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叶うものならこのまま私も一緒に溶け込んでしまいたかったよ

くるり空が逆立ちをして、思わず手を離して。本当に海に落っこちてきてしまったのかもしれない。海はそれを拒否をするわけにもいかず、諦めて受け入れることにしたらしい。
淡いピンク色と白のふかふかの雲たちはくっきりと影を落とし、光を放つ。

今いる場所が、空なのか。海なのか。そのどちらも正解なのか。

「あのピンク色の部分に立ったら、わたしも同じ色に染まれるかな?」
隣に立っていた女の子の、今日初めて宿で出会って、夕陽が綺麗だから見に行こう、と誘ったその子の返事も待たずに、わたしは履いていたサンダルを放って真っ白な砂の上を滑るように、夢中で駆け出した。

チクチクと足を刺激するサンゴの欠片たちに目もくれず、ひんやりと包み込んでくれる水と、もったりと体重に絡みつく砂が、ようこそと、海の中の世界へ誘ってくれる。

「自分が立ってしまうと見えないんじゃないかな。こっちから見るとピンク色だけどね」
浜辺から、先ほどの女の子が叫び、振り返る。もう一度自分の立っている場所を注意深くじっと見つめると、憧れの色はわたしを避けるように、海と溶け合っていた。

チャプチャプと耳元で揺れる波の音を聴いていると、頭の中に、空を泳いでいく魚たちの姿が浮かんで、ほーっとため息をつく。

あまりにも美しいこの世界に、このままわたしも溶け込んでしまいたい。
今こうして、立っている足が砂のようにサラサラと、粉砂糖のように小さく、ちいさく分解しながらアジュール・ブルーの一部になって。

気づいたらわたしは、空や魚たちが、自分の上を泳いでいくのを見つめながら、チャプチャプと揺れる波を聴いて。大気と今日のお天気はどうかな、なんて話をしながら、かつて、人間であったことを忘れてしまって。

”忘れる”という感情があるのかないのか、それは、この海になってからでないとわからないのだけれど。

「わたしさ、いまこのまま溶け込んでしまいたいって思ったんだよ」
「なにそれ。変なの」

太陽がゆったりと地平線の彼方に消え、海が輝くことに飽き、空とさよならをしてしまうまで、名残惜しむように、その場に立ち尽くしていた。


ー 波照間島・沖縄 / Photo by - tomoyo

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