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「あなたが生まれてきた日は」

3月某日   「日比谷ミッドタウン」

お友達がTwitterで「夜明けのすべて」という映画が良かったと感想を書いていて、いいなあ、上白石萌音さんと松村北斗さんといえば私が大好きだった「カムカムエブリバディ」のおふたりだし、原作の瀬尾まいこさんの小説も好きだし、観てみたい、と思い立ち、休日にひとりでミッドタウンのTOHOシネマへ。

ここでなんと、予約したはずのチケットが前日の分であるという大ポカをやらかした(アホすぎる……)。
入口で「ブー」と鳴って中に入れないということになった瞬間、頭の中にさまざまのことがめぐった。このまま帰るか?2000円が無駄に。日比谷まで来たのに。観たかったのに。いや、せっかく日比谷まで来たのだし、観られずにすごすごと帰りたくない~~!と思って発券機に走ると、なんと最後のひと席だけ空いていた。

最前列で、初めて映画を観た。
最前列ってこんな感じなんだ、意外と首も痛くならないし、普通に観られるな。なんて思いました。

とても優しい映画だった。
上白石さんや松村さんに共感するところ、苦しく思うところもあり、でも、そうやって人は知らず知らずに救ったり救われたりしながら、出会って別れて、生きていくんだよなあ、この世界はとても優しいよなあと思った。

優しさがとても良かった。
またもう一度観たいと思った。

・・・

3月某日   「ママ友というもの」

中学のママ友であるりほさんと日本橋でランチをする。

「ママ友」という関係性や距離感がすごーく苦手なわたしである。
が、そんなわたしでも幼稚園、小学校と、ほんとうに最小限の人数で、親しくなれるお母さん達がいた。それはとてもラッキーだったなと思う。

だって、「お母さん」というだけで人と仲良くなるなんて難しいですよね。共通項が本当にそこしかないんだもの。気が合わない人や、趣味が合わない人、引いてしまうような言動をする人だってたくさんいたのだ。
だから「あ、この人は大丈夫かも」と思えた数名のお母さんたちはありがたくも貴重な存在だった。幼稚園では2人、小学校では4人。
そういうお母さんたちとは卒業したいまも交流があって、たまにお茶やランチをしたりする。

いま娘が通っている女子校は昔から続く伝統の女子校で、初等科から上がってきたやんごとないお嬢さんたちと、中学受験組(娘はここ)と、帰国子女枠で入学した子達が混ざっている。

父母会は、みんな紺のワンピースのスーツに革のカバンでしゃなりとして参加する。
……全員ですよ?全員が揃いも揃って紺のワンピースに革のカバンなんです。真珠のネックレスをされてるお母様もいらっしゃる。なかなかすごい雰囲気です。
(ちなみに学校としてそのようなドレスコードが定められている訳ではない……!)

こんな雰囲気で仲良くなれる方なんて果たしているのだろうか……共通項がはたして……と不安の中、着慣れない紺のワンピースに身を包んでいたのだったが、1年生の最初の父母会でたまたまお話した可愛らしいお母さんがなんとも気の合うノリの方で、「おや?この人はいけるかも?」と思っていたら一気に仲良くなり、それ以来連絡先を交換してたまにランチに行っている。それが、りほさんである。
りほさんは旦那さんの仕事の関係で海外に駐在していて、帰国生組だ。でもぜんぜん気取ってないし、まるで学生時代の友達みたいに気さくにしゃべりかけてくる。

この日も結局、なんだかんだと、店を変えながら4時間ほどおしゃべりをしていた。

こうやって、「お母さん」というきっかけで知り合った人と話をしていると、気が合うとか気が合わないってなんなんだろうな?と不思議な思いにとらわれる。
ものすごく共通の何かがあるわけでもなくて、趣味が合うわけでもなくて、でも話が続く人。気まずくならない人。多分「持ってる空気」「持っているテンポやリズム」みたいなのが似てるんだろうな。あとは「道徳観」とか「それはナシ、と思うこと」が同じ、とかもあるかもしれない。不思議だ。
逆に、共通項があって、趣味が同じで、でもなんだか気が合わない人だっているもんね。

