TheBazaarExpress108、『みっくん、光のヴァイオリン』4章、5章、あとがき

第4章 みっくん、カンタービレ!

《ソナチネ》

「美来ちゃん、五年生でコンサートが開けるなんてすごいわね。お客さんの前で何曲も演奏するのは大変だけど、がんばってレッスンをしましょう」

 石川先生はそう言って、コンサートの開催に賛成してくれました。もしこのとき石川先生が、「五年生でコンサートなんて無理です、早すぎます」と言っていたら、このコンサートは開けなかったかもしれません。なんに対しても前向きな石川先生がいてくれたからこそ、みっくんはコンサートに挑戦することができたのです。

 このころになると、みっくんのヴァイオリンのレベルはぐんぐんと上がっていました。家で練習していても、お父さんとお母さんはみっくんの演奏について、小さいころのように「そこ、間違えたでしょう」と指摘することができなくなっていました。それだけむずかしい曲を練習するようになっていたのです。

 石川先生は、右手の弓の動きだけでなく、左手の動きにも注意するようになりました。左手は、音程をしっかり保つための動きをします。

「義手であつかう右手の弓の動きに気を取られるのは仕方ないけど、左手の動きは完璧にしないといけないわね」

 と言って、正しい音が出るように細かくチェックしていきます。みっくんは、左手でしっかり正しい位置で弦をおさえて、きれいな音を出せるように練習を積んでいきました。石川先生は、そんなみっくんの上達ぶりを見て、コンサートを開くのは無理ではないと思ったと言います。けれど、「このままで大丈夫」と言ってしまうと、みっくんが油断して練習をしないのではないかと考えて、「大変だけど、がんばってレッスンしましょう」とハッパをかけ続けたのです。

 なにより、みっくんは目標があるとがんばるタイプです。これまでにも、毎年一度のヴァイオリンのコンクールや、石川先生の教室の発表会、学校の管弦楽クラブの演奏会などがあるたびにめきめき上達して、終わったあとには、ぐんと上手になっていました。だからコンサートを経験したら、さらに上手になるにちがいないと石川先生は考えたのです。それに、妹の舞美ちゃんも何曲か演奏することになったので、これもいい経験になると思いました。

 みっくんと舞美ちゃんは、コンサートの開催が決まってからは毎晩九時まで練習しました。そのあとみっくんは、ヘッドフォンをつけてピアノの練習も行います。それから宿題をやったりお風呂に入ったりして、寝るのは毎晩十一時ごろ。

 みっくんは自分で納得するまで練習しないと、気がすまないようになっていました。守さんと石川先生が考えたとおり、みっくんはコンサートという大きな目標に向かって、前にもまして練習するようになったのです。

 やがて春になると、みっくんは五年生、舞美ちゃんは三年生に進級しました。このころ、石川先生と相談しながら、コンサートで演奏する曲を決めました。

 コンサートで最初に弾くのは、守さんから献呈されたピアノ曲《MIKU 1》。それからヴァイオリンで舞美ちゃんと一緒に弾くのが三曲。舞美ちゃんが一人で弾くのが一曲。みっくんはその他に、一人で七曲も弾くことになりました。

 その中の一曲が、みっくんには大変な挑戦でした。守さんから四月に献呈された曲、《ソナチネ》です。守さんは今回も、「自分がつくった」と嘘をついて、演奏が入ったCDと楽譜をプレゼントしてくれました。

 これですべての演奏曲が決定しました。季節は夏になろうとしています。コンサートの本番まであと半年。みっくんのレッスンは、いよいよ本格化していきました。

もっと歌うように、カンタービレ!

 《ソナチネ》が完成したとき、守さんは石川先生に「ミクのためにお手本を弾いてください」とお願いしました。石川先生は、初めて《ソナチネ》を弾いたときの印象をこう語っています。

「楽譜を見たときから、とても魂をゆさぶられる、感情のこもったすばらしい曲だと思いました。何回も何回も練習したのですが、弾けば弾くほど、曲が持っているはげしさや奥深さをどう表現したらいいか考えさせられました」

 石川先生にとってもむずかしい曲だったのです。

 ところがおどろいたことに、みっくんは最初に楽譜を見ただけで、この曲を間違えずに演奏してしまいました。それだけヴァイオリンの腕前が上がっていたのです。

 でも実はここからが、本当のレッスンの始まりでした。石川先生は、こうふり返っています。

「美来ちゃんは弾けることは弾けたんですが、演奏に感情がぜんぜんこもっていませんでした。これではお客様に感動してもらうことはできません。もっともっと練習して、演奏に気持ちをこめないといけない曲なんです」

 このとき、石川先生は面白い表現を使いました。みっくんの演奏に対して、あるものが必要だと言ったのです。

 それは――「歌う」こと。みっくんに対して石川先生は、「もっとしっかり歌って!」と指導を始めたのです。

 ヴァイオリンを演奏する人に向かって「もっと歌って」と言うのは、不思議な表現ですね。でも先生はこう語っています。

「ヴァイオリンの世界でも『歌う』ことは大切なことなんです。声に出して歌うのではなく、ヴァイオリンの音を通して歌うこと。演奏者の感情を最大限に出し切ることを指した言葉です。イタリア語で『カンタービレ』と言います」

 最初のころのみっくんの演奏は、ただ楽譜を追って間違えずに演奏しているだけでした。ところが石川先生が求めたのは、この曲にこめられた人が生きていく中で体験するいろいろな感情――「うれしい、楽しい、悲しい、つらい、さみしい、切ない」などをみっくんが感じて、その気持ちを演奏にこめてほしいということだったのです。

 みっくんは自分なりにその感情を表現して、この曲を「歌うように」演奏しなければ、曲にこめられた感情がお客さんに伝わりません。楽譜通りに間違えずに弾いていればいいというわけではないのです。それこそがコンサートのむずかしさです。

 さあ、ここからが、みっくんがこれまで経験したことのない「本当の」レッスンの始まりでした。「楽譜通りに上手に演奏する」だけでなく、「お客様に感動してもらう演奏」を求めて、みっくん自身がなやむことになったのです。

 このころのみっくんの様子を、お母さんはこうふり返っています。

「みっくんは夏のころがいちばんプレッシャーを感じていたと思います。演奏する曲は決まったけれど、いっぺんに練習するわけにもいかないし、ヴァイオリンだけでなく《MIKU 1》のピアノの練習もありました。秋子先生も『大丈夫?』と心配そうでした。コンサートまであと半年となって、少しあせっていたと思います」

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