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短編小説 長い夜3


昭和45年夏。
聡は欲しかったギアー付きの自転車をやっと買ってもらえた。
小学校最後の夏休みが始まったばかりだった。

来春から下村にある中学校に自転車通学をするため、
初めて手にする新品の自転車だ。
いつものように友人の護と、小学校の校庭で遊んでいたが、
直ぐに飽きてしまい、中学校まで試し乗りすることになった。

それまでは、三輪車も。補助付き自転車も、高学年用の自転車も
すべて近所の上級生のお下がりだったので、
父方の叔母と叔父が買ってくれたそれは、乗り心地も最高に思えた。
ふたりして叫び声をあげながら、下り坂を猛スピードで漕ぐと、
22分で中学校に着いた。校舎の壁に掲げられた時計で時間を確かめた。
聡は行き当たりばったりの性格だったが、
護はそういうことはキチンとできる優等生だった。
「これなら、家を7時25分出でれば余裕だね」
と、涼し気に微笑んだ。

梅雨が明けたばかりの蒸し暑い日だ。
声を張り上げたので喉が渇き、中学校の水道水をのんだ。
二人同時に「まずっ!」と言って、笑いあった。
水は生温かった。
上村では、井戸水を使っている家が多いので、
校庭の水道水は本当にまずかったのだ。

運動場では野球部やテニス部、それに陸上部が練習していた。
自分たちが遊ぶ隙間はなかった。
中学生になったら、何部に入るかしばらく見学したが
じりじりと照り付けるので、場所を変えることにした。

中学校の正門から、二人は古墳群のある小高い丘を目指して走り出す。
5分ほど走ると、稲の植わった水田の中に西瓜畑がぽつんとあった。
目が合って、頷き合う。
一番よく熟れている玉を一個だけいただくことに決めた。
体をなるべく小さくして西瓜を軽く叩いていると、後ろから男の声がした。
「こりゃ、なんしよんぞ!」
振り向くと、その人は40歳くらいの知らないおじさんだった。
そのおじさんの顔が、突然崩れるのをみて聡は動けなくなった。

護は俊敏だった。
気づくともうずっと先まで逃げていた。自分も逃げなくてはと焦ったが
足がもつれて、うまく自転車にまたがることがすら出来なかった。
「まあ、逃げんでもちょっと待てや。
お前上村の芳一さんとこの聡やろうが」
そのおじさんは、大きな声で怒鳴るように尋ねた。
聡は名前を知られていることが怖くて、その場に立ち止まった。
逃げたとしても、どうせじいちゃんやばあちゃんが怒られるだけだ。
それなら、自分がここで怒られた方がましだと思った。

「やっぱりそうか。聡は母ちゃんによう似とるのう」
聡は突然のことで、頭が回らなかった。
「すぐにわかったぞ。わしは、お前の母ちゃんの弟やけん、
血のつながった叔父さんや。意味わかるか?」
硬直したように立ち尽くす聡をよそに、叔父と名のった人はさらに続けた。
「あそこに見える青い倉庫の横がうちの家やけん、
今からちょっと寄っていけや」
その言葉は、聡にはどうしても逆らえない脅しのように感じた。
なぜって、スイカ泥棒の弱みを握られているからだ。
おずおず頷くと、
「もう一人の子も呼んで来いよ。
冷えた西瓜なんぼでも食べさせてやるけんな」
今度は口角をあげて、叔父は静かに言った。
聡は中学校の校門の前で自分を待っていた護に成り行きを話し、
2人は、叔父と名のるその男の後を付いて行った。

                    長い夜4に続く

見出し絵は今回もみもざさんのさんおイラストを使わせていただきました

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