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ちょっとそこまで #4

Runtasticを起動する。
計測、開始。
素早くウエストポーチにスマホをしまい、駆け出す。
初めてのランニングから1週間が経った。とは言え、毎日走っている訳ではなく、2日に一度くらいの頻度なので今日で4度目になる。
距離も5km程で、ペースもキロ6分弱。
ゆっくりと、余裕をもって走る。なぜなら初日に無理をしたせいで、翌日に強烈な筋肉痛に襲われたからだ。ランニングは継続させたいが、仕事に支障が出てしまっては大変だ。

息が上がらない程度に抑えつつ、公園で筋トレ中のおじさんを横目に、蒸し暑い夜道を走る。外灯が頭上で注ぐ。踵から爪先へ。地面を蹴る。身体が揺れる。

呼吸で、腕で、リズムをとる。気がつけば肩に力が入っている。これはダメだ。肩は常にリラックスさせなくてはならない。深い呼吸が出来ず、苦しい状況になるとペースが落ちてしまう。
と、
ネットに書いてあった。

走りながら腕をだらんと伸ばし、はたはたふらつかせ、首をぐるりと回す。リラックス。
明日は夜勤だから、仕事終わりに少し走ろう。
ぼんやりと1人で確定する。

夜勤が終わり、ぼーっとした頭でお疲れ様でしたー挨拶をかましたところ。
「お疲れ。飯食いに行こうか」
うへー。
同じく夜勤明けなのに眼光キラキラな50代系上司からのお誘い。
はい、明け飲みってやつです。
「おっす」
適当な返事を返し、いざ渋谷へ。

午前10時、渋谷センター街。
平日でも当たり前のように人で溢れている。
様々な言語が飛び交う国際インターナショナル通り。
地中に飛び出したモグラの如く目を瞬かせ、人波を掻き分けアルコールを求める働き蜂は今日も行く。

そんな悲しき働き蜂2匹がたどり着いたのは、美しい花が咲き乱れる楽園。そして酔い乱れる馬鹿2匹。
此処はとあるキャバクラ。まだ昼前です。

あーヤーべーたーのーしー、、、

ビールを3杯飲み、芋の水割りに変えて何杯め?
わかんねー。
ご機嫌だー。
「大丈夫? 水飲む?」
めちゃくちゃ良い匂いがする花が、苦笑い尋ねる。「あー大、じょーぶッ❗️」
隣から上司の笑い声が聞こえる。
「お前ヤベーなぁ、ヨシッ!もっと飲めッ!」
顔の前に透明な液体が入ったコップが差し出され、無意識に受け取りグイッと一杯。
「もー本当に大丈夫? 飲ませ過ぎですよ」
「平気だよ、何せ俺が鍛えてるからな!」
肩に何度か衝撃。叩きやがったなじじい。
瞬間笑いが起こる。
「あ、そういやお前、最近走ってるんだろ?」
突然思い出したように上司が話題を振る。
それで、思い出す。
今日走れないなぁ。
「東京マラソン出るんだよこいつ」
瞬間笑いが起こる。
「すごーい! えっと、、、何キロあるんだっけ?」
「頑張ってねー!」

へー。俺が東京マラソンに出るのかぁ。初耳。

とりあえず周りの空気に流され笑う。所詮は酔っ払いの雑談。適当に流しゃ良い。
マラソンなんて良く分からんし、何時間も足で走るとか絶対無理。5kmでゲンカーイ。

「えっ! お兄さん走れるの?」
隣りのキャバ嬢がはしゃいでスマホを差し出す。画面には東京マラソンのホームページが表示され、
マラソン、42.195kmの文字が飛び込んできた。

は? 42km? 馬鹿じゃね?

無理だ。確実に無理だ。
普通は車か電車で移動する距離だろ。
なのに3万人以上が参加?
驚き過ぎて酔いが若干醒めた。
「頑張れよぉ! 何せ俺が鍛えてるんだからな!」
ははは、、、
苦笑うしかない。
、、、いや無理だろ。

目が覚めると、真っ暗だった。
だるい身体を起こすと、ぼんやりと意識が戻ってくる。どうやら自分の部屋で寝ていたようだった。
おぼつかない足取りで歩き、部屋の電気を点ける。眠すぎて片目しか開かない。
ベッドの下に落ちたスマホを触ると、時刻は21時を過ぎていた。
怠い、とにかく怠い。明け仕事からの飲みはキツイ。後半の記憶が無いし、どうやって帰って来たのかも覚えていない。
欠伸をすると、ほのかにアルコールの香りがした。
LINEをチェック。上司とは何故かスタンプ合戦が開戦しており。俺が先に意識を失った為か途切れていた。
メールをチェック。楽天ショップのお知らせメールがいくつか届いている
と、
え?
は?

件名:東京マラソンエントリーセンター

はっ?

本文:東京マラソン2018エントリーを受け付けました

・・・馬鹿じゃね?

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