4月からもう高等科だねぇ、はやいよねぇ、あっという間に大学になっちゃうんだろうねぇ、またランチしようよねぇ、と駅のホームで手を振り合いながらりほさんと別れた。

夜は、ヴァイオリンレッスン。
最近はさまざまな奏法が増えてきて、音量記号やスラー、スタッカート、弓のどの辺を使うのか、弓をどれくらいの量使うのか、など、その場で初見で弾こうとしてもまったく歯が立たなくなった。事前にしっかり予習をして、カラオケまねきねこで練習してからキャプテン(先生)に見てもらうようにしている。
それでも決して上手い演奏にはならず、かなり気まずい仕上りであるが。
「まあ、健闘してる!」と自分を励ます。

最近は課題曲が難しくなってきたので、最初に必ずキャプテンがお手本を弾いてくれるのだが
、それがわたしの無上のたのしみである。
なんて美しいの~~なんて上手なの~~こんな演奏目の前で聴けるなんて、なんてなんて贅沢なの~~、と思ってうっとりしている。
(そういう目的で弾いているのではないのに!)

ヴァイオリンの音色は本当に美しい。
いつかあんなふうに弾けるようになるのだろうか。

ちなみにカラオケまねきねこ、ヴァイオリンの練習のために通ってるうちにいつの間にかゴールド会員からプラチナ会員になっていた。毎回室料20%オフになる。すごいじゃん。我ながら。

あとキャプテンのレッスン枠に空きがなくてこれまで夜20時に通っていたのだが、空きが出たので次回から17時の枠に移れることになった。
夜暗くなってからごそごそと夜道を歩いて通わなくても済む。
めちゃめちゃありがたい……。

・・・

3月某日   「あなたが生まれた日は」

誕生日。
そう、わたしは3月生まれなんである。
3月は自分の誕生日があるから、そして桜が咲く出会いと別れの季節なので、なんだか一年の中でもこの月は胸がそわそわするし、過ぎてしまうと淋しいような気持ちになる。

わたしの下の名前に「な」が入っていて、それは「菜の花」の「な」から名付けられたのである。
ちょうど、菜の花が咲く季節に生まれた。

今年の誕生日はちょうど仕事が休みで、母が銀座でランチでもしようと誘ってくれた。
母ももう77歳。私が25歳で結婚するまでは専業主婦だったが、「なっちゃんが家にいなくなったらなんだか淋しくなっちゃって」と言って、それから急に仕事を始めた。
以来、幼稚園の事務の仕事をかれこれ20年も続けている。77歳なのにすごいな、よく続くものだな、と我が母ながら思わされる。

わたしが77歳になった頃、わたしはまだ仕事しているだろうか?
想像もつかない。できればしてたいけど。だって健康なのかも、もう生きてないかもしれないしね。人生は何が起こるか分からない。
母が77歳まで仕事ができるくらい元気に生きてくれていてうれしい。父は、7年前に何だか急に亡くなってしまったから。

帰ってから家族と食べるためにWESTでケーキを買いたいんだよね、と言ったら、「じゃあ行きましょう」と、何も見ずにスタスタと歩いていく母。
東京っ子の母は、銀座が昔とはかなり姿を変えてもその地理には明るい。かたやわたしは、え、こっち?WESTってこっちだっけ?と思ってそのうしろを着いていく。

歩きながら、冷たい風が吹き付ける。
「あなたが生まれた日は、とても暖かい日だったのよ」
と母。
「本当に暖かい日だった。今日みたいにこんなに寒くなかったわ」
本当に、冷たい風。

無事に到着したWESTでわたしの大好物のバターケーキを購入して、母は自分用にエクレアを買い、「じゃあ、お母さんは三越でパンを買っていくから」という母と別れた。

とても暖かかったという、わたしが生まれた日のことを、母はどんな景色と共に覚えているのだろう。
その景色の中のわたしはどんな顔して眠っているのだろうか。
まだ若かった母。どんな気持ちだったろう。

あなた、45年後に、冷たい風のふく銀座で、45歳になったその赤ちゃんと一緒に「あなたが生まれた日はとても暖かい日だった」って言いながら、WESTまで一緒に歩くんですよ。
77で元気で仕事もしてますし。

そんなことを言っているのをちょっと想像しながら、銀座線に乗って帰った。

・・・

最近読んでいます。

いいタイトルだと思う

・・・

木蓮の花が膨らんできた。

春ですね。
春なんです。


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