悪いと思っているから。ごめんなさい。
でも、触れたくない腫物を触るような表情で、「いいよ、別に気にしないでね」って言われても、僕は悲しい。
けど、この方は仕方がない。嫌われても仕方がない。
他人なんだから、こんな格上の目上の方が、こんな美人な方が僕に親切にしてくれていただけでも充分幸せな数年間だったと本心から僕は思っている。
色々とご心配、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。
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僕は去年死にかけた。
でも人の中には僕がメンヘラだの、薬をやってるだのと思って言ってる人もいる。そんな奴がいても、それは当然なんだと思う。今だから。
今夜のこの傷は一生忘れない。勉強したよ。
※以下、後日談(要約)
正直に書いている。けど証明はここでは出来ない。
僕は一昨年まで精神安定剤で年に一度や二度は記憶を無くす時があった。事実だ。
でも厳密に説明させてもらえるなら、よくある健忘ではない。
アルコールを飲んでいたり、薬を常に服用していたり、乱用したりはしていない。
僕が記憶を無くすまで精神的に落ちるのは、ストレスや感情がマイナスに振り切って、更に重なった時に、薬を飲んでも飲まなくても記憶が飛ぶのです。
22歳の時の乖離性記憶障害は病院で確認した上で、やはり薬の乱用は無かった。
でも年齢的に体力も精神力もまだまだ弱く幼かったの。
だから要因を突き詰めて調べても、精神的に弱かったから、としか答えは当時でも出なかった。
ただ、すべてが悪い方向に重なって、トドメを刺したのが大阪から実家に帰った事。家族とまた生活を始め、母親と顔を会わすようになったのが精神的なストレスになったと主治医から説明を受けている。
「人間、熊と出会ったら気絶したり、死んだフリを自然とするのと似てます」
乖離性記憶障害(解離性記憶障害)の説明と理由、過程については大きな病院でもそう僕は受けている。
だからと言って何か変わったり、結果や答えが大きく変わるのかと聞かれても困る。
去年は僕は薬を確かに飲んではいたが、エチゾラムを3ミリ。
僕は一度に10ミリまでは飲んでも悪い意味で変化は出ない。
疲れが溜まっていたり、また何か悪い事が重なっていたら話は変わるけど、事実、僕の耐性は普通ではない。アルコールもタバコも今は飲まないから基本的にヨレたり、ラリったりはしない。
だから去年の自殺に関しては、今までのそれらとは比べ物にならない悲しみやツラさ。尋常ではない。普通ではなかったけど、普通では考えたくない状況と精神状態、事実があった。
これを言い訳と捉えられても結構。
別にそう言われても僕は殺されたりしない。
僕は少しだけ強く変わったのだ。
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「○○君、死なんかったなあ。やっぱり死なんかったけん笑い話よ」
「ああ、お疲れ様です。なんとか生き残りましたよ 」
「ほやけん言ったやん、死ぬ死ぬ詐欺みたいなもんやって」
「あんまりそういうの止めてもらえます?」
「いやいや俺は○○君にお金出してるから言う権利あるよ」
「いやいや無いでしょ」
この人は自称パチプロの金貸し。40歳前後で、高校卒業後からアルバイトすらしたことが無いのが自慢のような人だ。昔は覚せい剤をしていたことも自慢にしている。
僕はこの人から何かをもらったこともない。ましてや、してもらうような間柄ではない。でもこちらは誕生日プレゼントを二回、それも両方テレビを渡している。
この人は一昨年くらいから怪我をしたことがきっかけで統合失調症になり、完全に廃人と化していた。
僕はその数年前から疎遠にしていて、会うたびに
「死なないんですか? 死に時見失いました? 」と軽く世間話的に馬鹿にしていた。
でもそれは、40歳でパチンカスのアル中で、孤独で、これから未来がない中年のおっさんの相手を今までしてきた僕の正直な声だった。
とはいえ、僕はかなりこの人に対して礼儀を尽くしてきた。
完全に廃人となったその人の周りは、
「○○〇、死にそうやから金借りても踏み倒せるわ」
「家にあるもの盗みに入らんでも普通に入って奪ってこれるわ」
と、○○〇さんの周りは野次馬のごとく眺めていた。
そこで僕は○○〇さんの身の回りの世話を一週間だけボランティアでした。理由は特になかった。単純に落ち目の人間が死んでいく様を見たかった。
今までがまともな人間ではない。それを朝から酒を飲んで、それを必死で自慢にしていた男の末路。
社会的信頼も、一般的な常識も経験もない。
健康保険も入っていない単身の男の末路。
結果的に○○〇さんは死なずに今も生きている。
去年僕は死にそうになった時、○○〇さんに連絡をして
「僕の誕生日はいらないんで、僕は○○〇さんに誕生日を今までしてきたんで。母親に化粧品を買ってやりたいんで2万円分買ってください」と単刀直入に言って買ってもらっている。
それを「金を出したから言う権利がある」と言ってきているのだ。
馬鹿らしい。
それを嬉し気に上から目線で相変わらず言ってきているのだ。
「まあ、今度酒でもおごってだ」
「わかりました。いいですよ」
「そういえば大悟とは縁は切れとん?」
「もう二年位前に完全に切ってますよ もうああいう奴らは捨てましたよ」
「逆恨みされて刺されるんちゃうん?気をつけよ~」
大悟というのは僕の相棒みたいな奴で、過去の人間だ。
