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シン・ムカシバナシ『キツネとネズミの恋バナ』

むかしむかし、あるところに幼い男の子と女の子がおりました。
といっても昭和40年代半ば、日本の高度経済成長がひと息ついてオイルショックが来る、そんな頃、愛知県の片田舎で起きた実話、小さな恋の物語です。

ふたりは小学1年生。男の子はサラサラヘアで細い目をしたあんどう君、女の子はほっそりとしてリンちゃんと言いました。
あんどう君は、たいてい友だちから名前そのままあんどう君か、同じクラスの男子からは呼び捨てで「あんどう」と呼ばれていました。なかには見た目から「キツネ」とあだ名をつけられ、そう呼ぶ同級生や上級生もいました。

キツネは小学校から一番遠い所に住んでいました。当時その学校は集団登校がなかったのでしょうか。あったのかもしれませんが、キツネの近くにはあまり民家もなく、あっても子どもがいない家ばかりだったので、毎朝ひとりで小学校まで歩いて通いました。
でも、なぜか帰りはリンといっしょです。
帰りだけ集団下校だったのか、どういう決まりだったかキツネは覚えていないと言います。ふたりきりで帰るのでした。街を抜けて丘を越えた辺りで「じゃあ、またね。バイバイ」と手を振って別れます。

キツネはお別れした後、自分の家に帰ります。小さな一軒家です。
リンも自分の家に帰ります。リンの家は電話もない古いアパートでした。

それぞれ貧しい家庭でしたが、キツネは母狐からアパートの子は貧乏だから他の子と仲良くしたほうがいいと言われていました。うちだって貧乏なのに、どうしてかあちゃん変なこと言うんだろうと思いながらも、キツネにはちょっと思い当たることがありました。
なぜならリンの近くにいるとなんとなく臭いな、なんか匂うなと感じることがあったからです。お風呂がなくて銭湯に行っていると聞いたことがありました。服装もそういえば、ほつれていたり、薄汚れていました。ネズミのようです。

そのせいか学校にいる時のキツネとネズミはほとんど話をしたことはありませんでした。男は男どうし、女子は女子で遊ぶのが当たり前でしたし、キツネはちょっと賢くてネズミはちょっとおバカだったので、別々の友だちグループになるからです。母狐の忠告もどこか心にありました。それでも決まりなので、授業が終わるといつもいっしょに帰るのはネズミです。ふたりは何を話していたのでしょう。キツネの記憶ではドキドキするようなことはなかったと言います。

それでも「ひゅーひゅー、仲良いなぁ」と、いじめっ子たちにからかわれたこともあります。もっとひどいと囲まれて「リン、臭せーぞ」「やいキツネ、そんな細い目で見えてんのか」と悪口を言われます。
一度あまりに怖い時があり、キツネはネズミの手を取り「リンちゃん、逃げよう」と言っていじめっ子が追いかけて来なくなるまで重いランドセルを背負ったまま走ったこともあります。

そのまま時が経ち、学年の終わりになるとネズミのリンは遠くへ転校してしまいました。愛知から埼玉です。キツネに聞いても、お別れの挨拶らしいこともなかったといい、寂しくなかったようです。
その後からいつもキツネはひとりで下校することになります。なぜかいじめっ子たちはいなくなりました。

ちょっぴり成長した2年生のキツネは他の女の子を意識するようになります。かくれんぼをしてウサギのサユちゃんと急接近したり、同じ学級委員をすることになったリスのヒロちゃんとよく話すようになったりと、ちょっとずつマセていきます。それでもキツネは誰かに好きと言える自信や勇気がありませんでした。女子と付き合うと目立ってしまい、男友だちの中で仲間外れになるのは嫌だと余計な心配をしていたようです。

3年生のあるとき、キツネはおたふくかぜにかかり、何日か学校をお休みしました。久しぶりに教室に入ってきたキツネを見つけたリスのヒロちゃんがこう教えてくれたのです。
「転校したリンちゃん、きのうこっちに帰ってて『あんどう君いない?』って教室まで会いに来たんだよ」

キツネはその言葉を聞いた瞬間驚いて、ウサギのサユちゃんよりもリスのヒロちゃんよりも、ネズミのリンちゃんのことが大切な人に思えました。

リンがどんな理由でキツネを訪ねてきたのか知る由はありません。手続き的なことがあってたまたま愛知に帰ってきて、あんどう君が教室にいるなら顔だけ見て埼玉に帰るつもりだけだった。恋愛感情はなかったのかもしれません。
それでも3年生のキツネに、恋と勘違いさせるには十分でした。気になっていたリスから聞かされたことの落ち込みもあって、片思いのプチ失恋とセットになったせいだと話します。

もしもキツネがすぐ職員室に行って、先生にリンの住所を教えてもらっていたなら……。小学生のキツネにそんな行動力はありません。初めて気づいたキツネの恋は、一瞬で生まれ一瞬で終わったのです。

初恋はいつですか?
大人になったキツネのあんどう君は、そんな質問をされると、どう答えていいか困ると言います。ほのかに恋を意識し始めたのはウサギやリスだったけど、初めて大切に思えた女の子はネズミのリン。初恋の答え合わせにネズミと会いたい気もするようですが、キツネに昔を振り返っている暇はありません。「昔話ムカシバナシはもうおしまい」と、新しい恋物語を作るため、大人のキツネは旅立ちました。

《2023.3.27天狼院書店ライティング・ゼミ6本目 ◎6位

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