高次機能障碍者で、親も親戚も兄弟も障がい者で異常者。
借金まみれで、性犯罪で何度も捕まっているが、障碍者手帳を武器に逮捕されず平然と暮らしている。
僕の中でどんな悪い人間よりも悪質で、この世の悪を煮詰めたような生き物。
僕は大悟の事を「諸悪の根源、悲しき化け物」と裏では呼んでいた。
でも4年くらいは周りから見れば大悟は僕の相棒のようだった。
僕はあいつを利用していた訳じゃない。
あいつの身元引受人も保証人にもなっていた。
あいつも僕を親友といつも泣きながら付いてきた。
僕はあいつをボディーガードにしていた。
実際に何度もメンドクサイ人間に絡まれた時、身体障碍者でもある大悟と僕は何度も揉め事から紙一重で修羅場を潜り抜けてきた。
障がい者でもあるが、反面、怪力。
街中で喧嘩を吹っ掛けられても、あいつが障碍者である動きをするので相手が油断しているところを、一発でぶちのめしていた。
逆に僕とあいつの連携がばれた時、僕らは漫画のごとく宙釣りにされたり、メリーゴーランドのように振り回されたりもした。もう漫画のような、ありない話ばかりだ。
でも、僕は変わろうと決めてから、その手の連中と縁を切った。
話題には事欠かないが、いつ問題が起きるか分からない。
聞いてる分は皆、面白がって笑う話も、
僕はリスクもあると気が付いていた。
あいつと乗り越えてきた修羅場は数知れず。珍道中の冒険の数も数えきれない。紙一重で確かに相棒だったのかもしれない。
僕が一番死を覚悟したのは、車に挟まれてコンクリート塀と車に潰されそうになった時。
あいつの動かない右半身が動いて、ブレーキを右腕と顔面で押さえ、あいつが僕の命を救ったのは今でも奇跡だったと思う。
あいつが最後にした痴漢は80歳のお婆ちゃんをパチンコ屋で襲った話だ。
僕が障碍者に対して全面的に肯定しないのは、彼らを知っているからだ。
先天的でも後天的でも、悪質で、障がい者であることを逆手にとって、世の中に紛れ込んで生きている人間がいる。
あいつの周りにいる人間は名前の通っているような奴が多かった。
「墓荒らしの109号」「○○大魔王」「アンタッチャブル○○」「j」
「人殺しの○○」「109号の弟」「言葉が話せない、みっちゃん」
「30歳を超えた原付暴走族のワイルドギャング」
笑い話のような、漫画のような話や男ばかりが集まっていた。
今思い出しても数えきれないくらいの僕らだった。
○○〇さんは、そいつらの事をネタにして僕に話しかけてきた。
「逆恨みされんようにしなよ。解かっとると思うけど、あんな連中やし」
僕は腹の中で「お前も同じようなもんやぞ」と思いながら、適当な相槌のジェスチャーをしてその場から離れた。
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朝のbgmは
MOL53
「MOL53 Byproduct 2 Junk CD」
このアルバムは最初から一貫して僕の中での感想は
「ヒーロー(ダークヒーロー)は遅れてやってくる」だ。
一枚を通しても名盤ではあるけれど、個人的には
11. BABBLE GUM 00:03:00
12. INNOVATION 00:02:50
13. A DAY IN THE LIFE 00:02:51
14. SKIT -blazz- 00:01:18
15. PHYSICAL 00:03:02
16. SELF BOOST
特に15,16曲目 は名曲だと思う。
古いネタ(情報)ではあるけど、ガドロとのバトルは解説付きで見ると深いんだ。
いつか想いや努力は才は報われると信じたい。
この曲で目を覚ませ。ロッカーたち、僕は更に先を行く。
ヒーローたちの背中を見て、また、生きて前に一歩進む。
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この記事と、この記事とは関係ないネット記事のコメント欄の書き込みに僕はハッと気付かされたことがある。
以下は、別のネット記事のコメント欄に書かれていた書き込みのひとつ。少し固有名詞が入っていたので修正させてもらっています。
家庭環境で生き辛さを抱えていると思っている人に このコメントは響くか響かないか分からないけど、僕は響かされた。痛い。
※
自分も複雑の家で育ったので、片親や毒親、貧困、放置、色々な状況があれど子供の頃に付いた心の傷は本人が思う以上に人生に影響を与えると思います。
ただ若い時は同情して貰えたり、周りにも話を聞いてくれる余裕がある若い人達がいるけど、歳を取ると同情されなくなり、周りも家庭を持ったり構ってくれる余裕なんてなるから、複雑な家庭環境だった過去、傷ついた心と自分自身が折り合いつけないといけないんですよね。
仕事や家庭を持って自立するのが効果的と思うけど、人は心のどこかで「子供の時に傷ついた自分が一番可哀想。」があるんじゃないかと思う。
複雑な家庭環境の人はこれを認め、小さくするのが大変です。平気で「傷付いたのは過去の事だろう」という人がいますが体の傷と比べて心の傷は過去のものでも全然癒えてなかったりする場合もあると思います
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こんな世の中、僕らの人生は 色々群像してタイミングで運命を生かされているのだと僕は思っている。
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